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放課後の梅ちゃん(9)

毎週金曜深夜0時に次話投稿します。感想等もよろしくお願いします。

「お前は、何を連れてきた?」

 僕たちの間を、一陣の風が吹きぬけた。

「な、何を連れてきたって、そりゃ……」

 贄姫のあまりの迫力に、僕は思わずたじろいでしまう。

「友達だろ……?」

「友達、ね……」

 挑発するような、挑戦的な視線を僕たち二人に……いや、違う……巻にだけ投げかけ、贄姫は話す。

「それは――」

 贄姫は、顎をしゃくって巻を示す。

「それは、本当に友達か?」

「それは、どういう……」

「いや、違うな――」

 ひとりごちて、贄姫は話し続ける。

「そうじゃない。そうじゃなくて、もっとわかりやすく言うのなら……」

 贄姫の手がすっと上がり、真っ直ぐに巻を指差す。

「そいつは友達でもなければ、ましてや人間でもない」

「……は?」

 戸惑う僕を無視し、贄姫は宣告するように、続けてこう言った。

 

「そいつは――アヤカシだ」

 

「お、お前、何言って……」

 そんな宣告を受けた巻はというと、横目で盗み見た限り、何も反応を示していない。もしかしたら、あまりに突飛な事を、初対面の訳のわからん女に言われたものだから、反応に困って、とりあえずさっきと同じような微笑をうかべるしかないのかも知れない。

「ほ、ほら、巻も困っているじゃねえか。何、訳のわかんないことを言ってんだよ?」

 なあ?と巻に同意を求めたのだけれど、巻は呆気に取られていて、さっきと同じ笑顔のまま、無反応を返してきただけだった。

「ふん。大方、図星を突かれて笑うしかないのだろう?」

 そんな反応を物ともせず、贄姫は得意げに顎をあげる。

「お前、本当に意味が分からないぞ。ちゃんと説明をしろよ」

「説明?そんな事よりも――」

 贄姫は突然駆け出して、僕の横をすり抜けたかと思うと、

「こうやって、こいつの正体を暴けばいいだけのこと!」

 すばやい動きで、巻の華奢な首を、その白く細い指で締め上げる。

「く、苦し……」

「どうだ?そんな苦しむ演技なんてやめて、早くその正体を見せろ!」

「ちょ、やめ……て……」

 巻は本当に苦しそうに、そう呻くとその場に崩れ落ちるようにして、膝をつく。

「お、おま、何やってんだ!」

 僕はそう叫ぶと、巻に取り付いた贄姫を、文字通り引き剥がそうと、その腕を力の限り引っ張った。

「って、固ってぇ……!」

 贄姫はとても冗談半分では出せそうも無いような、馬鹿力で巻の首を絞めていた。

「いい加減、離れろって!」

 僕は巻と贄姫の間に割って入り、体全部を使って、贄姫を押し返す。それで、ようやく巻の首から指が外れて、贄姫は数歩後ろに下がった。

「何をする!九十九!」

「それはこっちの台詞だ!」

 僕は巻を贄姫から守るように、立ちはだかる。

「お前、何考えてんだよ!いくら中二病だとしても、今のはやりすぎだろ!」

 しかし、立ちはだかった僕の事など、まるで眼中に無いかのように、無視して贄姫は、

「そこを退け!九十九!」

 と凄むのだった。

「ど、退くわけないだろ!」

 そのあまりの勢いに、一瞬思わず退いてしまいそうになってしまったけれど、なんとか思いとどまって、僕は贄姫を負けじと睨み返す。

「冗談だとしても、やって良い事と悪い事があるぞ!大体、僕はだな――」

 贄姫のとった、巻に対するあまりに度の越えた行動に対しての、驚きと怒りのあまり、僕は思わず本音をぶちまけた。

「大体、僕はだな、お前に友達を作ってやろうと思って、こうやって巻を連れてきたんじゃねえか!少しでも寂しさがまぎれるかと、お前のためを思って僕はこんな夜中に、こんな所までやってきたって言うのに!お前は!お前は何で、こんな事をするんだよ!何でお前は――」

「違う!」

 責め立てる僕に、贄姫は早く、そして強く、そう否定する。

「違うのだ、九十九!そうじゃなくて――」

 説明しようとした贄姫は、話し始めた言葉をそこで止め、突如僕の方へと、まるで足にブースターでもついているかのようなものすごい勢いで、文字通り飛んできた。

「なっ――?」

 何?と言う言葉でさえ口にすることも出来ず、僕は贄姫にその勢いのまま、その場に押し倒される。

「な、何だよ?いきなり……」

 押し倒され、贄姫に抗議の声をあげようした僕の目に飛び込んできたのは、目の前を通り過ぎる月明かりに輝く一本の刃と――

「えっ……?」

 それを握り、こちらを見下ろす巻の笑顔だった。

「あれ?かわされちゃった。失敗、失敗」

 つばがない、白木の柄がついているだけの日本刀を、月の光に怪しく輝かせて、巻はいつも通り、おどけたようにそう言って笑った。

「せっかく後ろから気付かないうちに、殺してあげようと思ってたのにさぁ、何で避けちゃうのよ?もう!」

 巻は、そんな待ち合わせの恋人を驚かそうとして、失敗してしまった彼女のような台詞を吐いて、頬をプウッと膨らませる。

 そんなことよりも、引っかかる言葉がある。

「こ、殺して……あげる……?」

 って、どういう意味だ……?

「あはっ!驚いてる、驚いてるっ!」

 あまりの事に、戸惑いを隠しきれない僕の顔を見て、巻は嬉しそうに笑う。

「何をしている!早く起き上がれ!九十九!」

 巻の凶刃から守るために、僕を押し倒した贄姫は、もうすでに立ち上がって、僕の横で巻に対して構えている。

「だ、だけど……」

 ――ナニガオコッテイル?

 目の前のとんでもない光景に、僕は情けない事に、混乱のあまり力が抜けてしまっていた。まるで悪夢のような展開に、全くついて行けず、眩暈を起こしそうになる頭を、必死に奮い立たせて状況を整理しようと試みるのだけれど、

「何なんだよ、これ……」

 やはり、整理も理解も出来るわけもなく、僕は腰を抜かせたように、そのままその場にへたり込んだまま立ち上がれないでいた。

「呆けている暇があるなら、さっさと立て!九十九!」

 そう叫ぶと、贄姫は巻に体当たりして突き飛ばす。突き飛ばされた巻は、二、三歩よろけながら後ろに下がる。

「う、嘘だよな……巻……?」

 僕の問いかけに、巻は無言で笑っているだけだった。

「そんな物騒なもの、どこから出したんだよ……?手品かなんかだよな?それも模造刀か何かなんだよな……?なあ?」

 ははは、と僕は力なく笑う。

「ああ、そうか、そうか……梅ちゃんに会うってんで、それに合わせて、そんな手の込んだ事をしたんだな?まったく、驚いたじゃないか。だから、そんな物騒なもの早く仕舞ってくれよ。いくら偽物だとわかっていても――」

「まだ、そんな事言っているの?」

 僕の台詞を遮って、巻が言う。

「えっ……?お前、何言って――」

「禰々宮くんってさぁ、本当にいい人だよね。本当いい人過ぎて――」

 薄い月明かりの下、巻はそう言うと一段と美しく微笑んで見せる。

「――いい人過ぎて、殺したくなるよね~」

 あはははっ、と巻は天に向かって高らかに笑ってみせる。

「ま、巻……お前――」

 大丈夫か?と続けようとしたのだけれど、僕は続きを口にすることが出来なかった。それは何故かというと――。

「あははははははははっ!」

 巻は狂ったように笑いながら、こちらに向かって間を詰めながら、勢い良く手にした刀を振上げる。

 そして――

 そのまま――

 振り下ろされ――

 ――その時だった。

 何も反応できずにいた僕の前に、何かが立ちはだかったのだった。

「お、お前……」

 僕の目の前で、贄姫はこちら側を向いて、両手を広げる。

「お、お前……何やって……」

 ボタボタッと、生暖かく、少し粘り気のある液体が、僕の顔にかかった。何気なくそれを指先で拭い、月明かりのもとで確かめる。

「……えっ?」

 月明かりの下で見る指先は、真っ赤に染まっていた。

「な、何だよ、これ……?お前、どうし――」

 ――突然、僕の視界が真っ赤に染まった。

 真っ赤な僕の視界に飛び込んできたのは――贄姫の胸から突き出た、紅く光る刃だった。

「ぐはあっ……!」

「に、贄姫ぇーーーっ!」

 贄姫の胸から突き出た刃が、ゆっくりと引っ込む。刃が抜かれていくにつれて、その傷口から真っ赤な血が、湧き出るようにこぼれてくる。それは、ボタボタと地面、そして僕の体を濡らし、染め上げていく。

「何だよ、これ……」

 贄姫の胸から、刀は抜き取られ、その体は支えを失い僕の腕の中へと倒れてきて、なすがままに、僕はそれを受け止める。

「お、おい?贄姫……?」

 力を失くし、ぐったりとする贄姫の胸からは、いまだに大量の血液が流れ出ているのだった。

「何、なんだよ……!何なんだよ!何だってんだよぉーーっ!」

 僕は贄姫の体は受け止めはしたものの、この事態をどう受け止めるべきか分からず、到底受け止めることも出来ず、ただただ叫ぶことしか出来なかった。

「何なんだよ、これは!何だって、こんな事をするんだよ!巻っ!」

「何でって言われても……」

 巻はそう言うと、刀を振って血を落とし、

「さっき言ったじゃない。忘れたの?殺してあげるって、ね?」

 血しぶきを浴びた顔で、心臓が止まりそうなほど残酷で美しい笑顔を僕に見せる。

「こ、殺してあげるって、お前!何言ってるのか――」

「――うるさいぞ、九十九」

 腕の中から声がした。

「えっ?お前……」

 僕の体を押すようにして、贄姫は体をゆっくりと起こす。

「お、お前……大丈夫だったのか……?」

「大丈夫か、大丈夫じゃないかで言うと……」

 贄姫は不敵な笑みを浮かべて、

「大丈夫……ぐふっ!」

 と、血を吐いた。

「全然、大丈夫じゃねえじゃねえか!」

「いやいやいや……本当にもう大丈夫だ。その証拠に――」

 贄姫は見せ付けるように、僕の目の前に、その胸を突き出す。

「ほら?」

「こ、これは……」

 その少女らしい、慎ましやかな胸にあるはずの、生々しい傷はすでに消え、あれほどあふれ出ていた真っ赤な血もすっかりと止まっていた。

「そ、そんな馬鹿な……確かに貫かれていたはず……なのに……」

 何かのトリックなのか……?

「だから――」

 贄姫は胸を張ったまま、何故か勝ち誇ったように、

「――言っただろう?私は不死身なのだ」

 と言い、口元の血を手の甲で拭った。

「まさか……お前、本当だったのか……」

 信じているとは言ったものの、こうやって実際に目にするまで、自分の事を不死身だという贄姫の主張を、誰が本気にするというのだろう。かく言う僕にしても、半信半疑どころか無信全疑といったところだ。

 

 しかし、こうやって目の前で起こってしまっては、信じなくてはいけないのだろう。

 この世に、不死身の存在がいるということを――。

 

 混乱しそうになる頭を、何とか整理しようと、

「本当に、不死身…・・・なのか……?」

 僕は無意識のうちに、そう呟いていた。その言葉を聞き逃すような贄姫ではない。

「何?それはどういうことだ?お前、あの時、信じるって言ったではないか!?あれは、嘘だったと?口から出まかせだったと言うのか!?」

「ち、ちが、違う!ちゃんと信じている!信じているぞ!」

 と、口走りはしたのだけれど、贄姫のその迫力に負けただけかもしれない……。

「それにしても……」

 贄姫の胸をもう一度、よく観察してみるのだけれど、本当に何か魔法でも使ったかのように、全く綺麗に跡形も無く傷は消えてしまっていた。どれだけ目を凝らしてみようが、まるでそこにあんなグロテスクな傷があったなんて、何か悪い夢でも見ているかのようだ。

 まだ血で紅い、その贄姫の白い肌に、僕は思わず手を伸ばし――

「つ、九十九……そ、そんなにジロジロと見られると、さすがに恥ずかしいぞ……」

「お、おう……悪い……」

 僕は伸ばしかけていた手を、あわてて引っ込める。

「ふうん……本当だったんだぁ……」

 巻を見ると、ニヤリと笑い、顎を少し上げて僕たちを見下ろしていた。

「いやいや~もしも、ガセねただったら、困ってたんだよね~」

 えへへ、と可愛らしく笑う、巻の血まみれの顔に、戦慄しながらも、僕はやっとのことでゆっくりと立ち上がる。立ち上がり、僕は、こう訊ねずにはいられなかった。

「お前……一体、誰だ?いや、そうじゃない……お前、一体、何なんだ?」

「あたし?あたしは、ただの――」

 巻はその場でくるりと一回転し、贄姫の血で赤く染まった、真っ白いワンピースを翻してみせる。

「あたしは、ただのクラスメイトだよ」

「ただのクラスメイトって……ただのクラスメイトが、そんな物騒なものを振り回して、そんな血まみれの顔で、そんな可愛く笑うわけねえだろ!」

「まあ!禰々宮くん!可愛いって、そんな照れちゃうじゃない!」

 巻は身を捩って、はにかんで見せる

「そうだぞ!九十九!こんな血まみれの女を可愛いだなんて、一体、どこを見ていっているんだ!」

 そう言って、贄姫は頬を膨らませる。

「僕が言っているのは、そういう事じゃねえよ!」

 まあ、贄姫、お前も血まみれだけどな、というのもあるけれど、

「そうじゃなくって、あいつの正体っていうか、あいつは何なんだよ!」

「ふん!私がただ、何もせずにああやって、やられただけだとでも思ったか?」

「贄姫……お前、何、言って……」

 どうせ、また根拠も無く強がっているのだと、そう決め付けてかかっていた僕に、贄姫がくいっと顎で指し示した先に、

「あ、あれはっ!?」

 僕が目撃したのは、巻のワンピースの裾に貼り付けられた、赤い筆文字で何だか良く分からない文字が書かれた、白い長方形の紙――つまりは贄姫のいう所の呪符だった。

「って、それが何だっつうんだよ!」

「フッフッフッ……さっきやられた時に、貼っておいたのだ」

 得意げな贄姫なのだった。

「いや、だから!あんなもん貼ったところで、何になるってんだよ!僕が訊きたいのは、あいつ……じゃなくて、あれが何かってことなんだよ!」

「うるさいぞ、九十九。何をそんなにはしゃいでいる?」

「はしゃ……って、おい!」

「まあ、黙って見ていろ」

 そんな生意気な台詞を、僕に向かって吐き捨てて、贄姫は口元に人差し指と中指を立て、

「彼岸より出でし、アヤカシなる者よ、(たばか)りしその偽りの姿を解き、禍々しき本性を我が前に――」

 呪文のような言葉を述べた贄姫は、ふっと口元の指に息を吹きかけ、すばやく縦に振り下ろす。

「――晒し出せ!」

 バチッ!

 と、音を立てて、巻のワンピースの裾に貼られた呪符が、青白い火花を散らし、弾けた。

「きゃ!何?」

 驚いた巻は、少しよろけて、非難するような声をあげる。

「何よ、もう!驚いたじゃない!」

「驚いたのは、僕のほうだよ、巻……」

 顔を上げた巻を見て、僕は驚いた、と言うよりも慄いたといったほうが正確だろう。

「巻、お前……その目……」

 巻の瞳は、所謂、人間のそれとは全く違うものになっていた。

 白目にあたる部分は、闇を取り込んだかのように黒々と染まり、その瞳は鮮血の様に赤く妖しく光っていた。

「それに、その頭に付いているのは……」

 さらにその額には二本のありえないものが生えていた。

 きれいに切りそろえられた巻の前髪を分け、突き出ていたのは瞳と同じく真っ赤な角。

「あ~あ、ばれちゃった」

 巻はそう言うと、肩をすくめておどけてみせて、紅を引いたかのような真っ赤な唇を歪めて、不気味な笑みを浮かべる。

 不意に現れた月に照らし出された、その姿はまさしく――

「お、鬼……?」

 青白い光を浴びて、鬼は嗤う。

「何?禰々宮くん?人の顔を見て鬼だなんて、失礼すぎない?……って、まあ、あたしは確かに鬼なんだけど!あはははははははははっ!」

「鬼か……鬼ねえ……」

 巻に負けじと、不敵な笑みを浮かべて、贄姫は言う。

「その鬼が、一体どんな訳で、こんな手の込んだ事を?」

 小さな顎を少し上げて、強気な視線を鬼と化してしまった巻に向けて、贄姫は全く臆することなく問いかける。

「何の目的があって、こんなことをした?九十九を利用することで、こうやってまんまと私に会うことが出来たのだろうが、お前、一体、何を企んでいる?」

「目的……目的かあ、そりゃいっぱいあるけれど、まあ、簡単に言うなら――」

 それは、デジャヴに思えた。

「――だって、そっちの方が面白いから!」

 巻はそう答えると、心から愉しげに笑う。その唇の端からは、ありえないほど尖った犬歯――有体に言うなら、牙が覗いていた。

 前に聞いたのと同じ台詞なのに、こんなにも印象が違ってくるのか……。

「いや、僕の方は全く、全然、これっっぽっちも面白くないんだけどな……」

 それにどうやら、知らない間に利用されていたみたいだし。

「それに、その子――ていうか、見た目と違って本当はお婆さんなんだけれど、まあ、その子の力、つまり不死身の力っていうのは、やっぱり魅力的よね~」

 巻、もとい、鬼はうっとりと贄姫を見ながら、そう話す。

「だ、か、ら~、その力を、あたしにくれないかしら?まあ、ダメだって言うだろうけど」

 あははっ、とその見た目に反して、鬼は極めて快活に笑う。ただし、その口元からは、血でも滴っている方が似合うような牙が、やはり覗いているのだが。

「そうか……それで、こんな事を……」

 贄姫は頷く。

「九十九や、この前の女生徒を襲って、私をおびき出して、本当の目的は私のこの呪われた力だったのだな」

 すっかり贄姫(こいつ)の仕業という事で噂されているけれど、この前の女生徒の行方不明事件は、どうやら目の前にいるこの鬼のせいで、こいつはとんだとばっちりを受けていたのかと思うと、何だか贄姫が可愛そうにもなる。

 冤罪というのは、こうやって民衆が起こすものなのだろう。

「ん?何だ、九十九?私の顔に、何か付いているのか?」

 僕が、そんな風にあらぬ疑いをかけてしまったことを反省し、贄姫を哀れんで見つめていると、あからさまにいぶかしんで、贄姫はこう言った。

「何だ、その捨てられた子犬を見る――」

「ああ、これはお前が不当に疑われていて、それを悪かったと――」

「――悲しげな目付きのライオネル・リッチーみたいな顔は?」

 それ、最終的に、ただの70年代から活躍し続けている黒人歌手になっちゃってるよね!?

「おい!良く見ろ!僕のどこにあんな髭が生えている!?それに、僕はあんなに顔が長くないはずだ!」

 いや、いい歌、歌っているんだよ、ライオネル・リッチー。

「フフッ、冗談だ」

 贄姫は優しげに薄く笑って、

「なに、お前がどうでもいい事で、何か気を回してくれているようだったからな。ちょっとからかってやっただけだよ。私は、別に何も気になどしていない。釈明をする気も、毛頭ないしな。ただ、お前の気遣いは、まあ、その、少しくらいは嬉しい事もないことも無かったぞ」

 と言って、何かを誤魔化すように、急いで表情を作って、鬼を睨みつける。

「それで?私の力が欲しいのは分かったけれど、どうやって手に入れるつもりだ?どちらにしろ、貴様なんぞに、いくらこの呪いを疎ましく思っている私でも、おいそれとやるわけが無いのだけれど」

 相変わらず強硬というか、強権を振りかざしているかのように、高圧的に贄姫は、鬼に問いかける。

「う~ん……そうねえ……」

 その問いかけに対して、鬼は小首を傾げて、考えるようなポーズを取った。

「考えても知らないものは知らないのよね~。とりあえず――」

 真っ赤な唇を横に引き、鬼はニタァと擬音が聞こえてきそうな、心臓を直に触られたぐらい気色悪い、怖気が走る不気味な笑みを浮かべて、

「とりあえず、お前たちを食ってしまえば、分かるんじゃない?」

 と、大げさに舌なめずりをしてみせた。


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