第11話『夜明け前、魔術師達は』
「どうして、貴女がここに居るんですか……エリザベートさん」
突如現われたエリザベート・ヴァンピーアに対し、エリークは困惑しながら、彼女に訊ねる。そして、問われた当人はというと、急に倒れた少年――ロートを抱きかかえている最中だった。
「あんだけ魔力を感じれば、そりゃあ、ね。おおかた、『技術部隊』の道具を使って魔力反応を巧妙に隠していたようだけど、アタシくらいになれば気付くさ。――ま、でも安心しな。アタシも出来る範囲でカバーはしておいたから。たぶん、アタシ以外には気付いていないと思うよ、たぶんだけど」
「……ありがとう、ございます」
「いいんだよ、それくらい。元上司だろう?」
笑いながら、彼女はエリークに対し、そう言う。
――何気なく放たれたエリザベートの言葉。これには、複数の事実が含まれている。
まず一つ――学究都市であるアルサティアで、これだけの魔術戦をしたというのに誰も嗅ぎつけてこないのは、ひとえに王国魔導師団技術部隊隊長――《黄道十二宮・【処女宮】》アニエス・ミュラトールが造った魔道具があるがゆえにだ。
彼女が造る魔道具は、その総てが一級品以上の価値があり、そして歴代の【処女宮】と技術部隊が造り上げてきた魔道具を含めれば、その多くが世に広まり、シーベールに発展をもたらしてきた。
しかして、技術部隊の造ってきた魔道具の中には、一般には出回っていないモノも無数にある。それが今回、魔術戦における魔力反応を隠したような魔道具――名称を【痕跡消滅】――などだ。それらは総称して【軍事魔道具】と呼ばれており、王国魔導師団に所属する魔術師しか使用することは出来ない。
そして二つ――【痕跡消滅】を使ったというのに、それでもなお、魔力の反応を感知できたと言った、エリザベート・ヴァンピーアという魔術師。
それはつまり、彼女は普通の魔術師ではない――王国魔導師団という、最上級の魔術師の集まりという枠組みの中において――ということを意味していて。
「エリザベートさん――いや、前《黄道十二宮・【魔羯宮】》エリザベート・ヴァンピーアさん、もう一度訊きます。――どうして、ここに居るんですか」
つまるところ、エリザベート・ヴァンピーアという魔術師は、元《黄道十二宮》――それもエリークの座す【魔羯宮】の前任というわけだった。
「――――――――」
かつて、己が背負っていた名を呼ばれたことで、エリザベートの雰囲気が変わる。その刹那の変化――たった一瞬だけ垣間見せた、魔術師としての貌を見たことで、エリークはたじろぐ。が、それも本当に一瞬のことで、エリークが瞬きした次の瞬間には、先のエリザベートに戻っていた。
「――理由、ね。そりゃもちろん、馬鹿息子のためさ」
「息子って……まさか」
「ったく、アンタ。少し冷静さを欠くとすぐこうだ。自分じゃ制御できてるつもりでも、他人から見たら全然制御できていないんだよ。解るかい、エリーク? そういうところは、ちっとも成長してないじゃないか」
「……すみません」
エリザベートにそう指摘され、エリークも少なからず思うところがあるのか、彼女の言葉を肯定する。
「ま、激情に駆られないだけまだマシさね」
「いえ……自分でも、解ってるつもりです。少し、自分が大人げなかったということに」
制御できているつもりでも、制御できていない。
エリークに対するエリザベートの評価は、確かに正しいと言える。
この戦場に現われたから、それを斃す。その理屈は間違っているとは思わないし、ましてや変える気などない。そも、正体が解らなかった時点で、エリークの立場上、相手しないわけにはいかない。
だが、思考するべきだったのだ。
『正体不明』と片付けず、この少年が、いったい誰だったのかを。
「……ロート・ウィリディス、って名前でしたっけ。昔、少しだけ見たことがあります」
「ああ。アタシの、自慢の息子さ」
緑髪の少年――ロートを横目に見やる。確かに、少しだけその面影には見覚えがある。エリークが王国魔導師団の就任したての頃、かつての上司達――目の前に居るエリザベートや、前団長グレン・ミルファクなど――に、魔術の指導をされていたのがやけに印象的だったのを覚えている。
「すごいですね、彼」
「当たり前さ。なんせ、グレンの一番弟子で、アタシの弟子だ。他の面々にもしこたま鍛えられたし、そこらの魔術師には負けないってアタシが保証する。――とはいえ、まさかアンタと戦うなんて、一時間前までは露ほど思っちゃいなかったけどね」
「グレンさんの一番弟子って……一番弟子は、シオン・ミルファクじゃないんですか?」
「いいや? グレンの一番弟子は正真正銘、ロート・ウィリディスさ。アイツの息子は二番弟子。もっとも、グレン本人はそれを伝えてはいないようだけどね。……ということは、この子らは兄弟弟子ってことになるのか。今まで気付かなかったよ」
「――――――」
少し、驚いた。エリークはてっきり、前団長――グレンの弟子は、彼の息子であるシオンだとばかり思っていたからだ。だが、それは違うと、ロートの育ての親であるエリザベートがハッキリと告げた。
そして、シオン・ミルファクとロート・ウィリディスは兄弟弟子であり、そしてロートの様子を見る限り――彼は、シオンの親友だ。
それを知った今、先刻までの魔術戦は、少しだけ意味を変えていた。
シオンの逃亡を扶助する。そう端的に言ってしまえば簡単なのだろうが、その根幹にあるモノ――動機、と置き換えても良い。それが『友情』ゆえの行動と知った以上、エリークはロートを咎める気にはなれなかった。
――何故ならそれは、自分だったら、出来ていないことだから。
エリーク・ファン・レインスホーテンという魔術師は、学生時代の頃から魔術の才に秀でていた。だから彼はこうして王国魔導師団に居るのだ。
しかし学生時代の彼には欠けているモノ――言ってしまえば、友情というモノがなかった。
もちろん、今では《王国魔導師団》という、かけがえのない存在がエリークの中には在る。その存在を護るためならば、エリークは厭わずに身を挺しただろう。
しかしそれは、成長した今だから言えることであって、仮に学生時代のエリークに、ロートのような行動が果たして出来たかと訊かれたら、答えは否だ。自分には、そうするだけの存在が居なかった。
ロート・ウィリディスの覚悟と勇気は、その年齢にそぐわないモノだろう。そう思うからこそ、エリークは何も言えない。むしろ、自分を恥じてさえいる。
「……本当に、すごいですよ。僕だったら、きっと、」
「何言ってんだい。アンタだって、きっと同じことをしたハズさ」
「…………は?」
だが、エリークの自己認識、自己評価は、かつての上司――エリザベートに容易く否定された。
「何言ってるんですか、エリザベートさん。……僕には、彼のような行動なんて、できませんよ。いまはともかく、当時だったら、絶対に。だって、そうするだけの存在が、僕には――」
「――――アンタ、本気で言ってんのかい?」
「え……?」
「友情、という物差しで考えるからいけないんだ。そうさね……『尊敬』で、考えてみな」
「……ぁ……」
そう言われて、初めてエリークは、思考する。
「アンタの学生時代、ラヴァが窮地に陥ってたとしたら――アンタは、どうした?」
答えるのに、逡巡など要らない。
「僕は……ラヴァさんを、先輩を助けに行ってました、絶対に。だって先輩は、僕の尊敬する人だから」
「つまりは、そういうことさ」
――ああ、なんだ。そんな簡単なことだったのか。
悩んでいた自分が、馬鹿みたいだ、とエリークは自嘲する。
「……ロート君は、シオン君のことが、大事だったんですね。自分のことなんかどうでもいいって、思ってしまうくらいに」
「親友の為に、自分から悪役を買うような子さ、この子は。だから、これくらいするって予想できたハズだったんだけどねぇ……アタシも、まだまだか」
「いや、随分と母親らしくなってますよ、エリザさん。昔とは大違いだ」
「ハ、言うようになったねェ。昔みたいに指導してやろうかい?」
「冗談。それに、そんなことしてる場合じゃないでしょう」
そうだ、こんなことしている場合じゃない。
元より、エリークの任務はシオン・ミルファクを連れ戻すことだった。しかしそれは、ロートによって阻止されてしまった。そのことについて、今更どうこう言う気はない。
どれだけ取り繕おうと、結局のところ、エリークはロートの"覚悟"に敗北したのだから。
「エリザさん。僕はこのまま、シオン・ミルファクを追います。早くしないと、彼がこの戦いに――」
「待ちな、ここまで関わったんだ。少しは説明するってのが筋だろう?」
「それはそうですけど……しかし、」
「なぁに、シオンなら大丈夫さ。何せ、あの男が付いてる」
「あの男……?」
それはいったい、誰なのか。信頼に足る人物なのか。
エリークが胸中に抱いた心配は、しかしてエリザベートが発したその名を聴いたことにより、霧散する。
「――なら、一度王都に行きましょう。道すがら、説明するので」
「はいはい、っと」
そしてエリークがロートを担ぎ、エリークとエリザベートは、夜のアルサティアを後にした。
……夜明けは近い。
静戦は確かに、静謐の中、進んでいっていた。
***
「良かったッ……上手くいった……」
エリークを上手く撒くことが出来た僕達は、アルサティアを出て、国境へ目指していた。時刻は午前五時を過ぎたところ。徐々に、東の空が白みつつある。
「―――、―――」
僕達はお互い無言のまま《魔導二輪》を使い、走っていた。少しずつ、見知った景色から景観が変わってくる。
シーベールには生えていない植物、動物。それらは国境に近づくにつれ頻繁に見かけるようになる。
「……もうすぐ、国境を越える。ここを超えたら、もう戻れねぇぞ」
「今更、何言ってるんですか」
短く、簡潔に、自分の意志は変わらないということを、オルフェさんに伝える。
「ああ――。じゃあオレも、覚悟を決めるよ」
小さな呟きは、いったい何を意味するのか。
そんなことを思いながら、やがて僕達は、グランティカとシーベールの国境に有る、関所の前まで辿り着く。手早く手続きを済ませ、
――そして僕達は、グランティカ帝国へ、足を踏み入れた。
***
シオン達がグランティカへ足を踏み入れて、しばらくしたころ――。
ラヴァ・シャサスを始めとする六人の《黄道十二宮》は【黄道の円卓】内にある転送魔方陣前で待機していた。
「……さて、準備終わりましたよ、団長」
「ご苦労様です、アニエス。毎回ありがとうございます」
「いえいえ、わたしなんかが役に立つのは、このときくらいですから」
そう言って、朗らかに微笑むのは王国魔導師団技術部隊隊長――《黄道十二宮・【処女宮】》アニエス・ミュラトール。肩口まで伸ばされた手入れの行き届いた黒髪が、艶々と輝いている。
技術部隊はその名の通り、魔術によって構築された技術、あるいはその理論を用いた道具を開発、使用するのが主な仕事だ。この【転送魔法陣】も、技術部隊が創った魔術であり、これを使って彼らは移動をしている。
「貴女の創る魔方陣はシーベール一ですからね。貴女が居なかったら、我々はこうして動くことが出来ない」
「ふふ、そう言っていただけると嬉しいです」
「だんちょー、はやく行きましょうよ」
「そうだぜ、時間はねェし、バレちゃいけないんだろ? だったら、さッさと行こうや」
ラヴァとアニエスが話をしてると、そこに割ってはいる二つの声。
前者が、長い藍髪をサイドテールに結った女性――王国魔導師団第二迎撃部隊【双児宮】クロエ・ラ・フォルジュ。
後者が、短く整えられた金髪の大男――王国魔導師団第一近衛部隊【金牛宮】アルフォンス・ドゥーデンヘッファー。
「そうですね。エリークがまさかこの時間になっても帰還しないのが、気掛かりではありますが……仕方有りません。彼がシオン・ミルファクを連れ帰ってきたら、私達が帰ってくるまで監視をお願いします」
「仮に、連れ帰ってこなかったら?」
それすなわち、少年が試練を超えた証明。
「我々と、共にするまでですよ」
同胞から発せられた問いに、ラヴァは簡潔に答え、ともすれば、シオンが同行するかもしれない状況になるということを是とした。
「さて、それでは――」
「はい、いつでも。とりあえず、関所手前に出口を設定しています。もう関所にいる方々には連絡を通してあるので、手続きの必要はないかと」
「ええ、助かります」
今回、作戦に参加するメンバーは、現存する《黄道十二宮》全十一人の中から選抜した六人。
【天秤宮】――セレナ・エレヴァスティ。
【双児宮】――クロエ・ラ・フォルジュ。
【白羊宮】――フィリア・クロヴァーラ。
【金牛宮】――アルフォンス・ドゥーデンヘッファー。
【天蝎宮】――ユリウス・クロイツェル。
【獅子宮】――ラヴァ・シャサス。
なぜ全員参加ではないのかというと、全員だとシーベール自体の護りが薄くなるからだ。《王国魔導師団》とはシーベールの最強の矛であり盾。そんな彼らがこぞって出払ってしまえば、万が一の時に対応できなくなってしまう。それにもとより、今回は少数精鋭が好ましいとされる状況。ならば、団長であるラヴァが選んだ面子で臨むのが一番最善だろう。
「うう……緊張する」
「シャキっとしな、フィリア。アンタが居ないと、後ろがダメになるだろう?」
「でもセレナぁ………」
「だーいじょうぶだって、フィリア。作戦中は、あたしが側にいるから、ねっ?」
「クロエさぁん……うぅ、おねがいします」
女性陣三人が端で集まり、軽い会話を交わす。その少し離れたところに、男性陣……アルフォンスとユリウスが二人で会話していた。
「ハッ、あんなんで良く【星宝】に選ばれたなァ。そうは思わねェか、ユリウス」
「まぁそう言うなよ、アル。君も言ったろう。
僕達が【星宝】を選ぶんじゃない、【星宝】が使い手を選ぶんだ。そこにはきっと、然るべき理由があるはず。僕らには想像も付かないような、ね。たとえフィリアが最年少と言えど、彼女は確かに実力がある。それは君も認めるところだろう?」
「ま、そうだけどな。オレが言いてェのは、あのおどおどした態度でよく隊長が務まるよなってことだよ」
「十九歳の女の子に一部隊を背負えって言うのが酷な話だよ。……けど、それが」
「【星宝】に選定された者の使命であり、運命ですよ」
コツ、と。ラヴァの履いているブーツが、地を蹴る音が室内に響く。
黒のコート――王国魔導師団の正装であるそれに身を包んだ六人が並ぶ。そこには既に、先ほどまで交わされていた会話は無く、在るのは沈黙のみ。
魔法陣へ、足を踏み入れる。淡い紫の光が、彼ら六人を包む。
「―――――――――作戦、開始」
そして獅子の魔術師は、厳かに、開戦を告げた。




