第03話『魔術』
完全な説明回です。
「魔術ってのは、要は神秘の具現化だ。本来ならば起こせない現象を、自然の力や人間が元々持ちうる力とかを使って世界に顕現させるのが魔術だ。魔術の創始者であるゼノ・アルフェラッツが千年前――つまり『統一戦争』のときに、当時のシーベールだった派閥に、ゼノが創った、所謂【古代魔術】を伝えたことで、今に至るまでに改良を重ねられ、現在の魔術体系がある。いまの魔術体系を一般的に【現代魔術】っていうのは覚えてるよな? ここまで一年次の復習だぞ」
場所は打って変わって魔術講義室。そこで、オルフェ先生の講義を聴いている。
なぜ教室で行わないのかと言うと、本来ならば一限目は魔術理論であったが、突然の変更により、魔術理論に加えて魔歴史を行うことになったのだ。それに伴い、先生が「魔術講義室の方が教材がたくさんある」とか言うので、急遽場所を変更して、今に至る、というわけだ。
「ゼノが創ったと言われる【古代魔術】は、当時はすごく重宝されたそうだが、年月を重ねるにつれ、魔術師たちはコレに些か勝手が悪いと感じ始めたらしい。そこで当時の人々は【古代魔術】をもっと良い物にしよう、と考えたわけよ。で、”誰にでも扱える”、”古代魔術の簡略化”、”利便さ”、”速さ”を重点に置かれ、改良されて出来たのが、いまオレたちが使ってる【現代魔術】というわけだ」
オルフェ先生の授業は、口調こそ荒いが、要所要所を簡潔に抑えているので、聴いているほうとしてもすごく分かりすい。
(……と言っても、いま先生が言っているのは魔術師として一般的なことで、常識なことだから、あまり復習するほどのことでもないけどね)
魔術。それは、エリムベルム大陸にある四つの大国、『四大国』の中で唯一、シーベールだけが持ちうる魔の術。
かつて起きた『統一戦争』の時、ゼノ・アルフェラッツが創ったと言われるのが、先程オルフェ先生も言っていた古代魔術だ。それをゼノが、当時のシーベールだったモノに伝えたことで、現在の魔術大国シーベールがある。
【古代魔術】にしろ、【現代魔術】にしろ、その基本的な構造・原理は同じであり、それは《四系統五属性》から成る。
四系統とは、世界に尽きることなく存在する《四大元素》を基に構成される、炎・水・風・土の四つの属性のことだ。その四系統から派生して出来るのが、木、氷、雷、闇、光の五属性だ。尚、系統と冠されているの四つの属性は、あくまで派生した属性と区別化するためにあり、四系統も属性であることに変わりはない。また、闇・光に関しては、様々な属性が合わさってできた属性であることから、系統とは独立した属性とも言われ、《混沌属性》とも言われる。
この四系統五属性を基本に、過去から現在に至るまで、古今東西の魔術師により、攻撃魔術、治癒魔術、錬金術、占星術、星魔術など様々な魔術が生み出され、確立されてきた。また、それに伴い、詠唱の工夫もなされたりしている。
「ということを踏まえた上で、本日行う講義の内容は、【古代魔術】についてだ。お前ら、魔術師の常識として、【古代魔術】を知ってはいるだろうが、その中身まで知ってる奴は少ねぇだろ?」
そうオルフェ先生に言われ、クラスメイトの「確かに」や「言われてみれば」などとの囁きや呟きが室内を包む。無論、僕だって【古代魔術】については幼少期から本ばかり読んできたので、多少なりと知っている自信はあるが、確かに説明しろと言われると難しい。
「ま、大半がそんなモンだろ。なに、恥じることはない。魔術師に限らず、人間ってのは学ぶ生き物だ。知らなければ、これから知っていけばいいだけの話さ」
言うことがいちいち格好いい人である。だがその発言も、【王級魔術師】ほどの『階級』なら納得だ。【王級魔術師】レベルともなると、潜ってきた修羅場や経験の数が、僕らなんかとは桁違いになる。
『階級』というのは、その人の魔術師としての位を表す称号のことだ。五段階に分かれており、上から、
【帝級魔術師】
【王級魔術師】
【上級魔術師】
【中級魔術師】
【初級魔術師】という風になっている。
普通は【中級魔術師】まで行けたら充分、【上級魔術師】だったら最高、というのが魔術師の常識だが、オルフェ先生は【王級魔術師】ということで、学院からも、生徒からも、その授業の質ゆえに、大変人気が高い。一応、他にも【王級魔術師】の先生はいるが、どれも年老いた先生ばかりで、その点オルフェ先生は若くして【王級魔術師】だから、人気が出るのも当然ということだ。
「さてと、じゃあ説明していくぞ。
まず、【古代魔術】ってのは、魔術の最初のカタチ――つまり現代魔術の原点であり、いまでは失われし神秘の技術だ。もちろん、結界魔術や錬金術とか、今でも使われている古代魔術はあるぞ。まあ錬金術に限って言えば現在と比べるとちょいと構造とかが違うが」
【古代魔術】が現代では失われし魔術、というのは聞いたことがある。
【古代魔術】は、魔術の最初のカタチであるが故に、その原理は大変無駄が多かった。だから僕たちの先祖は古代魔術をよりよく、使いやすいモノにしようと改良に改良を重ねてきた。
しかし、それによって失われた技術もあった。
先程、【古代魔術】に無駄が多かったと言ったが、実はこれには少し語弊がある。
実際は無駄が多かったのではなく、術式、構造が“複雑”だったのだ。その複雑さを無くして、【現代魔術】があるが、その複雑さを無くしたせいで、『使うことが出来なくなった魔術』が生まれたのだ。
それが、さっきオルフェ先生が言った失われし神秘の技術――《失われた魔の原点》と呼ばれるものだ。《失われた魔の原点》を再現しようと試みた魔術師は数多くいたが、そのどれもが悉く失敗に終わってきた。唯一の成功例が、結界魔術と呼ばれる古代魔術だ。だが、その魔術強度はオリジナルに比べると幾分か劣っている。(ちなみに、錬金術や占星術など、いまも使われている【古代魔術】は、複雑さを無くしても起動することが出来た魔術である)
「この《失われた魔の原点》を使うことが出来る魔術師は現代にはいない。歴代最高の【帝級魔術師】たちも、再現出来たのは数える程だった。これを使える奴がいるとすれば、それは古代からこの大陸にいたと言われる吸血鬼くらいだろうな。尤も、ソイツらがまだ生存してるかどうかは知らんが」
「なんだよ先生。吸血鬼なんて、眉唾な話を信じてんのかー?」
「うっせぇアホ。オレは魔術講師として、可能性の話をしてるだけだ」
教室のどこからか、からかいを含んだクラスメイトの言葉が飛び、それを先生が軽くあしらう。
「まぁ、吸血鬼ども以外なら、それこそ……ゼノ・アルフェラッツ本人か、古代に生きた人間くらいだろ」
冗談を言うかの如く、先生は軽い口調でそれを発言する。事実、それは冗談に過ぎないだろう。古代から既に千年近く経っている。そんなに長く、人間という種が存命できる筈がない。
僕がそれを口にすると、
「いや、案外わかんねぇぞ? もしかすると、《失われた魔の原点》には不老不死に至る魔術とかあるかもしれないからな。ま、そしたら、それはもう魔術じゃなく「魔法」の域に入るがな」
と、先生の持論を口にされた。
「とまぁ、そんな感じで。《失われた魔の原点》を再現できたら、それは魔術史に載るレベルの偉業だからな。もしこの中にそんなヤツが現れたら、オレは教師として誇らしいね」
「先生が挑戦しなよー。【王級魔術師】なんだからさぁ」
「バカ言え。過去の【帝級魔術師】たちが挑戦して出来なかったのに、ただの【王級魔術師】に過ぎないオレがそんな偉業成し遂げられるわけねぇだろ。そんなことやってる暇あるなら、オレは自分の研究を進めてるね」
「えー。でも、先生の研究って確か《失われた魔の原点》についてでしたよね? ならなんで自分が《失われた魔の原点》の再現に挑戦しないんですか?」
「単純な話さ。オレにはそれだけの技量がないだけ。だからオレは、《失われた魔の原点》の再現じゃなく、中身について研究してるんだ、って前にも言ったろ」
はあ、と溜め息を吐きながら先生は答える。それはどこか、気恥ずかしそうな様子だった。
確かに、そんなことを随分前に、ほんの少しだけ言っていたような気がする。だがそんなことを覚えてる人なんて、ほんの少ししかいないだろう。
そう、例えば――
「……ふん。まだ兄貴のやつ、《失われた魔の原点》の研究なんて続けてんのか。俺はもう、とっくの昔に止めたものかとばかり思ってたぜ」
「そんな誤魔化さなくていいから。同じ家に住んでて、しかも兄弟なんだから、弟である君がしらないとおかしいだろう、リオ」
そう。僕の隣にいるリオ・ウルフェンその人が、先生の研究内容を覚えてる筈の、数少ない人物だった。
オルフェ先生――本名、オルフェ・ウルフェンと、リオ・ウルフェンは紛れもなく血の繋がった兄弟である。つまり僕とオルフェ先生は昔からの知り合いでもある。もちろん、学院ではそのことは公にはしていないが。
「べ、別に誤魔化してなんかないぜ。俺は本当に知らなかっただけだからな」
「あーはいはい。わかったわかった」
兄弟揃って恥ずかしがるなよもう。
《失われた魔の原点》の内容解明、と口にすればなんてことのないように聴こえるが、実際はそれは、魔術界における最重要項目でもあるのだ。古代の魔術解明によって、現代に繁栄をもたらす、というのが、シーベール王政の見解らしい。
オルフェ先生はそんなたいそれた研究に挑んでいる自分が気恥ずかしいのか、自らそのことをあまり口にしない。またリオも、兄が《失われた魔の原点》の研究を頑張っていると知って、誇らしくもある反面、それを自分のことのように言うのは筋違いだと思っているのか、はたまた兄の意思を尊重してなのか、リオ自身もあまりそのことについて言わない。むしろ、知らないフリさえすると言った始末だ。
それでも、口を開けば喧嘩をよくするあたり、仲がいいのか悪いのか、よくわからない兄弟だったりする。
(……まぁ、そんな行動も、相手のことを信頼してるからなんだろうな)
そんなことを考えているうちに、いつの間にか授業終了を告げるベルが鳴っていた。
「っと……。もうこんな時間か。結局大したことは出来なかったな。できればオレが出来る範囲で古代魔術を使いたかったんだが……ま、それは次の魔術理論でいいか。よーし、じゃあ今日の魔術理論プラス魔歴史は終わりな。次はまた教室でだからな。遅れんなよー」
なんとなく、魔歴史の内容はどことなく少なくなかっただろうかと、頭の隅で思いながら、僕は起立して礼をした。
***
「シーオン。一緒に飯食おうぜ」
「ああ。いいよ、リオ。今日はもとからそのつもりだったし。どうせ学食でしょ?」
「もちろん」
「ならさ、アンジェも一緒にいいかな? 今朝約束しちゃって」
「別に構わないぜ。アンジェが同席するのなんて、昔からだろ」
時刻は十二時半。午前の授業が終わり、シオンとリオは昼食を取るため、学食に向かっていた。
シーベール国立魔術学院の学食は、学院の規模ゆえにその利用数も多い。もちろん、全校生徒を収容できるような造りになっているため、席が全く無いということにはならない。だが、それでも人は混雑する。実際、シオンたちが食堂に来ると、すでに席の大半が埋まっていた。
「えーと……。確か窓際にアンジェたちが先に席を取っておくって言ってたけど……」
「兄さーん、こっちですよー」
「あ、いたいた」
シオンが食堂中に視線を向けていると、アンジェがこちらに向かって手を振っているのが見えた。
「ありがと、アンジェ。先に席取っておいてくれて」
「ええ。これくらいお安い御用です。あ、こんにちは、リオさん」
「うっす、アンジェ。あとエメもな」
「あぁ良かった……! ボクだけ忘れられたのかと思ったよ……!」
エメは、はぁ、とやや大仰的に胸を撫で下ろすと、すぐさま「じゃ、ボクはご飯を取ってくるよ!」と言ってカウンターの方へ走っていった。
「さて、俺らもカウンターの方へ行くか」
「ん、そうだね。アンジェ、一人になるけど任せられる?」
「もちろんです。わたしも子供じゃありませんから」
「はは。僕からしてみたら、アンジェはまだまだ子供だよ」
「むぅ。それ、どういう意味ですか、兄さん」
「そのままの意味さ」
ぷくーと頬を膨らませながら、アンジェはシオンに抗議の視線を向けるが、シオンはそれを笑いながら意にも介さず、カウンターの方へ向かっていった。
「アンジェ、本当変わったよな。故郷に……フリュンにいたときとは大違いだ」
「……ああ。こっちに来てから、随分と変わったよ。少なくとも、出会った当初だったら、あんな顔なんて絶対にしなかった」
出会った当時の、アンジェの、世界に絶望したような虚ろな眼。
全てを射殺すような、明確な殺意の視線。
――――誰とも接しようとしない、孤独な少女。
あの時と比べたら、現在のアンジェは本当に得難い存在だと、シオンは思う。
同時に、二度とあの時に戻らせるようなことはさせないと固く誓う。それほどまでに、アンジェ・ミルファクという存在は、シオン・ミルファクにとって大きな存在だった。
「さーって、今日はなにを食べようかねぇ」
「あ。アゥキドン産の直輸入食材を使った日替わりメニューなんてどうだい?」
「へぇ、今日の日替わりはアゥキドン産食材のメニューか。あーいやでも、テヴィエスの肉料理もよさげなんだよなぁ……」
「リオはいつもここで悩むよね。時間もないし、僕は日替わりにするよ」
「あ、じゃあ俺はこっちのハンバーグ頼むから、少し交換しようぜ」
「はは……。食い意地張るなぁ、リオは」
いつも通りのやりとりをしながら、シオンとリオは注文を終える。それから程なくして、料理がカウンターに置かれた。仕事の速さはこの食堂の美点のひとつである。
「お待たせ、アンジェ、エメ」
「いえいえー。ちょうどボクも、自分のを運んでアンジェちゃんの分を持ってきたとこですし」
「そっか。じゃあ、ちょうどいいくらいだったのかな」
「ええ。時間もあまりないですし、早く頂きましょう」
「そうだな。じゃ、いただきまーすっと」
「「「いただきます」」」」
リオの合掌により、シオンたち四人は昼食を食べ始める。
シオンのメニューは、アゥキドン産の直輸入食材を使った、日替わりランチ。リオは、テヴィエス流ハンバーグ。アンジェは、シーベール産の食材を使った、シーフードパスタ。エメは、グランティカに生息する牛である、グランシュティーアの肉を使った、グランシュティーアの蒸し煮だ。
「……あれ。今日のみんなの昼食、全部四大国の料理だ」
「お、ほんとじゃん。すげぇ偶然だな」
四大国――それは、【エリムベルム大陸】に在る、四つの大国の通称のことだ。
魔の国 《シーベール》。
商の国 《アゥキドン》。
剣の国 《グランティカ》。
獣の国 《テヴィエス》。
この四つの国は、千年前――俗に、『古代』と呼ばれる時代に起きた『統一戦争』を経て興った国だ。
『統一戦争』とは、まだ四大国が四大国で無かったころ――四大国の元となった、魔・商・剣・獣をシンボルとする四つの派閥が、エリムベルムの土地支配権を賭けて行った戦争のことだ。
古代において、元々この四派閥はひとつの国であった。人種や文化などの隔たりを無くし、異なる国であったモノをひとつにして共存していた。だが、それが思想の違いで破綻し、統一戦争が起こった。
最終的に、それぞれの派閥の頭首が講和会議を開き、エリムベルムを四分割し、相互武力行使不可条約を結ぶことで、戦争は終結した。以来、四大国は互いに協力しあい――特産品の輸出入、四年に一度開かれる四大国会議など――戦争終結から千年経ついまでも、国同士の争いは起きていない。『統一戦争』の由来は各々が派閥を統一するという意味と、四派閥の思想を統一するという意味を兼ねて、後世の人たちが名付けたものだ。
魔の国 《シーベール》は東の土地を。
商の国 《アゥキドン》は西の土地を。
剣の国 《グランティカ》は南の土地を。
獣の国 《テヴィエス》は北の土地を、それぞれ治めている。
「そうですね。……でもまあ、シーベールくらいですからね。こんな、四大国全ての料理を食べられる国なんて」
「うんうん。商業国であるアゥキドンも、多分行けばそれなりに食べられるんだろうけど、ここは向こうに勝るとも劣らない貿易国だからね。そのおかげで、各国からいろんな物が入ってくるし……もぐもぐ」
エメやアンジェが言うとおり、シーベールには二つの顔がある。
一つは言わずもがな、魔術大国としての顔と、もう一つは貿易国としての顔だ。
シーベールの所在位置は東。王都である『ソニアベルク』を中心とした周辺都市はその端、つまり海側に存在している。
海側に面している、ということはつまり貿易が可能ということである。その性質を利用して、国が興って以降、シーベールは商業大国 《アゥキドン》に次ぐ商業国として栄えてきた。
「ま、なんにせよ。国民の俺たちは、この利点を最大限利用するのが務めってモンだよな」
「ボク、この国に生まれて良かったって心底思うよ……。美味しい物たくさん食べれるし」
「二人とも食い意地張りすぎじゃないか? というか、エメはさりげなく僕のご飯取るな」
もぐもぐと、エメとリオは二人して昼食を頬張る。一見すると、男女二人仲良く昼食を食べているようだが忘れてはいけない、エメは男だ。
「――――そういや、午後は確か実技だったよな、シオン」
「え………。そう、だったっけ?」
「……兄さん、まさか」
昼食をほとんど食べ終える頃、ふと思い出したように、リオが午後の授業についてシオンに尋ねた。そして聞かれた当のシオンも、今の今まで忘れていたように表情をハッとさせる。そんな兄の様子に気付いたのか、アンジェが詰め寄るようにシオンに視線を向ける。
「……あぁ。やばい。やっちゃった……」
「おいおい……マジかよ、シオン。その様子だと、いつもの対策してないのかよ。どうする? 実技受けるか?」
「って、受けないわけにもいかないでしょ。先輩、いちおう特別推薦貰ってるんだから、授業にはちゃんと出なきゃ」
「でも、どうするんですか? 道具なしだと、流石に厳しいんじゃ……」
「いや……まぁ、いつかこうなる気はしてたからどうにかするさ。最低限、出来る範囲で受けてくるよ。最悪、みんなの前で醜態を晒すことになっても構わないさ。……っと、そうだ。授業前に、オルフェ先生には言っとかないと」
シオンは大きく溜め息を吐くと、ゆっくり席を立つ。そして食器返却窓口の方へ歩き始める。その足取りは、ひどく重い。
「あ、おいシオン。待てって」
「リオさん」
そんなシオンを追うようにリオも席を立つ。だが、リオがテーブルを離れる前、アンジェがリオを呼び止めた。
「? どうした、アンジェ」
「……兄を、よろしくお願いします」
「――――おう」
時間にして数秒ほどのやり取り。その数秒の間で、アンジェの言わんとするところが、リオに伝わったようだ。
くるりと踵を返し、シオンの方へ小走りで近寄っていくリオの姿を、心配そうな眼差しで見つめながら、やがてアンジェとエメは自分たちの片付けを始めた。
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