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放課後の梅ちゃん(11)

毎週金曜深夜0時に、次話投稿します。感想等もよろしくお願いします。

「――おい、口に気をつけろよ。鬼」

 ここまで大人しく黙って聞いていた贄姫が、ここに来て反撃とばかりに口を開く。妖刀蛇尾の切先を鬼に向けて、贄姫は挑戦的な視線を遠慮なく投げつける。

「お前ごときが、この私に適うわけ無いだろうが。それをさっきから黙って聞いていれば、好き勝手言いよって」

 どうやら、贄姫さんは随分とご立腹のようだ。それはそうだ。鬼はずっと贄姫が負ける事を前提に、つまりは自分が勝つことだけを想定してこちらを挑発してきているのだから。とは言っても、挑発するのに自分が負ける事を考えるような、そんな馬鹿はさすがに居ないだろうけれども。

「大体、お前、私の不死身の力を奪うとか何とか言っていなかったか?その目的は、一体どこへ行ってしまったんだ?」

「もちろん頂くわよ」

 贄姫に指摘されて、鬼はすぐに返答してかえした。

「ただそれも、梅ちゃんを何度も何度も殺して、ずーっと殺し続けて、さすがにもう疲れたかなーって飽きた頃に、ちゃんと頂くからその心配は要らないよ」

 にこっと、安心を誘うかのように笑う鬼の口元から、やはり牙が覗く。

「ちゃんとその力を使って、永遠に生き続けて、どんどん人を殺して喰っていくから安心して任せてね」

 そんな台詞を、微笑みながら話す所に、僕は戦慄を覚える。この鬼はこれまでもきっと、こうやって色々な人々を謀って殺し、そして喰ってきたというのだろう。だったら――

「お前みたいな奴は、やはりここで滅ぼしておかなければ」

 僕の気持ちを代弁するような台詞を、静かにしかし強く贄姫は口にした。

「鬼はやはり所詮鬼、どれだけ話しても結局は分かりあうなんてことは適わないということか……」

 そう言って、贄姫は蛇尾を構えなおす。

「どうだ?鬼?そろそろ滅ぼされる覚悟は出来たか?」

 不敵な笑みを浮かべて、贄姫は鬼への挑発を続ける。それに応えるかのように、妖刀蛇尾が一層妖しく輝いたように見えた。

 するとここで、意外なことが起こった。

 さっきの台詞がどう作用したのか分からないけれど、鬼は明らかに顔色を変えたのだった。

「はあ?何言ってんの?覚悟も何も、あたしがあんたなんかにやられる訳ないじゃない?冗談だとしても、いい加減しつこいわよ」

 苛立った様子を少しも隠しもせず、鬼は口汚く贄姫に言い返す。

「ああ~もういいわ――」

 鬼はうんざりと言った様子で、気だるそうに話す。

「いろいろと楽しもうと思ってたけど、やめた。面倒臭いから、すぐにでも殺してあげるわ」

「そうか、それは良かった――」

 贄姫はそう言うと、体を沈め力を溜めるようにする。

「私もちょうど、そう思っていたところだ!」

 その声が聞こえたと同時に、贄姫の姿が消えた。

「えっ?消え……た……?」

 と、思ったのは、どうやら僕の勘違いであり、早とちりであったようで、事実は――

「じゃ無くて、飛び上がったのか……?」

 贄姫は、勢い良く飛び上がったのだった。

 それだけを聞くと、大したことも無さそうな行動に思えるだろうけれど、少し思い出して欲しい。僕は贄姫が消えたと勘違いし、早とちりしたのだ。それが何故か?

 それは、贄姫がものすごい勢いで、ものすごい高さまで、一瞬で飛び上がったからだった。

 目測(経験が無いので、正確ではないだろうが)で十メートルは飛んでいると思われる贄姫は、上段に蛇尾を構えて、そのまま今度は勢い良く落ちていく。

「はあああああああっ!」

 気合の掛け声を響かせて、彼女は落ちていく。

 煌く刀、そして狐火がまるで流れ星のように尾を引いて、重力加速度にしたがって、物理法則に則り落ちていく。

 その落ちていく先には、もちろん――

「ガキンッ!」

 鬼が居て、贄姫の一撃を、手に持った刀で受ける。その瞬間、火花が散り、彼女らの顔を一瞬、闇に照らし出す。

「ぐっ……何!?」

 贄姫の力を込めた一撃を受けた鬼は、そんな驚きの声を上げ、贄姫の刀を受け続けなくてはいけなかった。

「あんた、何?それはっ!?」

 何がどうなっているのか、全くさっぱり分からないのだけれど、贄姫は鬼の前面に浮かんだまま、両手で握り締めた蛇尾で、斬りつけ続けていた。

 斬りつけられる度に衝撃波を生むほどの力が加わっているようで、その証拠に受けている鬼は耐え切れないように、徐々にかがむようにしゃがんでいく。そうするだけでは力を受けきる事が出来ないようで、驚く事に屋上の床面に、その衝撃でひび割れまで起きている。

「す、すごい……」

 僕は無意識のうちに、感嘆の声を漏らしていた。

 これが、『アヤカシの力』ということか……。

 そうしている間にも、鬼はどんどん床に沈んでいく。

「これで、と、ど、めっ!」

 贄姫は一層力を込めて、蛇尾を振りぬく。

「くっ……」

 ――キィン

 甲高い音を立てて、贄姫の斬撃を受け続けていた鬼の刀がついに折れた。

「や、やったか……?」

 衝撃波が収まった所で、恐る恐る覗き見てみると、そこには――

「あのさ~あまり調子に乗らないでくれる?そういうのってさ――」

 鬼は、凄惨な笑みを浮かべる。

「正直、ムカつくんだよね~」

「そ、そんな……」

 刀が折れたのだから、僕はてっきり鬼を倒している、もしくはそうでなくても致命傷は与えているだろうと、そう思っていた。そう思い込み、高を括っていたのだった。

 そんな僕の甘い期待も幽かな希望も吹き飛ばすように、吹き消すように、鬼はそこに変わらずに立っていた。

 ――立ちはだかっていた。

 バトルもののアニメで見たような、放射状に広がったヒビ割れの中心に、鬼は立っていた。

「くそっ!」

 鬼はただ立っていただけ、というわけではない。

 アヤカシを殺すという妖刀、蛇尾をもって、アヤカシの力を得た贄姫に攻撃されていたのだから、そこにただ単にボーっと突っ立ているというわけにはいかない。

「マジかよ……」

 驚く事に、鬼を倒せるはずの唯一の武器、蛇尾を、なんとその右手で掴んで止めていたのだった。

 蛇尾を掴んでいる手は、一回り、いや二回り以上大きく、血でも流しているかのように、真っ赤に染まり、黒々とした長い爪が生えていた。

 その様子は、正に鬼の手――

 鬼は軽々と蛇尾を掴み、そのせいで贄姫は宙に浮かんだままだ。贄姫は足をバタつかせて、

「くそっ、放せ!」

 と、抵抗する。

「あ、そう」

 鬼は贄姫にそう答えると、蛇尾を掴んだ手を振上げて、贄姫もろとも放り投げた。贄姫はあっけなく吹っ飛ばされると、大きな音をたてて屋上に叩きつけられる。

「に、贄姫っ!」

 舞い上がる粉塵の中に、うずくまる贄姫に、僕は駆け寄ろうとする。

「寄るな!」

 僕を制して、贄姫はゆっくりと立ち上がる。

「大したことはない。心配するな」

「いや、お前、そうは言ってもほら、血が……」

 顔を上げた贄姫の口元に、血が垂れているのを見ると、心配せずにはいられないだろう。

 それを贄姫はすばやく手の甲でふき取ると、

「は?何が?いや、血とか全然出てないし。口の中とか全然切ってないし。え?どこ見てんの?何、言っているか、全っ然、分っかんないんだけれど!」

「……………」

 ……誤魔化したな。

「そんなことよりも、ちょっとあいつ、意外に強い……くは無いけれど!思ったよりもやるというか、骨が有るじゃないっていうか、まあ、少しはやるんじゃない?」

「……………」

 ……強がった。

「……でも、本当に大丈夫なんだよな?」

「は?大丈夫って何が?」

「いや、もう、そういうのはいいから。本当のところ勝てるんだよな?」

 じゃ無ければ、本格的にまずい。

 しかしながら、そんな僕の心配をよそに、

「ふん!一体、誰に向かって言っている?」

 贄姫は相変わらず、どこぞの女王閣下、もしくは姫殿下のような鷹揚さで、その慎ましさのみを包み込んだような平らな胸を張り、あくまでも強気にこう言うのだった。

「私が負ける訳ないだろう?まあ、見ていろ」

 不敵な笑みを見せ、贄姫は蛇尾を構えなおす。

 

「あたしさ~これ、嫌いなんだよね~」

 夜空に鬼の手をかざすようにしながら、鬼は誰にとも無くそう呟く。

 手を握ったり、開いたりしながら、眺めつつ鬼は続ける。誰に訊かれた訳でもないのに、

「だってさ~可愛くないじゃない?」

 などと、ほんの数分前には想像すら出来なかったであろう変わりようの、その鬼の手を嫌いな理由を話し出す。

「こんなごつごつして、いかついし、あたしみたいな女の子には似合わないと思わない?」

 鬼はそう言うと、手を眺めるのをやめて、

「ね?禰々宮くん?」

 と、こちらを向いた。

「……確かに女の子には似合わないとは思うけれど、お前みたいな鬼には、良く似合っていると思うぞ」

「ええ~っ、ひっど~い!」

 身悶えるように、僕を非難する鬼。

「そんな酷い事言われたら、あたし傷ついちゃうじゃな~い?」

「どう考えても、傷ついているようには見えないのだけれど……」

「こんな辛い思いをさせられるのも――」

 どうやら鬼は、僕に話しかけている体を取ってはいるけれど、本当のところは僕の反応や反論なんてどうでもいいようで、勝手に話を進めるのだった。

 鬼は、その嫌いだという真っ赤な鬼の手で、真っ直ぐ贄姫を指差す。

「梅ちゃんのせいだよね~だ、か、ら――」

 ――きっと、それはこちらに微笑んでみせたのだろうけれど、異形の鬼がこちらに向けて嗤っているようにしか見えず、背筋も凍るような不気味さだった。

「やっぱり、殺してあげないと、ね?」

 その瞬間、唐突に鬼が消えた。

「――?」

「九十九!」

 贄姫が僕の肩を、勢い良く突き飛ばす。

 その時、何かが僕の目の前を通り過ぎ、それと同時に、床が爆発した。

「何っ!?」

 爆風に吹き飛ばされて、僕は数メートル転がって倒れこむ。

「い、一体何が……?」

 顔を上げた僕の眼に飛び込んできたのは、僕たちがさっきまでいた場所に、鬼がその大きくなった鬼の手を叩き付け、そのせいで床に開いた大きな穴だった。

 どうやら僕はその衝撃で吹き飛ばされたようで……いや、その前に贄姫に突き飛ばされたのか……なにせ、そのせいで今こうして床に情けなくもぶっ倒れているのだろう。

 もしも、贄姫に突き飛ばされていなかったら、僕はあの鬼の手をまともに食らっていたのかと思うと、怖ろしくなる。

「そ、そうだ、贄姫は――」

 まさか、あの鬼の手に押しつぶされてしまったのか?……などと、思わず心配してしまったけれど、あの贄姫がそんなにあっさりとやられてしまうわけなかった。

「あ、あんな所に……」

 贄姫がどこにいたかというと、それは――真上。

 一瞬にして贄姫は直上に飛び上がって、鬼の一撃をかわし、上空で姿勢を立て直す。

「――どうやら、攻め方を変えないといけないようだな」

 贄姫はそう呟く。

「何を変えたところで、結局、無駄だよ~」

 鬼はそう言うと、口元を歪めて笑い、真っ赤な手を振上げる。

「今度こそ、殺してあげる、ね!」

 突然だが、この地球上では上昇したものは、万有引力の法則にしたがって下降する。当然ながら、それはたとえ贄姫であっても、平等に、公平に、分け隔てなく働く法則なのだ。

 ということは、このシチュエーションに当てはめると、上に飛び上がった贄姫は、もちろんそのまま落ちてくる。

 そしてその下には、鬼の手を構える件の鬼が待ち構えている。

「危ない!贄姫っ!」

 僕が叫ぶのと同時に、狙いすまされた鬼の手が、落ちてきた贄姫に振り下ろされる。

 これまでか、と覚悟を決めた僕の目の前で、とても信じられないことが起こった。

「いっただきーっ!って、あ、あれっ?」

 鬼の手が捉えようとした瞬間、贄姫の姿が消えた。そのせいで、鬼は勢い余ってよろける。

「な、何で……?」

 贄姫を見失って、鬼は混乱したように自分の手のあたり、つまり贄姫がついさっきまで居た場所を、まるで何か小さいものでも探すようにキョロキョロと見回す。

 しかし、この時、少し離れた場所に居た僕には見えていた。というよりも、正確には見えてはいなかったのだけれど、認識は出来た。

 目の前でそれをされた鬼には、贄姫は本当に消えたように見えた、というかそれは認識できないという意味で、その言葉通り本当に消えたのだろう。けれど、実際には贄姫は消えたわけではない。

 では、一体、彼女が何をしたのかというと――彼女はただ、横に跳んだだけだった。

 言葉にすると、それはとても簡単なことのように思えるけれど、彼女はそれこそ、ある意味物理法則を無視したような動きを見せたのだった。

 夜空から真っ直ぐ降りてきた贄姫は、そのまま真横に、もっと正確に数学的に言うならば、九十度に折れ曲がるように、横に跳んだのだった。

 などと偉そうに言ってはいるけれど、僕はそれを、贄姫の手首と足首に灯る狐火が、闇に残した光の軌跡で知ることが出来ただけで、贄姫がどうやってそんな風に動く事が出来たのかは分からなかったのだけれど……。

 とんでもない身体能力、というか、力学的に考えてそんなこと可能なのか?――と、いった疑問はもちろん、またしても無視されてしまうのだった。

 真横に吹っ飛んだ贄姫は、どういったからくりか、空中を足場にして跳ね返るようにして戻ってきた。

 ……さすがにこれは、ありえない。

 物理法則を、無視しているどころの話ではない。

 無視どころか、馬鹿にしているとしか思えない話だ。

 少しだけ僕にも見えたのだけれど、贄姫はまるでそこに壁でもあるかのように、体をくるりと回転させて、水泳のターンのように方向を変え、そのままその見えない壁を蹴り、またものすごい勢いで飛び出したのだった。

 光の軌跡を描いて、とんでもないスピードで鬼との間をつめる贄姫。

 そこでようやく鬼も、贄姫の姿を捉えたようで、真っ赤な手を振上げる。

 でも――遅い。

 遅い、それも致命的に遅い。

 と、いうよりも贄姫のスピードは、それをはるかに上回っているといったほうがいいのかもしれない。

 

 鬼が振上げた手の、その下、がら空きになった懐に一筋の光が飛び込む。

 

 月明かりを受けて、刃が一際激しく煌き――

 

 ――弧を描いて、光の筋が鬼の手と交叉する。

 

「くっ!ちょこまかと……!」

 贄姫の蛇尾の一撃をかわそうと、鬼は身をのけぞらせる。僕が目撃した、その姿は異様そのものだった。

 手を振り下ろしながら、後ろに倒れるように――それは手を軸にして、その場で回っているように見える。さっきからぶっ飛んだ動きを見せる贄姫と同じように、こちらも僕の常識を逸脱した動きで、贄姫の刃を避けようとする。

 ――しかし、

「ぐわぁああっ!」

 鬼が苦しそうな声をあげる。

 見ると、鬼の手から、その手よりも赤い血が吹き出していた。

「や、やったか!?」

 鬼はその体ごと後ろに吹っ飛んで、その刃を避けようとしたようだけれど、その動きよりも一瞬だけ贄姫が蛇尾を振り下ろす方が早かったようで、鬼はよろよろと立ち上がりながら、血が吹き出した手の甲を押さえるようにしている。

「だから、言っただろう?私が負けるわけが無いと」

 声がしたほうを見ると、いつの間にか僕の横に、高速移動を終えた贄姫が涼しい顔をして、誇らしげに胸を張って立っていた。

「どうだ!見ていたか?いや、早すぎて、お前には見えなかっただろう!なあ?九十九!凄いと褒めさせてやっても構わんぞ!」

 ん?どうだ?と、本当に腹立たしいほどに調子付いて、贄姫は僕の顔を覗き見る。

「……………」

「ほれほれ、この私を讃えるがいい」

「……………」

「ん?どうした?我慢しなくていいんだぞ?」

「……………」

 その態度が癪に障るので、とにかく反応したくない。

 しかし、それが逆に贄姫の気に食わなかったようで、

「九十九!なぜ、褒めない!せっかく褒めさせてやるといってやっているのに!」

 足を踏み鳴らして、子供のように抗議する。

「なぜ!なぜ!なぜっ!」

「……ああ、もう、分かったよ」

 根負けした。

「実際、正直、驚いたぞ。まさか、こんなに強いだなんて」

 僕は思った通りのことを口にしただけなのだけれど、図らずもそれは癪に障るが、贄姫を絶賛することになってしまったのだった。

 ――もう一度言うが、癪だ。

 ……しつこいようだが、重ねて言う、癪に障る。

 癪には障るけれど、この僕の言葉で贄姫は気をよくしたようで、鷹揚に頷いて、

「そうだろう、そうだろう。始めから素直に私を褒め称えていればよかったのだ」

 と、満足そうに言う。

 ……本当に何度も何度も言うが、しつこいと思うだろうし、うんざりしているかもしれないけれど、今一度聞いて頂きたい――癪だ!

 と、こんなことを繰り返すなんて徒労以外の何物でもないだろう。

 それよりも、今僕たちの目の前には、差し迫った問題があるわけだし。

 

「――なめるなよ、人間……」

 鬼は苦しそうな声で、噛みしめるように言う。

 贄姫に斬られた手からは、深紅の雫がボタボタと滴り落ちる。

「これぐらいで、こんな事ぐらいで、あたしがやられる訳ないだろうが……!」

「くそっ、浅かったか……」

 ユラユラとこちらに近づいてくる鬼に、僕は戦慄を覚え、無意識のうちにそう呟いていたのだった。

 贄姫の自身満々な態度に、つい気を緩めてしまっていたのだけれど、よくよく考えてみると、あれだけ飛び回って何とか一撃与えただけなのだ。確かに鬼の言うとおり、大した傷でも無さそうだ。贔屓目に見たとしても、その傷ではとても致命傷とは言いがたい。

「贄姫!もう一度、攻撃しないと!」

 早くしないと、近づいてくる鬼に捕まってしまう。

 僕は、怖気づいて、贄姫をそう急かす。

 しかし、当の贄姫は、全く動じた様子が無く、僕はそれに不安を感じる。刀を構えようともせずに、ただ近づいてくる鬼を見ているだけだった。

 こうなってきたら、僕としては不安だけではなく、不満も感じざるを得ない。

「おい!贄姫!何とかしないと――」

「うるさいぞ、九十九」

 ジト目でじろりと睨みを利かせて、贄姫は僕を遮る。

 だけど――

「いや、だけど!」

 そんな、悠長に構えていられるような場合じゃないだろう?

 しかし……というか、やっぱり、贄姫は僕の、僕ごときの抗議なんて、そこいらで舞っている枯葉程度にしか感じていないようで、

「ふぅ~~~~」

 なんて、大げさに溜息をついてみせる。

「まったくお前は……本当に騒がしい奴だな。何をそんなに騒いでいる?」

「これが騒がずにいらいでか!それじゃ、逆に訊かせてもらうけれど、なんでお前はそんなに余裕なんだよ!?」

「だ~か~ら~っ!」

 さっきにも増して、眼光鋭く、僕を睨みつける贄姫。聞き分けの無い子供に、言って聞かせ、言い含ませるように、僕に言う。

「私は負けないって言っているだろうが!何度も言わせるな!一度でいい事を何度も言わせるということは、それはそいつの頭が悪いって事なんだぞ!」

「負けないって、お前……そうは言うけれどさ……」

 今の所、負け惜しみにしか聞こえないのは、何も僕の頭が悪いというわけではないと思うのだけれど。

「そう言うだけで、別にすでに勝っているとでも――」

「――言うぞ」

 僕の言葉尻を掴んで、そう続ける贄姫なのだけれど、その言葉は僕にとって聞き飽きているし、もう突っ込むことさえ億劫なほどだった。その自信の出所を、しっかりと僕に示してくれなければ、とてもではないけれどこの状況を贄姫一人に任せるわけにはいかない。

 ……とは言っても、僕にあの鬼を倒すことも出来るわけないし、ここから逃げる冴えた考えがある訳でもないので、そんなに偉そうな事が言える立場ではない事も分かってはいる。

 それでも――

「負けないって言うけれど、本当に――」

 ――大丈夫なんだろうな?と、自分の事は棚上げして、贄姫を糾弾するための台詞を紡ごうとした僕の口元を止めたのは、贄姫の高貴なまでに勝ち誇った顔と、

「そろそろだな」

 と、呟いた言葉。

 その言葉に思わず息を飲んだ僕に、贄姫は小さく尖った顎で指し示す。贄姫が指した、その先では鬼がこちらにやってこようとしていた――はずなのだが。


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