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放課後の梅ちゃん(14)

毎週金曜深夜0時に次話投稿します。感想なんかもいただければ嬉しいです。

 随分と傾いた月だけが、静かに僕たちを見ていた。

 その月と反対の空は、少し赤みを帯びてきている。

 群青と朱色が滲むように混ざり合う。

 

「だけど、贄姫……それは呪いなのか……?」

 僕は心に浮かんだ言葉を、そのまま何気なく口にしていた。

 別に何かを思って話した言葉ではないのだけれど、その言葉は贄姫に衝撃を与えたようだ。

「九十九……何を思って、そんな事を言っている……?」

 静かな声だったけれど、確かにそこには憤りが滲み出ている。そんな気持ちを噛みしめるように、贄姫は話す。

「こんな力、呪い以外のなんだというんだ?私が……今まで、私が、どれだけ、どれほどこの力に苦しめられてきたと……?」

 怒りに肩を震わせて、贄姫は言葉を途切れ途切れに紡ぎだす。

「いままで、私が、一体、どんな思いで生きてきたと……?」

 それ以上、贄姫の言葉は続かなかった。

 その代わり、月に照らされたその顔には、明らかな怒りが貼り付けられていて、その瞳は少し潤んでいるように見える。

「でも、そのハクってやつは、きっとお前を苦しめたかったわけじゃない。そうだろ?」

「そ、そんな事……」

 贄姫は噛みしめるように、心を吐き出すようにして、続ける。

「分かって……分かっている!そんな事!だけど!」

「――だから!」

 月明かりに照らされた贄姫の頬を、一筋の光が流れ落ちた。

「だから!だからさ……お前が、もう苦しむ事は無いんだ。もう、苦しまなくてもいいんだよ。だから……そんな悲しい事を言うな、な?」

「だってぇ……」

 気がつくと、ぽろぽろと涙をこぼす贄姫に、自然と優しく言い含めるような口調になってしまっていた。

「お前は今まで、ずっと一人で戦ってきたんだよな?そうやって戦う事でしか、生き続ける意味を見出せなかったんだよな?」

「う、うん……」

 僕の目もはばからずに、幼子のように泣きじゃくり、両手で瞼をこすりながら、何度も頷く贄姫。

「だけど、何で……?」

「何で、こんな事を言うかって?それは――」

 僕は出来るだけ優しく、贄姫に微笑みかける。

「それは、お前が生き続けて来た意味は、そんな悲しい、辛いことじゃないからだよ」

「じゃ、じゃあ、私はこんな思いを引きずってまで、なんで生きているの……」

 縋るような贄姫の瞳は、涙で赤く泣き腫らしている。

 僕は静かに、ゆっくりと口を開く。

「それは、こうやって僕に出会うためだったんだ」

「出会う……ため……」

「そう、今日、こうやってお前と一緒に夜空を眺めて話す、そのためにお前は生きてきたんだ。そう、思えばお前のその想いも報われるだろ?」

「そうか……そうだったんだ……」

 そう小さく呟くと、贄姫は俯き肩を震わせる。

 

 本当のところ。

 僕にそんな確信なんて微塵も無く、その言葉も嘘にもなっていない、口から出まかせもいいところだった。

 それでも、そんな悲しい理由で生き続けなくてはいけない贄姫が、なんとも不憫で。

 そんな思いをさせることになってしまったハクって奴の事も可哀相で。

 僕の口をついてでた言葉は、贄姫の心を少しは慰める事ぐらいは出来たんじゃないかと思いたい。

 

「くふっ……」

「ん?」

 くふってなんだ?

 そう声を漏らした贄姫は、肩の震えがどんどん大きくなっていく。

「くふふふっ……」

「どうした?贄姫?大丈夫か?」

「だ、大丈夫なものか……」

「お、おい、苦しそうだけど、どうしたってんだよ?」

 我慢しきれないといった様子で、顔を上げた贄姫は

「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 大大大爆笑だった。

「はあ?」

 理解できずに置いてけぼりの僕の横で、腹を抱えて笑い転げる贄姫。

「お、おい、何がそんなに面白いってんだよ?」

「ひーっひっひっひっ!だ、だ、だって!僕に出あぶふぉっ!」

 さっきまでとは違った意味で、目に涙を溜めて笑い続ける贄姫なのだった。

「ちょっと待て、お前、もしかしてさっきの僕の台詞でそんなに笑っているのか?」

 だとしたら、僕の優しさを返せ!

「いや、だって九十九!あれはないだぶふぉ!あーっはっはっはっはっはっ!」

「さっきからなんだその、ぶふぉって語尾は!」

「だって!あーっはっはっはっはっはっはっ!」

 どうやら、よっぽどツボだったようだ。

「なら、いいさ!好きなだけ笑えばいい!ああ、カッコつけたさ!どうせ似合わない台詞だっただろうよ!だから好きなだけ存分に笑えっ!」

 憮然とした表情で、贄姫を睨み付けてやる。ただ、そんな事をしたところで、彼女の笑いは勢いを落とすどころか、増しているように感じるが……。

 まあ、それでもさっきまでの悲愴な表情に比べたら、いや、比べるまでも無く今の方が断然良いに決まっているけれど。

「あ~あ、笑った笑った……」

 涙を拭いながら、肩で息をして、贄姫は息を整えながらそう言う。

「そりゃ、どうも。楽しんでくれて何よりだよ」

 精一杯の皮肉を込めた僕の台詞も、大して贄姫には効果が無かったようで、彼女は足を揺らして何だか嬉しそうにしている。

「はぁ~あ……それにしても、お前に、というかその顔で、そんな事を言われたら、いろいろと感慨深いものだな」

「ん?なんだ?そりゃ?」

「な~んでもない!」

 子供みたいに無邪気な声でそう言った贄姫は、イタズラっぽく笑ってみせる。

 その笑顔は、僕の鼓動を制御不能なほど高速に打たせる効果があった。

「そうか、私はお前にこうやって出会うために生きてきたのかーっ!」

 贄姫は、確認するように、そう空に向けて言い放つ。

「だったら――」

 満面の笑顔を僕に向ける贄姫。

「だったら、もう私が生き続けなくちゃいけない理由はないんだよね?」

「ふふっ……」

 その無邪気な姿に思わず口元が綻んでしまう。

「ああ、そうだ。こうやって僕に出会うことが、お前が生き続けてきた理由なのだから――」

 

 僕はその言葉を――呪文を――口にした。

「もう、お前を縛りつけるものは何もない、贄姫」

 

 そう言った瞬間。

 贄姫の両手が光りだした。

「お、お前、何だよ?それ?」

 いきなりの事に戸惑う僕に、贄姫が見せた表情も僕と同じ。

 つまり、

「え?何で?何で急に……?」

 自分の身に何が起こっているのか、まったく分かっていないようだった。

 戸惑い、見ることしか出来ないでいる僕たちの前で、贄姫の両手の甲に文字とも記号ともとれない紋様が浮かび上がってくる。

 その紋様――いや、見たままで言うならそれは刻印というべきだろうか――は、眩しいほどに光を放ちながら、贄姫の手の甲から剥がれるように文字通り浮かび上がる。

「ちょ、一体、何が起こって……?」

「いや、私にも、さっぱり……」

 驚きを隠せないでいる僕たち二人の間を、贄姫の手の甲から剥がれたその刻印は、輝きを増しながら、どんどん上へと上がってくる。静かに輝きながら、神々しいまでに闇を切り裂いて、僕たちを照らす。

「――っ!?」

「――何っ!?」

 僕たちの目の高さまで上がってきたその刻印は、一段と眩しく光を放って、夜空に溶けるように消えた。

「消え、た……?」

 キラキラとした残滓のみが、宙に漂っている。

「おい?一体、なんだったんだ?分からないとは――」

 ――言わせない、と強く説明を求めようと贄姫を見遣ると、贄姫は驚いた顔のまま、自分の体を確かめるように、触り続けていた。

 まるで、そこに自分が存在している事を確かめるように、いや、存在している事がおかしいとでも言うかのように、信じられないといった表情で贄姫は自分の体を抱きしめる。

「ど、どうしたんだ?お前の体に何か起こったのか……?」

 その表情に、恐る恐るそう訊ねてみるが、まるで僕の声が聞こえていないように、贄姫は何も反応を示さない。

「まさか……消えた……?」

「いや、それは見れば分かる」

 驚きを隠せないのは分かるけれども、改めてもう一度言う必要があるか?

「違う!そうじゃなくて!」

「ん?」

 どうやら、僕は勘違いの見当違いで間違いをおかしているようで、そんな僕ようすに贄姫は苛立ったように続ける。

「そうじゃなくて、無くなってるのだ!」

「何が?」

「無くなっているっていうか、あーっ!もう!分からないのか!?」

「だから、何が!?」

 こいつ、説明する気が無いんじゃないのか?

 このままでは埒があかないし、仕方が無いから、こちらから訊いてやる事にするか。

「とりあえず一回、落ち着け。それで?一体、何が無くなっているってんだよ?ゆっくりと教えてみ?」

 まるで、受け取りやすいように、弓なりの放物線を描いてグローブに向かって投げられたゴムボールみたいな僕の言葉だった。

「力!」

「はあ?」

 せっかくこちらから歩み寄って、訊ねてやったっていうのに、返ってきた答えは、メジャーリーガーもびっくりな超剛速球だった。

「だ!か!ら!力だ!」

「そんな言い方で分かるわけねえだろ!」

 投げっぱなしにも程があるぞ。

「何が無くなって……って訊いたら、また振り出しに戻りそうだから……」

 無為に繰り返すだけが能ではないのだから、僕だって少しぐらいは頭を使うことだってあるのだ。

「それで?一体、どんな力がなくなったっていうんだよ?」

 僕の問いかけに、贄姫は体を抱えるようにして、何かを確かめるようにしていたかと思うと、静かにこう告げた。

「私を縛り付けていた力……つまり、不死の力が無くなった……」

「はあ?それってどういう……?」

 あまりの事に、僕の理解もついて行かない。

 そんな僕に贄姫は、手を握ったり開いたりして見せながら、戸惑ったような視線を投げかけてくる。

「どうやら、さっきの刻印が消えることで、私を縛り付けていた忌々しい不死の力が、跡形も無く消えてしまったみたい……」

「そう、なのか……?」

 そんなに簡単に消えるものなのか?

「そ、そんな事、分かるのかよ?消えたって錯覚しているだけかもしれないだろ?」

 何の気なしにそう口走った僕に、贄姫は怖ろしいほど険しい目で睨みをきかせながら、

「私があの力に、どれだけ苦しめられてきたか……だから、間違えるはず無い。錯覚でもなければ勘違いというわけでもない。確かに、あの力は今の私には確実に無くなっているのだ!」

 そう、断言してみせた。

「でも、だとしたら、何で急に無くなったんだよ……確か、僕が……」

 思い出してみると、確か、贄姫の手に刻印が浮かびあがってきたのは、僕が何かを言った時だったはず……。

「何を話して……ああ、そうだ、縛りつけるものは無いって言ったら……」

 消えた、っていうのか?

「い、いやいやいや!そんな簡単に消えるわけ無いだろ!大体、そんな簡単に消えるんだったら苦労は無いというか、もっと、そういった術みたいなものって、解除にいろいろとやらなくちゃダメなことも……ある……?」

 と、言ったところで、僕をさっきからじーっと見つめている一対の目に気がついた。それは、決して思春期の女子学生が、憧れているサッカー部の先輩の練習風景を、木の影から盗み見ているような熱視線(ってなんだそれ?)のようなものではなく、

「な、何だよ……?」

 まるで、何かを読み解く、もしくは違和感を確かめるような目で、僕の顔を見つめる贄姫。

「…………そうか」

 見つめていたかと思えば、突然何かが腑に落ちたようで、そう静かに呟くと、やっと僕の顔から視線を外した。

「どうりで……九十九をはじめて見たときから、おかしいと思っていた……」

 僕の顔に一体何がついていたのか分からないけれど、たどり着いたその答えに満足したように、贄姫は微かな笑みを浮かべる。

「そうかそうか!うん!」

 そしてさらに、大きく頷いてみせるのだった。

 そうか、納得したんだな。

 よかったな、贄姫!

 が、やはりというか、なんというか……。

「やっぱり、説明は無いんだな……」

 というか、説明する気なんてさらさら無いだろ。

 だから、あえて言おう。

「さて、贄姫さん?そろそろ説明してもらってもいいかな?」

 無駄だと分かってはいても、皮肉を込めずにはいられない。

「説明ねえ……まあ、鍵を持ってさえいれば、扉は簡単に開くということだ」

 うむうむ、と何度も頷いて、贄姫は嬉しそうに口角を上げるのだった。

「って、そんな説明で分かるわけねえだろ!」

 ……僕は一体、何度この言葉を繰り返せばいいのだろうか……?

「もっとちゃんと分かるように言えよ!ってか、わざと分かりにくく言ってないか?」

 ふふふ、と嬉しそうに笑って(何が、そんなに嬉しいんだか)贄姫はやっと説明を始める。

「私にかけられていた術というのは、普通には簡単に解けるようなものではない。それは分かるだろう?」

「ああ、それはそうだろうけど……」

 簡単に解けるのであれば、あそこまで贄姫を苦しめる事は無かっただろう。

「確かに、私にかけられていた術は複雑で、そうそう解けるものでは無いのだけれど、それでも簡単に解ける方法があるのだ」

「そ、そんなものがあるのか?」

「ああ、あるぞ」

 首肯して、贄姫は続ける。

「簡単なことだ。術をかけた本人が解けばいいだけのこと。他人には難しく複雑な術だとしても、かけた本人ならばその解き方だって分かるというもの。そうだろう?」

「ちょ、ちょっと待て、そんな事は分かりきっている事じゃないか。だけど、その本人がいない今、その術を解く事が難しいのに、あんな簡単に解けたのが何故かと……」

 そう言うと、何かが引っかかった。

 違和感、というかちょっとした取っ掛かりみたいなものに僕の思考が躓き、すると少しずつ考えが、贄姫の言わんとするところが見えてきたような……。

「いや……本人なら簡単に解ける、ということは、さっき簡単に解けたということは……」

 僕は散らかる考えをまとめるように、口に出して確かめる。

「僕が言葉を発した時に、明らかにその術に反応があって、それで贄姫を縛っていた力が無くなった……」

 こうして口に出してみると、だんだんと頭が冴えて澄み切っていくような感覚に囚われる。その感覚が大きな声で言っている。

「……いや、でも、まさかそんな事ありえない……」

 その感覚の声を振り切るように、僕は否定する。

 だけど――

「まさか、僕が解いたっていうのか……それじゃ、僕が……」

 ――術をかけた本人

『ハク』だとでも――?


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