放課後の梅ちゃん(4)
毎週金曜日深夜0時に次話投稿します。感想なども、よろしくお願いします。
「えっ!?何っ!?何だって!?」
僕のツッコミを鮮やかにスルーして、突然少女はかなり大きな独り言を話し始めた。気でもふれたのかと思ったけれど、よく見ると彼女は、慣用句ではなく、実際に自分の胸にそう尋ねていた。
いや、よく見るとどうやら彼女が話しかけていたのは自分の慎ましやかな胸ではなく、そこに下げられている首飾りに話しかけているようだ。
彼女が話しかけている首飾りは、緑、青、茜色の三色の勾玉が、緋色の組紐に通してある、何だかいわく有り気な代物で、
「ちょ、もう一回言って……うん……うん……そう……えっ!?何で!?」
と、まるでその首飾りと何かを話しているかのように、彼女は振舞うのだった。
もしかしたら、彼女には何か聞こえているのかもしれないけれど、残念ながら僕には全く何も聞こえなかったし、聞きたくも無かったし、聞こえるとまずいだろう。
したがって、彼女が首飾りと何を話しているのかは、分からなかったし、分かりたくもなかったし、分かってしまうとまずいのだろう。
「何でそうなっている!?えっ!?……だって……いや、だから!」
だが、しかしこうやって聞いていたら、その芝居がかった独り言も何だか意味のあるもの、というか理解できないまでも、何かを話しているんだな、ということ自体は、分かってくるような気がしないでもない。
もしかしたら、こうやって独り言で、文字通り自分の胸に訊いて、何かを僕に伝えようとしているのかも知れない。
「……わかった」
彼女は大きく長かった独り言を、そう呟いてどうやら終えたようだった。
さて、これで彼女は一体、僕に何を話すのだろうか?
きっと、今までの訳の分からない展開を、一発で分かりやすく解説&解決する話を始めてくれるのだろう、と僕が期待を込めて、彼女を見つめていると、『こほん』と一つ咳払いをして、彼女は口を開く。
「すまなかった。どうやら私は間違えていたようだ」
先ほどまでとは違い、なんともしおらしく、彼女は静かに、そう話し始める。
「いや、別にいいよ……そんな、謝ってもらうようなほどでも……」
確かに額を叩かれはしたけれど、それぐらいで腹を立てるほど、僕は心が狭い人間という訳でもない。いや、本当に痛かったけどね!
「いやいやいや、これは私の失態だ」
彼女はかぶりを振って、申し訳なさそうに「すまない」と軽く頭を下げる。
「いや、ホント気にしないでくれよ。どんな理由があったのかは分からないけれど、そこまで自分を責められてしまうと、こちらとしても据わりが悪い、というか居心地が悪い」
「そうか、そう言ってもらえると助かる」
彼女はそう言うと、さっきまでの不敵な笑みではなく、純粋に素直に薄く微笑んだ。
そんな笑顔をみると、実はいい奴なんじゃないか?と思える。きちんと話してみると、もしかしたら分かり合えるのかもしれない。
「いや~まさか、お前が人間だったとはな。全くもって、意外だった」
「どういう意味だよ!?それっ!?」
分かり合えるという可能性が、僕の中で潰えた瞬間だった。
「とはいえ、色々と訊きたい事はあるんだよな……」
僕は口の中だけで、そう呟く。
「とりあえず、名前から訊いておこうか?」
そう訊ねた僕に、彼女は目をギラッと光らせて、
「ふん、なってないな!相手の名前を訊く時は、まず自分からというのは、常識を通り越して、もはや鉄則だぞ。そんな奴に名乗るような名前など無い!」
と、腹立ちまぎれに、そっぽを向く。
………って、うっぜぇ。
まあ、しかし彼女の言う事にも一理ある、というかこの流れはもうすでに所謂『ベタ』な展開というか、これはもう定型文みたいなものなので、心の広い僕はこちらから名乗ってやる事にするのだった。
「僕の名前は、禰々宮九十九だ。それで?お前は何て名前なんだよ?まさか、放課後の梅ちゃんだなんて、名乗るんじゃねえだろうな?」
ここまでのやり取りで、このおかしな(頭も行動もという意味)少女が、みんなの噂する放課後の梅ちゃんであると、とてもではないけれど思えない。ただ、それでもこの少女が、誰もいなくなった校舎内をさまよっていたのは事実だし、なんだかよく分からない行動を見せたのも事実だ。
したがって、未だに僕の警戒心は、赤色灯を点灯し、僕の猜疑心は、彼女の正体を見極めようとして、システムスキャンを繰り返している。
だからこそ、僕はキメ顔でこう言う。
「さて、それではお前の名前を、お聞かせ願おうじゃないか?」
「はあ?何で、お前に名乗らなきゃいけないというのだ?」
「お前が、相手の名前を訊く時は、まず自分から、みたいな事を言ったんじゃねえか!」
僕がそう抗議の声をあげると、彼女は僕のほうをチラリと横目で見て、心底呆れたように、大げさに溜息をついて、
「何を言っている?大体、私は最初に、名乗る名前は無いって言ったにもかかわらず、お前が勝手に名乗っただけだろう?」
と言って、もう一度「はぁ~」と大きな溜息をこれ見よがしに、ついて見せた。
「いや、確かにそう言っていたような気もするけれどもさぁ……」
それとこれとは、話が違うってものじゃないのかい?
「それに、なんだ?放課後の梅ちゃんって?私の事を指しているのだとしたら、そんなふざけた名前をつけれられるような謂れは無いぞ。梅の花の髪飾りをつけているから梅ちゃんだなんて、安直過ぎるだろう?ネーミングセンスが無いにも、ほどがある。一体、何を考えている?馬鹿か?馬鹿なのだろう?」
別に僕が名づけたわけでもないのに、何でここまで言われなくてはいけないのだろう……。泣けてきそうだ……。
非常に腹立たしいので、この少女との邂逅を早々に切り上げて、お暇させて頂こうと、別れの挨拶が口をつこうとしたその時、
「――贄姫」
彼女が不意に呟いたので、聞き逃してしまった。
「えっ?今、何て?」
「だから、贄姫」
「はい?にえ……ひめ……?」
なんだ?『にえひめ』って?
「だ、か、らぁ!何度も言わせるな!名だ!これが、私の名前!」
どうやら彼女は、そんなわけの分からない言葉を、自分の名前だと言い張るようだ。
「え?今のって、名前だったのか?え?え?苗字が『にえ』で、名前が『ひめ』なのか?何だよ、それ?どんな字なんだよ?」
「字は、生贄の『贄』にプリンセスの『姫』……って、さっきから聞いていると、お前、私の事をどうも馬鹿にしてないか?せっかくお前が泣きながら、どうしてもと言うのだから、仕方なく、本当仕方な~く、お前に名を教えてやる気になったと言うのに、一体どういうつもりだ?ふざけているのか?それとも馬鹿なのか?死ぬのか?」
「いや、僕はそこまでして頼んだ覚えはない!ふざけてもないし、馬鹿でもない!もちろん死ぬわけでもない!」
あれは、ただ、ちょっと泣きそうになっていただけだ!ちょっと、ほんのちょっとだけなんだからな!
「ふん!それに、私には現代でいう所の、苗字というものはないのだ」
「へ、へえ~そうなのか……」
彼女が偉そうに、顎を上げて見下すような視線を、僕に投げかけながら言うことには、彼女の生まれた時代(?)には苗字を名乗るのは男のみで、女には基本的には苗字は無かったのだそうだ。
自称『贄姫』と名乗る彼女は、この時代の人間ではない……らしい。
そんな彼女は、首からさげた三色の勾玉に、なにやら話しかけている……ようだ(ちなみに今も話しかけている)。
――さて、ここまでの情報をもとにして、彼女のような人間をあらわすのに、最適な言葉を選ぶとしたら、この言葉しかないだろう。
それは――中二病。
中二病――それは、自分設定の世界の中で生きる人たちに蔓延する、恐ろしい病気だ。
特に最近は若い世代を中心に大流行しており、その勢いはもはやパンデミックと表現してもいいほどだ。
きっと、この子も中二病を患っている、可愛そうな女の子なのだろう。
と、いうわけで。
「それで?その『贄姫』さんは、こんな所で一体何をしていたんだ?」
僕は正しい中二病患者への対応として、その設定に乗ってあげて、会話を続ける事にした。
その対応に気をよくしたのか、その美少女中二病患者は、得意げに梅の花の髪飾りを揺らして話しだす。
「私はこの学校から、唯一、放課後登校を許されているのだ。どうだ?羨ましいだろう?」
「羨ましいも何も、何なんだよ、放課後登校って?」
そんな誰もがうらやむみたいに、得意げな言い方をされても、いまいちピンと来ない。
「ん?別に、そのままの意味だが……?」
「いや、だから、その意味が分からない……って、ああ!もう!」
わざと、回りくどく言ってないか?
「何も、そんなに怒る事もないだろう?さっきから言っている通り、私はこの学校から放課後にのみ登校を許されているということだ」
「放課後にのみ?何で、また?」
「何で、と言われても……まあ、それには色々と理由があるのだけれど……」
贄姫は、少しだけ躊躇するような表情を見せる。
ブツブツと何かを呟き、少し逡巡してから、ウンと一つ頷き、何かを決心したような顔つきでこちらを向いた。
どうやら、その理由を僕に話してくれる気になってくれたようだ。
「私は放課後に登校して、この学校を守っているのだ」
「……はい?」
また、新たな謎が、上書きされただけだった。
「学校を守るって、何から?」
「そんなの、決まっている。それは――」
贄姫は、そう答えることに何の疑問も入り込む余地が無いかのように、キョトンとして答える。
「それは、妖怪から守っているに決まっている」
「妖怪って、お前……」
本気で言ってんのか?とは、口が動かなかった。
それぐらい驚いた、というか、呆れたというか、受け入れられなかった。
こういうことを文字通り、絶句と言うんだろうな……。
そんな、僕のリアクションを見たからなのだろう、
「ああ、そうか、説明が少し足りなかったな」
すまん、すまん、と贄姫。
「そ、そりゃ、そうさ。妖怪ってだけじゃ、ちょっと分からないかな~」
本当は『ちょっと』じゃないけどね。
何につけても、とりあえず贄姫の追加説明を聞くことにしよう。そうすることで、少しは彼女が何を言わんとしているか、分かるかもしれないからな。
「うん、うん、確かに、妖怪と私は言ったけれども、それだけじゃないものな。大きく分けると、それらは妖怪といわれる者共だろうけれど、その中には、付喪神や精霊の類もいるし、下手をしたら何らかの神と呼ばれるもの達もいるものな。いや~この国には色々とアヤカシが多くて、全く困るよな~」
えへへ、と何故か照れ笑いを浮かべる贄姫なのだった。
「…………って、余計に分かりにくくなっただけじゃねえか!」
こいつ、本当に僕に説明する気があるのか?
というか、その前に僕の忍耐力が、悲鳴をあげそうなのだけれど……。
「すまないが、もう少し詳しく説明してくれ」
「何だ?まだ、分からないとでも言うのか?もう、これだから人間風情は……」
ふぅ~っと贄姫に、ため息をつかれる。
「……そう言うお前は、一体なんだって言うんだ?」
……もう、帰ってもいいですか?
「よく聞けよ、九十九――」
「って、呼び捨てかよ!?」
と、彼女が僕を唐突に呼び捨てにしだした件については、ここではとりあえず先送りにして、ひとまず、彼女の語る『アヤカシ』とやらの話に耳を傾けようではないか。
「この国には、古来よりアヤカシと呼ばれるものたちが、居ついている。それらのもの達は、様々に形を変え、私達の暮らしの中に入り込んでいるのだ」
「へ、へえ~、そうなのか……」
僕はとりあえず相槌を打つことに、専念する事にする。
「例えば、神社などに行けば、それなりに神妙な気分になり、墓場に行けば、それなりに薄気味悪い気分になるだろう?普通に生活していれば、アヤカシ達の影響と言っても、たかがこれぐらいの、実にかわいいものなのだ」
「確かにそうだな……」
それぐらいのことなら、おそらく誰だって経験したことがあるだろう。
「しかし、それも場合によっては、そうとも言えない」
「場合によっては……?」
「ああ、そうだ」
彼女は、何故か険しい表情を、僕に見せる。
「普段は、とても生きている人間には及ばない、それこそ幽かな力しかないはずのもの達なのだけれど、それらが力を増す時、もしくはそういった場所というのがある」
彼女のただならない雰囲気に、思わず息を飲んで、その話を聞き入ってしまう。
「たとえば、今のような夕暮れ時、このような時間帯というのは、古くから逢魔が刻といい、そういったもの達が跋扈する時なのだ。それと、この学校――」
「この学校?」
僕の問いかけに頷いて、彼女は続ける。
「この学校は、霊的にとても重要な位置に立っている。したがって、この場所にはそういったもの達が、どうしても集まって来やすくなる」
「……それってもしかして、この学校が建っている場所が、昔はあの世とこの世を繋ぐ門みたいなものだったっていう話と関係あるのか?」
何気なく、そう訊いたのがまずかった。
「き、貴様……なぜ、それを……?」
贄姫はわなわなと震え、
「やはり、お前はアヤカシの類だったのかっ!」
と、呪符を持ち出し、構える。
「あーっ!もう!めんどくせえ奴だな!」
呪符は、さっき利かなかっただろうが!
「何度もいうが、僕は正真正銘、ただの人間だ!その話はさっき、こういった話に詳しいクラスメイトに聞いただけで、これ以上、僕は何も知らないんだよ!」
「ふうん……そうなのか……」
贄姫は何故か、少しだけガッカリしたような表情を見せた。
「……まあ、いい。その事を知っているのなら、話が早い」
僕に見せた表情は、すぐに跡形も無く消え去り、彼女は先ほどまでと同じ調子で、話の続きを話し始める。
「この学校はその昔、霊の通り道だったせいで、そういったものが他の場所よりも集まりやすい。しかも、こういった夕暮れ時の時間帯にはそのもの達は力を増すのだ。だから、私はこうやって放課後にのみ登校し、そういったもの達からこの学校を守っているのだ」
ふん、と鼻息も荒く、贄姫は偉そうにふんぞり返り、尊大な態度でこう言った。
「どうだ?感謝されてやってもいいのだぞ?」
「感謝と、言われても……」
ここまでの話を聞く限り、そういった設定なのだというのは、よく分かった。まして、ただの中二病にしては、この学校の古い噂話と設定を絡めるだなんて、よく出来ていると思う。
ただ、その事で、僕に何か利益があったかといわれれば、首を捻らざるを得ない。
いや、もっと簡単に言うと、
「なんで、僕がお前に感謝しなくてはならないんだよ」
「貴様!やはり、アヤカシの――」
「しつこいっ!」
だから、その呪符とやらを構えても無駄だって……。
というか、自分の気に食わない奴を、無理やりその『アヤカシ』とやらに、すりかえてないか?