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放課後の梅ちゃん(12)

毎週金曜深夜0時に次話投稿します。(今回は遅れてしまいました…)

「えっ……?」

 自分に何が起こったのか、分からなかったのだろう、鬼はさっきまでのおどろおどろしい雰囲気から一転して、思いのほか軽い、聞きようによっては間の抜けた声をあげて、その場に崩れた。

 この場合の崩れたは、決して比喩としての崩れたではない。

 鬼は、文字通りその場に崩れ落ちたのだった。

「な、何?何で?えっ?嘘……でしょ……?」

 何かに躓いたように、その場に倒れこむ鬼。

「な、何が起こっているの……?」

 鬼がそう呟いて見た、その視線の先――倒れこんだ鬼が振り返るようにして見ている鬼の足元を、僕も覗き見る。

「あ、あれは……?」

 鬼の足元、鬼の足があるべき場所なのだけれど、それは明らかに様子が違っていた。見たままに伝えるとしたら、鬼の足は壊れていた。

 壊れていた、とは一体どういう状態なのか、理解に苦しむだろうとは思うけれど、そう言い表すのが、一番適切な表現に思える。

 詳しく説明すると、鬼の足は、丁度踝の辺りから先がまるで乾いた泥細工のようにひび割れて、ぽろぽろと崩れ落ち、光の粒子になって夜空へどんどん吸い込まれていっていた。形あるものが、その形を維持できなくなって、崩壊していっているかのような……。

「この、妖刀『蛇尾』は――」

 ゆっくりと、贄姫は一歩、踏み出す。

「この、妖刀『蛇尾』は、とある神社に収めてあったご神体なのだ。魔を払い、妖を滅ぼすこの刀には、不思議な力が宿っている」

 蛇尾を携えて、その刃紋を月明かりに煌かせて、贄姫はゆっくりとした静かな足取りで、倒れこむ鬼のほうへ近づいていく。

「その力というのは、アヤカシの力を奪う、というもの」

 静かに話しながらも、贄姫は歩みを止める事はない。

「アヤカシというものは、その力がゆえに存在し得る。その力というのは、そのもの存在するという事。つまり、その力を奪うという事は、その存在を奪うという事なのだ」

「存在を、奪う……?」

 疑問符の付いた僕の言葉に、贄姫は頷く。

「そうだ、九十九。アヤカシの存在の力を奪うのだ。その為には、何も深手を負わす必要も無い。ただ少しの傷だけでいいのだ」

「そうか、それで……」

 それで、一撃与えただけで、あそこまで勝ち誇っていたというわけか……。

「少しの傷……とは言っても、さすがに皮一枚程度のすぐ塞がってしまうようなものだと言う訳ではないのだけれど、それでも、それだけ血を流すほどの手傷を負わせることが出来た時点で、もうすでに勝敗は決していたのだ」

 その時だった。

「ぐああああああああっ!」

 突然、耳を塞ぎたくなるような凄惨な悲鳴をあげて、鬼は苦しそうに地面をその爪で引っ掻く。

「蛇尾のこの力は、その傷口から少しずつその存在の力を奪っていく。名前の由来にもなっているように、そう、それはまるで蛇の毒が少しずつまわって――」

 贄姫はそこで少しだけ、憐れむような目を見せた――ような気がした。

「――その獲物の命を奪うようにな」

 贄姫が言うように、妖刀蛇尾の力は少しずつ鬼の体を蝕んでいっているようで、みるみるうちに鬼の足は崩れていく。さっきまでは踝から先なのだったけれど、今ではもう膝から下がひび割れ崩れ、そして粉々に砕け光の粒になって消えていっている。

「あたしが……こんなことで……あたしが……っ!」

 鬼は苦しみながらも、必死に地面を掻き、前へ進もうとする。ガリガリと引っ掻く音だけが、耳障りな音だけがそこいらに響き渡っている。

 しかし、その音もすぐに止んだ。

「ぎぃやあああああああああああああああっっ!」

 その代わり、断末魔の声が響いた。

 その声に驚き、思わず注視すると、鬼の深紅に染まっていたその手が、足と同様、崩れるように手首から先がポキリと折れて、取れてしまっていた。

「蛇尾の毒は、徐々にその体中をまわり、少しずつ、でも確実にその力を奪っていく。だから、鬼よ、お前にはもう勝ち目なんて残っていないのだ、だから、大人しく――」

 贄姫は静かに、しかし冷酷さだけは増した口調で、鬼にそう宣告する。

「あ、あたしの手がっ!手があああああああああっ!」

 しかし、その宣告は鬼の耳には届かなかったようで、鬼は益々取り乱し、残った方の手で、崩れた方の手の残骸をかき集めようと、必死に地面を撫で回す。それでも、その行為が何かをなすような事も無く、集めた残骸は無慈悲に光の粒になって消えていってしまう。どれだけ必死に足掻いた所で、鬼の行動は悲しくも無為に帰すのみなのだった。

 恐怖に怯え、敗北と死から逃れようと懸命に足掻く鬼は、そのおぞましい形相に戦慄をおぼえるのと同時に、どこと無く憐れにも思えた。

「なあ?贄姫……?」

「なんだ?九十九?」

 這い蹲る鬼を見下ろしながら、視線をこちらに向けもせず、贄姫は返事を返した。

「こんなことを頼むのもどうかと思うけれど……その……できれば一思いに、そいつに止めを刺してやってくれないか?」

 僕は多少口ごもりながらも、贄姫にそう頼みごとを伝える。

「そいつ、今じゃ、すっかり鬼なんだけれど、元々は僕のクラスメイトだったんだよ……さすがにそんな風に苦しんでいるのを見ると、見てられないというか……」

「じゃあ、見なければいい」

「いや、そういうことじゃないだろ!」

 確かに『見ると、見てられない』なんてわけの分からないことを言ったけれども。

「せめてもの慈悲ってやつだよ、頼む」

 僕は贄姫を拝む。

「頼むよ」

「…………ふん」

 少し逡巡するかのような、数秒間の沈黙の後、贄姫は鼻を鳴らした。

「お前は、まったく……甘いというか、お人好しというか……」

 呆れているような、憐れんでいるような、それでいて懐かしいものを見るような優しい目をこちらに向け、贄姫は薄く微笑む。

「こいつはお前と私を、何の躊躇もなく殺そうとした奴なのだぞ?忘れているなんてことはないとは思うけれど……」

「ああ、分かっているし、覚えている。忘れられる訳ないよな?」

 ついさっきの話なのだ、今まで生きてきた中で一番の衝撃的な出来事を、そう易々と無かった事になんか出来るはずがない。

 それでも、僕はこう続けた。

「それでも……それでも、だ」

 刀を構える贄姫を、僕はしっかりと見据える。

「――ふっ」

 口元を綻ばせる贄姫。

「お前は、本当に優しいな……」

「優しい、か……?」

 優しいわけではないと思うけれど。

「と、いうわけで、あいつに免じて、今すぐ止めを刺してやる。優しい元クラスメイトに感謝するんだな」

 贄姫は蛇尾を振上げる。

「た、助け、助けて……」

 鬼は臆面も無く、そう口走る。

 しかし――

「それは、無理だ」

 贄姫は冷たくそう言い放つと、振上げた蛇尾を振り下ろした。

 

 ――一閃する光

 

 僕の足元に、何かが転がってきた。

 それを、僕は目で追う。

「た、助けて、禰々宮くん……」

 僕の足元まで転がってきたのは、鬼の首ではなく――

「お前は……巻……?」

 ――それは見慣れたクラスメイトの首から上、つまりは巻の生首だった。

 ついさっきまで、その額に生えていた真っ赤な角は消え、血の色よりも紅い瞳は、潤んだ黒い瞳に変わっていた。

「がはっ!」

 咳き込むと、その小さく魅力的な口元を、深紅の液体が濡らす。

「ね、禰々宮くん……助けて……」

 僕を見上げて、巻は弱々しい声を吐く。

「あ、あたし……悪いものにとり憑かれて……こんな、酷い……」

「巻……」

 涙を浮かべ、巻は僕に懇願する。

「お願い、禰々宮くん……あたしを助け、て……」

「九十九っ!」

 僕と巻の間に、贄姫が割って入る。

「九十九っ!こいつは――」

「ああ、わかっている……」

 そんな心配するような視線をこっちに投げかけなくても、ちゃんと分かっているさ、贄姫。

「禰々宮くん……?」

 きょとんとこちらを見る巻に、僕は語りかける。

「巻、悪いんだけれど、お前を助ける事は出来ない」

「えっ?なんで……?」

 僕の言葉が意外だったのだろう。巻は強張った笑顔を貼り付けて、変わらずこちらを見上げている。

「た、助ける事が出来ないって、どういうことよ?」

 責めるような言葉を吐いた巻は、信じられないとばかりに、目を見開いて口元を歪め、僕を見続ける。その目は恐怖と驚愕の色に染まり、震えている。

「あ、あたしは!あたしはクラスメイトで、禰々宮くんの友達で、こ、こんな事、絶対に許されないのに!あ、あたし、このままじゃ死んじゃうよ!梅ちゃんに殺され――」

「巻!」

 自分の正当性を証明しようと、必死に訴える巻を、僕は遮る。

「巻、やっぱり、お前を助ける事は出来ない」

「だって、あたし――」

「いや、正確に言うなら、僕はお前を助けない」

 まだ、話そうとする巻を無視するように、僕は話を続ける。

「どちらにしろ、もう手遅れなんだと思うけれど、僕は、僕の意思でお前を助けないんだ……何故か分かるか?」

 巻は僕に助けを求めるような、必死な目を向け続けているけれど、それに応えることは出来ないし、応えようとも僕は思っていない。

 それは何故か?

「それは……お前はやっぱりアヤカシだからだ」

「違っ!あたしは!」

「巻、そうやってずっと喋っているけれど、普通、人間は首だけになってそこまで生きていられないんだよ」

 僕のこの言葉に、巻は黙った。

「………………」

「どれだけ人間の振りをしようと、どれだけ同情を誘おうとも、お前は決定的に人間じゃないんだよ。いくら取り繕っても、弁明しようと、お前は僕たちを惑わせ、襲い、殺そうとした化物なんだ」

 ゆっくりと――僕は、ともすれば優しく見えるほどゆっくりと、冷酷に告げる。

「だから僕は、お前を助けない」

 

「フッ……フフッ……あはははははははっ!」

 突如、狂ったように笑い出す巻。

「な、何を笑って……」

「あははははははっ!あははははははははははははははははっ!」

 首だけになっているにもかかわらず、こんな笑い声をあげ続ける巻は、やはりまぎれも無く、どうしようもないほどに、アヤカシなのだろう。僕の理解を、大きく外れている。

「あははははははっ!あ~あっ!振られちゃった」

 巻は自嘲するように、そう言うと、ニヤニヤといやらしく笑う。

「おまえ、何言ってるんだよ……」

「フフフッ……別にぃ~……」

 含み笑いを浮かべ、首だけになった巻は、馬鹿にしたような態度を僕に見せているのだけれど、それでも少しずつ崩れて、消えていっているのだった。

 けれど――

「そうそう、禰々宮くんに、いいこと教えてあげる」

 痛みが無いわけではない、と思うのだけれど……。

 薄ら笑いを浮かべたまま、巻は弾むような声で、ともすれば愉しそうに話す。

「人間の禰々宮くんは知らないと思うけれど、あたしたちみたいな化物って死んだらどうなると思う?」

 さっきまでのことは、やはり演技だったのだろうか?首だけになった巻は、何事も無いみたいにペラペラと流暢に話す。まるで、今から消えることさえも、とても瑣末な事であるかのように。

「いや、それは……分からないけれど……?」

 だからだろう、事もあろうに、僕はこの消えそうになっている巻の生首に、気がついたときには、その質問にこう応えてしまっていたのだった。

 後になって考えてみると、この質問には応えるべきではなかったのだと思う。今になってみると、これも鬼――つまりは巻の策略、というか負け惜しみ、というほどかわいいものではないけれど、とにかくアヤカシと無防備に会話を交わすべきでは無かったのだろう。

「分からない?分からないよね~?」

 しかし、僕はすでに巻の術中にはまっているのだ。

 所謂、後の祭りというやつ。

 巻はすでに顔の半分ほども消えかかっているのだけれど、それでもとても嬉しそうに嬉々としてそう言うのだった。

「し、死んだらどうなるって言うんだよ……?」

 話すべきではない、そう思いながらも僕は、こう聞き返さざるを得ない。

「それは……」

「それは……?」

「それはね~……」

「そ、それは……・?」

 巻は焦らすように、もしくは時間を稼ぐかのように、そうやって意地悪な表情を浮かべる。しかし、その表情も、もうすでにその半分も見えてはいないのだけれど。

 消えかかった巻の口元が、辛うじて言葉を紡いだ。その言葉は――

「それはね…………知らない」

 微塵も悪びれる様子も無く、巻はこう言い放った。

「し、知ら……って、お前、やっぱり馬鹿にしてんのかっ!」

 僕の剣幕も、すでに巻の耳には届いていないのかもしれない。巻は消え入りそうになりながらも、まだ続ける。

「フフフ……知らない……けれど、きっとあたし達みたいなこの世の理から外れた存在には、安らかな死後なんて有りはしないんだろうな~……」

 うわ言のように、巻はそう言う。

「地獄よりも、もっと酷い……フフフ……」

 崩れ、消える寸前、巻の口元が不気味に笑った、ように見えた。

「さて、そんなアヤカシの力を、人でありながら使ったとしたら、一体どんな死が待っているんだろうね……?」

「お前、それは……どういう意味だ……?」

「フフフ、さあ?どういう意味だろうね――」

 粉々になった巻は、光る極細な粒子になって、風に舞い上がり――

「――ねえ?梅ちゃん?」

 虚無を含んだように真暗で、コールタールを塗りたくったように真黒な夜空に、渦を巻くようにして消えていったのだった。


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