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放課後の梅ちゃん(13)

毎週金曜深夜0時に次話投稿します。感想等もよろしくお願いします。

 今更、思い出したかのように、静けさが辺りを包む。

 月明かりが差し込んできて、今まで雲に月が隠れていたことを知る。

 青白い月光の中、立ち尽くしている贄姫。

「お、おい……今のって……?」

「今のって、何だ?」

「何って、それは……」

 もちろん、それはさっき巻が消え入る寸前に放った呪いの様な言葉のことだ。

 しかし、贄姫の発する雰囲気に、僕は言葉を詰まらせてしまい、その先が出てこなくなってしまった。

 僕に背を向けて立っている贄姫の背中には、『何も聞くな』と張り紙がされているよう。

「いや、でも……」

 それでも声をかけようとしたとき、戦いを終えて役目を終えた妖刀『蛇尾』は、巻と同じように光る粒子になって消え、贄姫の手首と踝に灯っていた炎は消え、校舎を包んでいた緑色に光る正方形は収束し消えたのだった。

 静まり返った校舎の屋上には、出会ったときと同じように風にセーラー服をはためかせている贄姫と、それを呆けるように見つめている僕だけになった。

「贄姫……?」

 向こうを向いたまま、こちらを振り向こうとしない贄姫の様子に、少し不安になった僕は、恐る恐るおずおずと呼びかける。

「あ、あの……」

「少し――」

 くるりと、スカートを翻して、贄姫は振り返った。その顔は、さっきまでの妖艶さを微塵も感じさせない、年相応の少女のそれになっていた。

「少し、話でもしないか?」

 夜風に髪を揺らせて、贄姫は少し微笑んで見せる。その笑顔はふわりと柔らかく、それこそまるで憑き物が落ちたかのようだった。

「話でもって言ったって……」

 贄姫の微笑みの魅力に、その魔力に、目が離せないでいると、そんな僕の事を気にも留めずに、贄姫は屋上の端のほうへと近づいていく。そのまま見ていると、贄姫は屋上のへりの柵に手をかけた。

「おい!お前、まさか!?」

 また、飛び降りるとか言い出さないだろうな?

 という僕の心配を、振り返りざま微笑んでみせることで、贄姫は拭う。

「ふふっ、大丈夫だからそんな顔をするな」

 そう言うと贄姫は、ひょいっと飛び上がり、手すりに腰をかける。

「もう、飛び降りてみせなくても、信じてくれているんだろう?」

 うふふ、と嬉しそうに笑いながら、贄姫は足をぶらぶらと揺らす。

「いや、その様子も十分に僕の不安をかき立てるし、存分に肝を冷やさせているのだけれど……」

 その仕草は、とてもさっきまで化物と緊張感溢れる激闘を繰り広げていたとは思えない。少女というよりも幼女のそれに見える。

「ほら!何をしている?早く、もっと近うよれ!」

「一体、どこのお代官さまだよ……」

 ヒステリーを起こしたように、足をバタバタと忙しくバタつかせる贄姫に、僕は苦笑を漏らしながら、屋上の手すりに肘をついて、体を預ける。ひんやりとした感触が、肘から伝わってくる。

「夜明けまでは、まだ少しありそうだな……」

 空を見上げて、贄姫は小さく呟いた。その言葉の通り、夜空はいまだに暗幕を張ったように暗く黒く、月だけがそこに穴が開いているかのようにぽっかりと輝いていた。

「どうだ?いろいろと私に訊ねたいことがあるだろう?」

 空を見上げたまま、そんな事を唐突に口にする贄姫。

「そりゃ、いろいろあるけれど……多すぎて、何から訊けばいいやらというのが本音という所だよ」

 僕は率直に、そう答える。

「それでも――」

 それでも、僕は手すりにもたれかかったまま、贄姫の言う『話』というものを続けようと、訊ねる。

「とりあえず訊きたいのは、さっきのアレのことだな」

 とっかかりとして、僕は先ほどの戦闘を振り返ることにした。

 確かに目撃し、あまつさえしっかりと巻き込まれ、しかも、こともあろうか、当事者になってしまったのだけれど、それでもとても信じることが出来ないでいる。

 このことの説明を求めるのは、至極当然だろうと思うのだけれど、そうは思わないだろうか?。

「私は――」

 てっきりまた、はぐらかしたり、僕の理解できない言語で話しはじめてお茶を濁すかと思っていたのだけれど、予想に反して贄姫は静かに真剣に話し始めた。

「私は、もう、何年もずっと、ああいったアヤカシの類と戦い続けているのだ」

「何年もずっと……?ああ、そういえば不死身なんだったっけ?」

 こんな会話がまともにできるようになっている時点で、僕もすでにあっち側の住人になっているのかもしれない。

 僕の言葉に頷いてみせて、贄姫は続ける。

「ああ、そうだ。私はずっと、そう、もう何百年もこうやって戦い続けている」

「何百年って……でも、そもそも何で戦う必要がある?死ねない体なんだったら、生き続けるだけでも別に構わないんじゃないのか?」

 まるでそれが必然かのように贄姫はさっきの鬼と対峙したのだけれど、そもそも逃げることだって出来たかもしれないし、もっと言うならわざわざ出てくる必要だって無かったわけだ。それが何故、戦う必要がある?しかも戦い続けてきた理由は?

 僕のそんな疑問に対して、贄姫は自嘲するように、少しだけ笑って答える。

「フッ……それが私の存在理由というか、ロマンチックな言い方をするならば宿命とでも言おうか。いや、もっと正確に言うなら、それこそが呪い――なのだろうな」

 目を細めて夜空を見上げ続ける贄姫の横顔は、冷たい悲しみに浸かっているようだった。息を飲んで、その顔を眺めながら、僕は問う。

「呪いだなんて随分と物騒な話だな。まさか、誰かに強要でもされている、なんてことは無いだろう……けれ、ど……」

 贄姫を眺めながら、そう話していると、不意に贄姫がこちらを振り向き、そのままじぃーっと僕を見てきた。というか、見つめて……いや、睨んでいるのか?

 手すりに座っているので、僕を見下ろす形で、贄姫がずっと見てくるものだから、何と言うか、ドギマギしてしまうというか、言葉に詰まってしまう僕なのだった。

「な、何だってんだよ?そんなに変なことは言ってないだろう……?」

「………………」

 黙ったまま、僕を睨み続ける贄姫。

「いや、だから、何見てんだよ!」

「………………」

「ちょっ、そんなに睨む事ないだろ!」

「………………」

 僕の言葉には、そんなに効果が無いのだろうか?ただただ睨み続ける贄姫。

「あ、あの……贄姫さん?何でそんな――」

「そうだな――」

 どんな文句があるのかわからないけれど、睨み続ける贄姫に、心の強度がシャーペンの芯並みの僕なのだから、ボキボキの粉々に折れまくった心で、お伺いを立てようとした矢先、今まで押し黙っていた贄姫がようやく口を開いた。

 それでは、そのありがたいお言葉をみんなで拝聴させて頂こうではないか。

「そうだな、それじゃ、昔話でもしようか」

「…………はい?」

「むか~し、むかし――」

「まさかの悦子っ!?」

 昔話ってそういうこと!?

「……少しは黙って聞けないのか?」

「……すみません」

 仕切りなおして。

「こほん……今から、八百年前、今で言う所の平安時代末期のことだ」

 咳払いを一つして、贄姫は静かに話し始める。

 とりあえず、黙って聞くことにしよう。

「その頃の私といえば、それはそれは可愛らしい乙女そのものだった」

 ……ん?

「蝶よ花よと育てられ、道を歩けば小鳥達は私を讃える為にその麗しい歌声を奏で、言葉を発すれば、その響きに応えるように星達は煌き、涙を流そうものなら、そこから虹がかかったものだった」

 ……ん?ん?

「その頃の私の人気ぶりといったら、それはものすごいもので、東京ドーム3デイズくらい余裕で即日完売できるほどだったのだ。いや~あの頃はもてたなぁ~」

「って、黙って聞いてりゃ、言いたい放題だな!おい!話を盛るにしても、限度ってもんがあるだろ!ていうか、あえて言うけど、もうそれは嘘だろ!」

 もう我慢できませんでした。

 しかし、場違いなほど不敵な笑みを、こんな場面なのに浮かべる贄姫。

「いやいや、九十九よ、人聞きが悪いな。別に嘘ではない、嘘ではないぞ。ただ、すこ~~~~しだけ、ほんのすこ~~~~~しだけ話を大きくしたかもしれないだけだぞ?」

「だけだぞ?じゃねえよ!嘘をついてる奴ってのは、そうやって同じことを二回、繰り返し言うもんなんだよ!」

 呆れたように、僕は言う。

「まったく、無理やり面白くしようとしなくたっていいんだぞ?」

 溜息とも、笑い声とも取れないような吐息に乗せて、そんな台詞を僕は吐き出した。

「別に、無理やり面白くしているわけではない」

 贄姫は少しだけムッとしたような声音でそう呟くと、また空を見上げる。

「少しぐらい、おしゃべりを楽しんだって……」

「えっ?今、何か言ったか?」

 贄姫の言葉は、夜風に溶けて消えた。

 最後の方、小さすぎて聞こえなかったから、僕が聞き返すと、贄姫の仏頂面が返ってきた。

「何でもない!馬鹿!」

「馬鹿って、お前が真面目に話さないからだろう!」

 至極当然に、条件反射のように繰り出された僕のツッコミに対して、またどうせ僕の想定をはるかに超える表現で、抗議の口撃の火蓋が切られるだろうと身構えたのだけれど。

「……あれ?」

 首をすくめて構える僕に向けられたのは、怒りの矛先ではなく――

「ど、どうした……?」

 思わずそう訊ねてしまうほどに、寂しそうな贄姫の薄い微笑みだった。

「今から話す話は、決して面白いものではないから……」

「そう、か…………」

 僕はその月明かりに消え入りそうな微笑みに、こんな事しか返すことができなかった。

 

「私の生まれた家は、この国に古くからある神社の一つだった」

 はるか昔のことを思い出すように、贄姫は目を閉じて話しだす。

「その神社の宮司の娘として生まれて私は、子供の頃からこの世から外れた者達、つまりアヤカシに近く育てられた」

「アヤカシに近くねぇ……それって宮司の娘ってだけでなのか?」

 相槌に変えて、質問を返す僕。

「今と違って、まだまだアヤカシの力も強く、もっと人々の中にも入り込んでいた時代だった。宮司の娘として生まれた私には、生まれたときから決められた使命というか、役割があったのだ」

 子供が褒められてそれを自慢するように、胸を張って贄姫は続ける。

「まあ、ただ単に私が宮司の娘だからというだけではなく、適性というか、今風に言うならばポテンシャルの高さが故に、私にはみんなの期待を背負った使命が課せられていたんだろうな……」

 懐かしさに、目を細める贄姫。

「なんだか、思ったよりも随分と良い思い出なんだな?」

 呪い――だなんて物騒な言葉が出てくるものだから、僕はてっきりそういったおどろおどろしい話を想像して、身構えていたのだけれど、肩透かしもいいところだ。

「…………まあな」

 贄姫は少しの沈黙を含ませる。

「あの頃は、父様も母様もいたし……あいつもいたからな」

「あいつ?」

 ……って、誰だ?

 薄く微笑みを、浮かべたままの贄姫。

 その真意までは、見抜くことは出来ない。

「私の生まれた家のように、強くアヤカシと関わりを持つ神社には、氏子の中にアヤカシを専門に扱う『ヨミシ』という者達がいてな――」

 僕が気になった『あいつ』の事とは、およそ関係無さそうな話を始める贄姫なのだった。

 しかも、さらに新しい疑問まで差し込んでくる始末。

「それでな、その中に――」

「ちょ、ちょ、ちょ、待てって!」

 話を遮られた贄姫は、不機嫌そうに眉をひそめて、こちらを睨む。

「何だ?九十九?邪魔をするな」

「いや、いや、いや、もう少し説明しろよ!あいつって奴の事も説明しないまま、何だ?ヨミシって?どんな字書くんだよ?次から次に、謎を出すんじゃねえよ!ついていけるわけねえだろうが!」

 そんなに矢継ぎ早に謎を出されたら、ひとしくん人形が足りなくなってしまうだろう?

「はあ~~~」

 心底、面倒臭そうに贄姫は溜息をつく。

「一々、引っかからないと話も聞けないのか?仕方ない。『ヨミシ』というのはだな――」

 贄姫が(いやいや)語ったのは、こんな話だった。

 ――ヨミシ

 ――それは、黄泉師とも詠み士とも書く。

 その字のごとく、黄泉の国に通じ、詠むことでこの世の理を外れたもの、つまりはアヤカシ関係を生業にする者たち。

 そのものたちは、時に敵対しアヤカシを討滅し、時には、執り成しその力を行使し、またある時には(おそ)(かしこ)み敬い奉り、その力を収めてきた。

「――私は巫女であり、また依り代であったから、彼らにとって非常に重要な存在だった」

「依り代って、依り代、か?」

 馬鹿みたいな訊ね方になってしまったけれど、こう訊くしかなかった。

 そんな答える必要も無さそうな、質問にも贄姫は神妙な顔つきで頷く。

「そうだ。言葉通りの意味で。私はアヤカシの力をその身に降ろし、交信するための媒体の役目も担っていた。それを依り代というのだろう?」

「ああ、まあ、確かにそうだけれど……」

 僕はただ、呆けたような、気の入っていないみたいな答えを返すことしか出来なかった。

「それで――」

 そんな僕を、わざとかそうでないかは分からないけれど、無視して贄姫は続ける。

「ヨミシにとって私という存在は、大げさでなく何があっても守るべき存在だった。だから、私にはいつも、いかなる時にも、何があったとしても、必ずつき従う者が居たのだ」

「そうか、それが……」

 話の流れが見えてきた僕に、贄姫は鼻で笑いながら、無邪気な笑みを見せる。

「ふん、九十九にしては鋭いじゃないか。そう、それがさっきから話しているあいつ――」

 贄姫は、僕に向けて、まるでその『あいつ』に向けていたような、親しみと慈しみを込めた笑顔を見せる。

「――ハクの事だ」

 僕をその『ハク』に見立てているかのような、贄姫の態度に戸惑いながらも、僕は訊ねる。

「や、やっぱり、良い話にしか聞こえないのだけれど……この話のどこに呪いだとか恨みだとか言った物騒で物々しい、禍々しい要素が含まれてくるんだよ?」

 僕の言葉に、贄姫はふわりとした、優しいような頼りないような視線を返し、

「そうだな……そうだったら――」

 小さく呟く。

「――いいのに……」

「えっ?今なんて――」

「何でもない」

「そ、そうか……」

 贄姫のあまりの勢いに押され、僕はそう言うとそのまま黙ることしか出来なかった。

「…………それで――」

 気まずさを含んだ、少しの沈黙の後、贄姫は続きを話し始めた。

「あいつ……ハクと私は物心がつく頃にはすでに一緒だった。ずっと一緒に育てられたのだった。つまり、今で言う所の所謂幼馴染というやつだ」

 幼馴染、という言葉に殊更、意味を持たせるように強調して贄姫は話す。

「気付いたら、そこにいたといった風かな。いつも一緒にいたし、一緒でいることが自然だったし、私達の意志さえも関係なく、私達はずっと一緒だった」

 ここまで一緒を繰り返すということは、よっぽど一緒だったんだろう。

「そんな私達が、仲良くならないわけが無いだろう?歳も同じだったこともあって、私達は本当に仲良くなった。私には兄妹はいなかったけれど、もしいたとしたらこんな感じなのかな、とそんな事も思っていた」

「そこまで……本当に仲良かったんだな、その……ハクって奴と」

「ああ、そうだ」

 贄姫は首肯して、続ける。

「仲が良いというか、大事な、大切な相手……って、何を言わせる!」

「お、お前が勝手に言ったんだろ!」

 どうやら、ただ単に仲が良かっただけでは無さそうだ。

「こほん……」

 咳払いを一つ、贄姫は再開する。

「いつまでも……そう、ずっとそうやって父様や母様、それにハクや、他のヨミシ達と一緒に平和に過ごすものだと、私は信じていた。信じきっていたのだ、でも……でも、そうじゃなかった……」

 さっきまでとは打って変わって、贄姫の声は真剣そのもの。

「突然だった。ある夜、私の家は大勢の侍に囲まれて――火を放たれた」

 贄姫の目には、その時のことが目の前で起こっているように見えているのだろう。

 澄んで、それでいて悲しさと憎しみを含んだ声が夜空に響き溶けていく。

「アヤカシに通じていた私達は、畏れられていただろうけれど、それと同時に恐れられ、疎まれ、忌まれてもいたのだろう」

 極めて淡々と話す贄姫。だが、それが逆に張り詰めた空気を作り出していた。

 思わず僕は息を飲む。

「いつの時代もそうだろうが、力を持つものは妬みの対象になりやすい。しかも、その力が、権力だけというならまだしも、人の力を外れた力までも持つ者になれば、どちらにしろ私達には滅びの道しか残されていなかったのかもな……」

「そんなことは……」

「ない、とはとても言えないだろう?」

 反射的に否定しようとした僕を、贄姫は先回りして遮る。

「ふふ、お前は本当に優しいと思うぞ……」

「優しいだなんて……」

 僕は続く言葉が出てこなかった。

 いや、出せなかった。

 この時の僕の言葉は、優しさなんてものではなかったのだと、僕は思うから。

 贄姫の話に別に共感したわけでも、同情したわけでもなく、ただ、本当に反射的にそう口走っていただけなのだから。

 それを優しいだなんて、優しさだなんて僕はとても思うことが出来ない。

 だから、口を噤んでいるしかなかった。

「時代は、公家の時代から侍の時代へと変わる時だったのもあるだろう」

 話さない僕を見て、贄姫は続きを話し始める。

「私達は旧体制の象徴みたいに奉り上げられ、槍玉にあげられこの国が次に時代へと変わるための生贄にされたのだろう」

 まるで私の名前みたいだな――と、自嘲するように笑う贄姫。

「加えて、私の家、つまりその神社があった場所というのが、簡単に言うと霊場といわれる場所で、この国の霊脈に開いた門がご神体として奉られていたのも理由の一つになっているだろうな」

「もしかして、それってこの場所……この東雲学園なのか……?」

 僕に向けて、驚いたような顔を向ける贄姫。

「まさか……九十九が気付くなんて……」

「いや、ちょっと!失礼じゃない!?」

 さすがに分かるというか、そこに考えが至るというか、導かれているようにしか思えないのだけれど……。

「まあ、九十九の言うとおり、私の生まれたその神社というのが、この東雲学園の母体となった東雲神社なわけなのだけれど――」

 意外なほどあっさりと流して、贄姫はなおも続ける。

「この機を逃すまいと、その侍達に混ざってたくさんのアヤカシも、この東雲神社を狙って攻めてきた。奴らにとっては、ここは餌場であり、泉であるわけなのだから、そうなる事も当然といえば、当然だろう」

 まるで他人事のように話す贄姫。

「霊脈には、まず力の弱いアヤカシが引き寄せられてくる。そしてそれを捕食する為に更に力の強いアヤカシがやってくる。またそれを、という風に、まるで食物連鎖のようにアヤカシたちが集まってくる――」

 まるで、生物の教師が動物の生態を説明するようなことを言う。

「そういったアヤカシから、この場所を守るために建てられたのが東雲神社ということだ」

 つまり――贄姫は月明かりに瞳を光らせる。

「つまり、人間にとっても、アヤカシにとっても、私達は倒すべき敵になったのだ」

 どこか諦めたような、投げやりな物言いで、贄姫はそう言うと、月を見上げた。

「私、ハク、父さま、母さま、ヨミシ達、みんなで戦った。でも、やつらは容赦なかった」

 月を見上げたままの贄姫の表情は、ここからはよく見えない。

「三日三晩、戦い続けて、私達は一人、また一人と力尽きていき、その戦いの中で、私は家族も失い、最後の最後に、ハクと二人だけになってしまったのだ……」

 さぞ、壮絶だっただろう戦いを思い出し、贄姫は口数も少なく、そう続ける。

「……それで?」

 その雰囲気にすっかり飲まれた僕は、生唾を飲み込み、その先を促す。

「それで――」

 

 ――一族の中でも、特に強力なアヤカシの力を使うことが出来たハクは、贄姫を守りながらも、それでも随分と善戦していた。

 しかし、人間の力には限界がある。

 気力も体力も使い果たしたハクは、贄姫と共にご神体の奉られている社、つまり霊脈の門のところで立て篭もる事にした。

 ハクの限界を感じていた贄姫は、すでに覚悟していた。

 だから、こう言ったのだった。

『一緒に、死のう』

 と。

 しかし、そう言った贄姫の手をとり、ハクはこう答えた。

『……それは、出来ないよ。贄姫』

 ハクの答えに呆気にとられた贄姫に、優しく微笑みながらハクは残酷に告げる。

『君を死なせるわけには、いかない』

 ――そんな、何で?という、贄姫の声は火を放たれ崩落し始めた社の音にかき消される。

 なんだ、結局、二人で死ぬんじゃないか、と贄姫が思った刹那、ハクの体が光り始めた。

『ハク、何を!?』

『言ったじゃないか、君を死なせるわけにはいかないって』

 ハクはそう言うと、目を細め贄姫を見つめた。

 そのままハクは、贄姫の手に指で何かを書き記す素振りをする。

『な、何を……?』

 戸惑う贄姫も、焼け落ちようとしている社も無視して、ハクは必死に何かを書いていく。

 今にも崩れそうな社の中で、一心不乱にそれらを書き上げたハクは、ホッとしたような安堵の表情を見せる。

 とても場違いで、優しげな、だけどとても悲しそうなその表情に、贄姫が見とれていると、ハクは小さくこう呟いた。

『ごめん、贄姫……』

『何で?――』

 謝るのか、と、訊ねようとした贄姫の言葉は、結局ハクには届かなかった。

 その時、火を放たれた社が、贄姫たちの上に崩れ落ちてきたのだった。

 死んだ、と贄姫は思った。

 しかし――

 

「――しかし、私は死ななかった。目を覚ました時、体中煤だらけで、服もボロボロに焼け焦げていたけれど、体は無傷だった」

 これまでの話を思いのほか、淡々と話す贄姫なのだけれど、それが逆にそう話さないと心が壊れてしまいそうなのだろうと思わせる。

「辺りを見回すと、戦いはすでに終わっていて、侍もアヤカシもどこにもいなくなっていた」

 夜風がふいに頬を撫でて、背筋を冷たいものが走る。

「そこにあったのは焼け落ちて見る影も無くなった私の家と、おびただしい数の焼け焦げた遺体が転がっているだけだった」

 冷たい贄姫の言葉は、夜によく響いた。

 言葉が出ない僕に、贄姫は続ける。

「その中には、私の家族や、それこそハクもいただろうけれど、とてもそれを探すような気持ちにはなれなかった。その時の私は、ただこうとだけ思っていた……」

 この言葉を贄姫がどんな顔で言ったのか、僕には見えなかった。

「何で、私だけ生き残ってしまったんだろう、と……」

 その言葉は、まるで何か鋭利な刃物のように、僕の胸を突き刺し、更に抉り取っていったようだった。

「そんな事を……」

 気休めさえも口に出来ない……。

「だから私は、すぐにみんなの後を追おうと、近くに落ちていた剣で自分の首を掻き切った……だけど……」

「だけど、死ねなかった……」

 続けた僕の言葉に、贄姫は頷いてみせる。

「そう、死ねなかった……私は何度も……何度も……何度も何度も何度も!」

 何度も!

 何度も!何度も!

 何度も!何度も!何度も!何度も!何度も!何度も!何度も!何度も!何度も!――

 吐き捨てるように、その言葉を何度も繰り返す。

 今までの淡々とした口調から、一転、徐々に感情的になっていく。

「何度も、死のうとしたのに死ねなかった!何度死んでも、必ず生き返ってしまう!私だけどうやってもこの世に留まってしまう!私だけが、みんなの所には行けなかった!」

 自分の運命に、もしくはそうなってしまった過去に向けられた怒りを、ぶつけるように、叩きつけるように、贄姫は叫ぶ。

「なあ、九十九……」

 唐突に、名前を呼ばれ、その冷たく響く、まるでアヤカシのような声音に体を震わせる。

「このときの私の気持ちが、お前に分かるか……?」

「………………」

 そんな贄姫の問いに、沈黙以外の答えを、僕は持ち合わせていなかった。

 

 随分と傾いた月だけが、静かに僕たちを見ていた。

 その月と反対の空は、少し赤みを帯びてきている。

 群青と朱色が滲むように混ざり合う。

 


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