第10話『そして少年は、友のために』
ロート・ウィリディスという少年がどうしてこの場所に居るのか――それを説明するために、
少しだけ、時間は遡る。
***
シオンとの模擬魔術戦が終わり、その後に続く急な展開に置いて行かれ、魔導館に残されたロートは、己が親友を見送り、魔導館の天井を眺めていた。
胸中に在るのは達成感と、悔しさ。親友が自分の隣に立ってくれた嬉しさと、好敵手に負けたという悔しさが同時にロートの心に居座り、何をするわけでもないまま、ロートはただ虚空を見つめていた。
「――――――」
長い、半年だった。
決別したあの冬の日から今日まで、本当に長かった。
ロートは自ら、シオンにとっての悪となることを選択した。
……そのことに後悔はない。現に、シオンはこうしてここまでやって来てくれた。
だが――それでも、彼の居ない半年間は、常に何か足りない気がして、たまらなかった。
ピースの欠けたパズルのように、いつも空白がひとつ、ロートの心に存在していた。
ロート・ウィリディスにとって、シオン・ミルファクという存在は、かけがえのない友人――親友だった。
自分の初めての友人であり、
自分が師と仰ぐ人の息子であり、
そして自分の――――最大の、ライバル。
端から見たら、ロートとシオンでは魔術の才と力量に、圧倒的な差を感じるだろう。だがロートは、初めてシオンと会った時から、この魔術師はここで止まっているような器ではないと、信じ切っていた。
理由もなければ、根拠などない。
ただ自分が『そう思う』から。理由はこれだけであり、それ以外、ない。
そして実際に、彼は覚醒した。ここから、シオンは真の成長を遂げていくだろう。
ゆえに、いいやだからこそ。
(――ここで負けてなんか、いられねぇよ)
次は負けないと誓った。勝利を渇望した。
この悔しさは次の勝利への礎。今日の敗北を胸に刻もう。
そして次こそは――シオンに、勝ってみせる。
「さて、と」
気持ちを整理したところで、ロートはようやく立ち上がる。辺りを見渡せば、そこには友人――ロートの、二人目の友人であり、そして同じく親友でもあるリオ・ウルフェンがこっちを見ていた。その隣には、シオンの妹であるアンジェ・ミルファクが――ここに駆けつけてきたときより幾ばくか落ち着いた様子で、壁によりかかりながら立っていた。
「……おまえ、あいっっっかわらず不器用だよな」
不意に、リオがこっちに向かって歩きながら口を開いた。
そんなリオの様子に、思わずロートは笑みを浮かべる。
「おまえに言われたくねェんだけど」
「うっせアホ。シオンに言わなかっただけ、ありがたいと思え。ぶっちゃけ俺も、いつまで隠し通せるかわかんなかったし」
「――――ああ。そのことについては、本当に感謝してるよ。ありがとな、リオ」
……そう。
いま、こうやって気安く話す彼らの間には、半年間離別していたという溝など一切無かった。
ロートがシオンの悪になる、ということを、実はリオは知っていた。というより、リオに問い詰められた際、ロートは彼にだけはこっそり伝えたのだ。
ロートの考え、想い――それら一切を、リオには告げた。
『俺は、シオンの悪になるよ。あいつの背中を、押すために』
『だけど、おまえは、それで……』
『あいつの隣には、おまえがいるだろ、リオ。むしろ、良い機会だ。ここでバシっと、背中を叩いてやらねぇとな。――大丈夫。もう少しだけ、時間はかかるかもしれないけど、あいつはきっと、走り始めるよ』
『……半年だ』
『あ?』
『半年。それまでは、俺も待つ。でも、それでもシオンが動かなかったら――俺達で、あいつの背中をぶっ叩くぞ』
『――――、ああ』
硬く交わした握手の感覚を、今でも覚えている。
――これが、ロートとリオの、半年前に交わした、最後のやりとり。
半年。その間、この三人が一堂に会すことはなかった。
交わした誓いは固く。一人は遠く、一人は隣で、大事な親友を見守った。
そして彼の少年は前に進んだ。だからこそ、こうして今、ロートとリオは言葉を交わしている。
「ったく、おまえら全力出しすぎ。オルフェを止めるの一瞬無理かと思ったよ」
「それ。絶対途中で仲裁入るかと思ったんだが……リオ、おまえが先生を説得してくれたんだな」
「……まぁ? 一応おまえの狙いとか知ってる身としては、な?」
オルフェがシオンとロートの戦いを仲裁しようとした際、それを止めたのはリオだ。その時、リオは「シオンのため」とオルフェに伝えたが、実際には「シオンとロートのため」だったのだ。
リオ・ウルフェンはロートの想いを知っていた。そして友達想いの彼は、親友同士の決闘を邪魔するわけにはいかないと、そう考え、オルフェを説得――というには、少々拙いモノだったが――した。
「もう少し良い方法あったんじゃねぇの? こんな全力ぶつけあって理解しあうなんて、物語じゃあるまいし」
「いいじゃねぇか。……これが、俺達の青春だよ。魔術ばっかやる四年間じゃ、つまんねぇだろ? せっかくの人生だ、もっと暴れようぜ」
「……ま、たしかに。おまえと居たら、退屈しねぇわ」
「これからまた、退屈しない日々を俺が提供してやるよ」
シオンと、ロートと、リオ。この三人は親友同士だった。
最初は幼馴染み同士であるシオンとリオの二人。そこに、ロートが入ってきて、彼らは道を違える……否、二人でシオンの背中を押すと決めた、その瞬間まで、常に一緒に居た。
そして今――道は、再び一つに戻った。
「そんで、こっからどうする? 俺はアンジェを送っていくけど」
「ああ――俺も、家に帰るよ。ちょっと、用事もできたしな」
道は戻った。だから、もう迷うことはない。
リオに背を向け、ロートは魔導館から去ろうとする。そのロートの後ろ姿に、リオは声をかける。
「ロート」
「ん?」
「――おまえが強いのは知ってる。けど、頼むから、無茶だけはしないでくれよ」
「――――――、」
突然そんなことを言い出すもう一人の親友に、面食らう。
「……もしかして、お見通し?」
「ばーか。おまえの考えてることくらいわかんだよ。なんせ、考えることがシオンと一緒だからな」
「……ふ、はは、はははっ。そっかそっか、シオンと一緒か」
思わず、笑い声が出てしまう。
どうやら、俺とシオンの親友であるリオは、全部お見通しらしい。それを承知の上で、この親友は見送ってくれるそうだ。
(――グレンさん、俺、あなたの息子とその幼馴染みの親友になれて、すっげぇ幸せです)
胸中で、己が師匠に言葉を告げる。
「じゃあ、また」
「ああ、またな」
別れの挨拶を交わし、リオに背を向ける。
「――――――」
決意は固まった。あいつが何処に行ったかは皆目見当も付かないが……。
(遠慮なんかしねぇ。自分から首突っ込んでやろうじゃないの)
魔導館を後にし、校門を出る。そしてそのまま、自宅へ向かって走り出す。外は雨が降っていたが、濡れることを厭わず、全速力で駆け抜ける。
「ただいま!」
「おかえり、ロート。飯にするかい、それとも――」
「エリザさん! ちょっと訊きたいことあんだけど!!」
自宅に帰宅するや否や、自分を出迎えたエリザベート・ヴァンピーアに対し、問いを投げる。
それは過去……自分が、王国魔導師団の面々に鍛え上げられいた時代に耳にした名前の人物がいるかどうか、確認するための問い。
「――シア、って名前に、聞き覚えはあるか?」
***
――だからこれは、本当に偶然と言える。
ロートが偶然にも、過去――幼年期に耳にした名前を、覚えていたからこそ起きた、偶然の出来事。しかし、これを偶然と捉えるか、あるいは必然――運命――と捉えるかは、人それぞれだろう。
だが、事実として、ロート・ウィリディスは『シア』という少女の名前を覚えており、そして彼の育ての親は、その問いに答えてしまった。
「そういう前口上みてェなのは要らない。来いよ山羊野郎――」
それがキッカケ。それが始まり。
ゆえに、聡明なシオン・ミルファクの親友――ロート・ウィリディスは、その情報の欠片から総てを推理し、この非日常に参戦れる。
氷の魔術師は、夜の街にて、星に連なる魔術師を相手する。それは客観的に見れば、蟻が動物に立ち向かうがごとくの状況。
されど、怖れはない。元より、勝てないことなど知っている。
だが、抗うことは出来よう。これから自分がやることとは、つまりそういうこと。
「――今夜は、俺と一緒に走り続けてもらうぜ?」
さあ――シオンの、助けになろうじゃないか。
***
「――――――ッ!!!!!」
奔る、走る、趨る。
二つの影が、夜の街を駆け巡る。
ロートは決してエリークに追いつかれないよう、距離を保ち、身を潜め、そして確実にエリークを牽制していた。
エリーク・ファン・レインスホーテンの速度は尋常ではない。姿を晒し視認されるなどして、一度でも距離を詰められれば、それこそ一巻の終わりだ。
「【氷槍】ッ!」
故に、こうしてエリークをいなしつつも、最初の一合以外ロートはエリークに姿を視認されていない。その技量は、端的に言って学生の域を超えている。しかしそれは、幼い頃から王国魔導師団の面々に、そしてロートの育ての親であるエリザベート・ヴァンピーアに手ほどきされてきたから、という明確な理由がある。もっとも、それを加味してでも、この状況は些か……否、充分異質ではあるのだが。
「くそっ、いったい誰なんだキミは――!?」
そしてエリークも、このような現状に少しずつ苛立ち、そしていま現在自分が相手している人物が誰なのか、本当に見当が付かなくなりつつあった。
相手の正体の見当が付かないことと、《黄道十二宮》である自分がその正体不明の相手に手間取っている苛立ち、そして着実とシオン達と距離が離されていることへの焦りから来る、自分へ課せられた任務の失敗の恐れ。それら総てが、本来エリークが持つ冷静沈着さを失わせていた。
「――フッ!!!!」
「がっ」
そして再度放たれる氷の矢。
ここまでで、実に都合五度、ロートは矢を放っているが、それら総てエリークへと必中している。
矢自体は、ロートの【固有魔術】――正式名称は【創氷術】――によって造られたモノだ。しかして、ロートに弓術の経験などない。当たり前だが、彼は魔術師なのだ。そんな彼が、弓術の経験などあるはずがない。だが、彼の放った矢は悉く狙った先――エリークへと命中する。
それは何故か。
――――経験による技術ではないのなら、答えは一つしかない。
「魔力操作かッ」
事ここに至り、エリークはロートの全矢必中の絡繰りに気付く。
魔力操作による矢の軌道修正――もとい、誘導。
ロートが放つ矢は、彼の【固有魔術】によって造られたモノだ。つまりそれは、細かく見れば魔力の塊――魔術の一種に過ぎない。そしてロートという魔術師は魔力操作に長けた魔術師だ。魔力によって造られた矢である以上、魔力操作によってその軌道を操作するのも容易い。
極端に言うと、今のロートは『適当に射っても必ず中れる』という状態だ。
「ハッ、今更かよっ! 王国魔導師団っても、案外大したことねェなァッ!」
「ッ――!!」
叫び、ロートは再び矢を射る。間髪入れず、ロートの固有詠唱である【超速攻詠唱】で、刹那の間に魔術――【氷槍】を創り、放った矢と共に投擲。そしてすぐさま、建物の陰に身を隠す。
迫る氷の矢と、槍。その二つがほぼ同時に創られたことに対し、エリークは驚愕を覚える。
――なんだ? 魔術を発動待機させていたのか?
全矢必中の絡繰りは見抜けた。だが、矢とほぼ同時に迫ってくる槍――【氷槍】が、一瞬で顕現していることへの謎が、解消されていない。如何に初級魔術といえど、魔術の発動には数秒を要する。しかし、先の発動にはおそらく一秒もかかっていない。
いや、そもそも、氷の矢が魔術で出来ているというのは解っていても、それが何の魔術であるか、エリークは解っていなかった。彼の記憶領域に、そのような魔術は記憶されていない。
それも当然だろう。氷の矢を形成している魔術は、ロートの【固有魔術】である【創氷術】だ。
【固有魔術】というのは、創った当人にしか扱えない、唯一無二の魔術。その魔術は当人の記憶領域にしか保存されず、仮に【固有魔術】が第三者に扱われようもなら、その魔術は一瞬にして、【固有魔術】というランクから【普遍魔術】――殆どの魔術師が使うことのできる魔術――へと降格する。
唯一無二の、己だけの魔術。だからこそ、多くの魔術師は【固有魔術】の創造を目指すが、それを成し遂げる者は少ない。
正体が解らないエリークがおかしいのではない。ロートが、おかしいのだ。
「【氷槍・双】ッ!!」
顕現する新たな魔術。そして、同時に矢も放たれる。
顕れた二本の槍と一本の氷矢は、そのままエリーク目がけて疾走する。
「いつまでも――――やられたままでいると、思うなよッ!!!」
だが、エリークとてこのままの状態でいるわけがない。
彼の『階級』は【帝級魔術師】。如何にロートが異常と言えど、エリークも通常以上に強大な力を持つ魔術師なのだ。たとえ己の識らぬ魔術を使われようとも、対処してこそ帝級の位階を名乗れるというもの。
放たれた矢を炎の魔力放出で威力を殺し、無効化する。それと同時、彼我の――矢が来た方向からおおよその距離を測る。そして周囲の建物がどれくらいあるかも確認する。
それが終わるや否や、エリークはロートに背を向け、走り出す。
「なっ――マジかよ、くそッ」
先ほどまではエリークがロートを追うという構図だったが、エリークが彼から逆に距離を取ることで、立場の逆転が起きた。そうなると、ロートはエリークを追いかけざるを得なくなる。
ロートの目的はエリークの足止め。その目的がある以上、何としてでも彼はエリークを止めなければならない。故、ここでロートがエリークを追いかけるのは必然といえる。
――それこそが、エリークの狙い。
エリークは、この短い戦いの間で、自分を攻撃する人物の狙いが――目的が――自分の足止めであるということを、何となくだが感付いていた。
だから、それを利用する。
「――――――、」
そのまま走り続け、エリークは先ほどの大広場へと出る。そこは住宅街から遠く離れ、普段は賑わいを見せているだろう場所も、この真夜中だと静寂に包まれている。
「はッ、はぁッ――!」
息を切らし、エリークを追ってこの場に現われた――しかし、姿は見せず、物陰に隠れたまま――ロートに対し、エリークは冷酷な声で言葉を告げる。
「――王国魔導師団を愚弄したな、貴様」
それは、己が矜恃を汚されたことに対する、静かな怒り。
ロートが発した先の一言。それで、エリークに残っていた理性が失われた。しかして、それで本当に理性を失うことはない。怒りで我を失うのは愚者のやることだ。だから、怒りを裡に内包しつつも、エリークは冷静に事を進める。
「君がどこの誰かは知らない。そんなことは、この際放っておく。大事なのは――君が、この場にいるということ、ただそれだけだ」
「ッ、おいおい……それが、どうしたって?」
突如、エリークの雰囲気が変わったことに気付いたのか、少しだけ――認めたくないが――怯みながら、それでも不敵にエリークを挑発する。
「いいや――別に、ただ確認したかっただけさ」
もちろん、ロートの挑発には乗らず、エリークは静かに嗤ってみせる。
「ッ――――――、」
その笑みに、ロートの背筋に得体の知れない恐怖が走った。同時に、直感する。
――この男は、今までと、違う。
そして、その直感は不幸にも、的中する。
「本気で行く。後悔するなら、ここに来た自分を恨め」
ここで言う、失った理性とは即ち、手加減という名の理性。
エリーク・ファン・レインスホーテンは、ここに全力を出して眼前の、正体不明の少年を斃す。
「《蹄の音を鳴らせ、草原に何処までも響かせろ》」
蒼然とした広場に、詠唱が響く。
民を傷つけてはならない、民に知られてはならない――エリークの行動は、『静戦』における鉄則を無視した行動だ。
「《さあ、武器を執れ・この時、私は道化に非ず・この時、私は戦士なり》」
――しかし、しかしだ。
この場に現われた以上、この人物は『静戦』について少なからず識っているはず。いや、そうでなければおかしい。
何故ならば――ここに居るということはすなわち、『斃される覚悟』を持った人間ということなのだから。
「《その雄々しい角は、総てを貫かん》」
故に、これは咎められることではない。自分はただ、任務を妨害する邪魔者を排斥しようとしているだけなのだから。
「我らを愚弄した罰――それを、その身で受けろ」
エリークの右手に付けた指輪が発光する。眩い光が、夜の街の一角を照らす。
「――【星門解錠】――」
そして、ソレが顕現する。
「顕れよ――――【牧羊神の双角】ッ!」
煌々と輝く光と共に、荘厳な扉が開く様子を、ロートは幻視した。
【魔羯宮】の【星宝】が持つ固有礼装、その内の一つ――【牧羊神の双角】が顕現する。
それはまさに、山羊の角。雄々しい形をしたその双角は、しかして、ただの角に非ず。
これは間違いなく【星宝】が有する礼装であり、それ一つだけで【帝級魔術師】に匹敵する力を持ち、そして間違っても、ロートのような若輩の魔術師が太刀打ちできるようなモノではない。
「っ、あ……」
事実、ロートは【牧羊神の双角】を前にして、言葉を失っていた。
――コレは、自分が敵う相手ではない。
その、当たり前のようなことに、今更になって気付く。
内包する魔力量が違う、覇気が違う。
何もかもが、自分と違っている。
先ほどまで自分と戦っていた魔術師は、本気で無かったということか。
(何が……何が、シオンを助けるだッ……)
自惚れていた。驕っていた。
たかが数度、たった数時間、目の前の存在――自分と桁外れな存在を、相手にとることが出来たから、どうにかなると思い上がっていた。いいや、振り返るとそれは、自分が【固有魔術】を持っているからという自負があったから、王国魔導師団の魔術師相手でも戦えると思っていたのかもしれない。
オルフェ・ウルフェンをして、『帝級の資格がある』と言わせたから、それに舞い上がり、慢心していた。そしてそれは、真実思い上がり――慢心に過ぎず、故にいま、ロート・ウィリディスは眼前の相手に――【魔羯宮】に恐怖している。
「思い上がらないでくれよ、少年。僕は王国魔導師団の人間であり、第一遊撃部隊の隊長だ。――何処の輩も解らぬ魔術師に、負けるつもりなど毛頭ない」
刹那、【牧羊神の双角】が振るわれる。それ自体が魔術礼装である【牧羊神の双角】は、魔力の波――謂わば、衝撃波を放つことができる。それを利用して、風属性の魔力を込めた衝撃波を放つ。
「ぐ、っ――」
いきなり巻き起こった風にロートは対処することが出来ず、着ていた外套が風により脱がされてしまう。そして、ロートの姿が顕わになる。
「しまッ――」
「余所見してる暇があるなんて、随分と余裕だね」
ロートの着ていた外套が飛んだことで、ロートの隠れていた位置が割り出されてしまう。ロートの位置を一瞬で把握したエリークは、瞬時にロートに近づき、彼の胸元を掴むと、その体格にそぐわない膂力でロートを広場の方へと力強く投げる。
「かはっ……!」
背中を強く叩きつけられたロートは呼吸が上手くできず、その場に倒れ込んでしまう。
それは致命的な隙。エリークほどの魔術師を前にして隙を晒すなど、滑稽にもほどがある。そのことを、ロートも理解しているのだろう。何とかして動こうとする。が、上手く身体を動かすことが出来ない。
そして当然、その間隙を、エリークが見逃すわけなく。
「身の程を識れ。キミが相手にしているのは、黄道十二宮のひとつだ」
エリーク・ファン・レインスホーテンは、慈悲など与えず、魔術を創る。
いまのエリークは礼装――【牧羊神の双角】を介して魔術を創っているため、構築時間が通常のそれより極端に短い。それも相俟って、ロートが回避する隙は一切無かった。
「【鎌風ノ鼬】ッ!!」
「がッ、アアアアアアアアアアアアア―――――ッッッッ!!!!」
風に乗った無数の鋭い刃が、ロートを襲う。絶え間なく、そして容赦の無い斬撃。瞬く間に、ロートの身体に切傷を付けていく。
この時点で既にロートは満身創痍。先の【鎌風ノ鼬】はロートの隙を突いて放たれたモノであるため、思考こそ出来ても、反撃するほどの力は残っていない。そもそも、ロートはまだ対人経験の浅い学生魔術師。如何に幼少期に英才教育を受けてきたとはいえ、知識と経験の違いは天と地ほどの差がある。だから、この時点でロートとエリークの勝敗は決していた。
「――――【突風】」
「っ、はッ……!」
【牧羊神の双角】を振り、【突風】を起こす。その突風により、ロートは建物の壁に打ち付けられる。
「さあ、全部話してもらおうか。君は何処の誰で、何が目的だ。いいや、君を見て見当は付いた。おおかた、シオン・ミルファクの友人だろう。だから質問を変える。――何故、こんなことをした?」
首下に【牧羊神の双角】を突きつけられる。
一歩間違えば死に至るこの状況。
「……ハッ。知りたきゃ、吐かせてみろよ」
それでも、ロート・ウィリディスは自分を保っていた。
ロートの内心は恐怖で渦巻いている。かつて、あの冬の日――己が宿敵であるアルカディアと対面したときと同じくらいに。
仮に、総てを正直に話せば、命は助かるだろう。エリークは目の前の人物が誰であるのか――いいや、シオンの友人であることは看破されているため、その動機、理由の一切を話せば、命は助かる。ロートの冷静な部分は、そう判断している。
「殺しはしない。だが、もし話すことを否と言うのであれば……君を、王都へ連行し、然るべき場所で、然るべき罰を受けてもらうことになる。どちらにせよ、王都へ来るのは確定だが、な」
「へぇ、ソニアベルクに行けるのか。そういや、しばらく行ってねぇな」
「……どうして話さない? 仮に君が、シオン・ミルファクの友人だとするならば、僕だってこんな手荒な真似はしたくない。僕は彼を連れ戻す任務を遂行しているだけなんだ。総てが――そう、本当に総てが終わり次第、君たちに記憶処置を施した後、家へ帰すことを約束する」
「――……、んなこたぁ解ってんだよ」
「だったら何故……」
「いいか、隊長さんよ――」
エリークの言うことが正しいと解っていながら、しかし、ロート・ウィリディスは、その選択をしない。
それは、自分の意志に、背を向けることだと、解っているから。
「――――俺は自分の意志で此処に来たッ。だから、最悪自分がどうなるかなんてことくらい、覚悟の上なんだよッ!!」
ロートは、紅い眼に確固たる意志を宿しながら、吼える。
それはさながら、獅子のごとく。
ああ、そうだ。そうだとも。此処には己の意志で来た。シオンに頼まれてではない。他ならぬ俺自身がそうしたいと思ったから。
だからこそ、吼える。己が選択を、決意を、意志を、曲げるわけにはいかないから。
「ッ――」
エリークは、吼えるロートの様子に獅子を幻視した。もちろんそれは錯覚で、取るに足らないことではあるのだが、しかしエリークは動けずにいた。
「――――――、」
エリークは胸中、この少年に対する認識を改めた。
――この少年は、確かな覚悟の下、強靱な意志を持っている。
まだまだ子供の範疇であるというのに、それでもなお、この少年は吼えた。少年が行動を起こした動機も、理由も解らない。しかし、この事実は賞賛に値する。
「ああ――だったら、少しだけ大人しくしてもらおうか」
だからこそ、敬意を持って、少年を無力化する。
「ハッ、やってみろ――思う存分、抵抗してやるからよ」
そしてロートも、己が意志を曲げることはない。
それに、時間は充分稼いだ。いまごろ、シオン達はアルサティアの外に出ているハズだ。
(だからよ……そういう意味では、俺の勝ちだぜ)
内心ではそう思いながら、しかし口には出さず、代わりに勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「――――………」
一瞬の静寂が訪れる。かたや通告、かたや挑発。
互いに違った言葉を交わし、そして――――。
「そこまでだ、二人とも。闘気を鎮めな」
この戦いは、第三者が介入したことにより、終着を迎えた。
「ぁ―――……エリザ、さん?」
第三者――エリザベート・ヴァンピーアが、エリークの【牧羊神の双角】を持つ手をつかみ、彼の行動を止めていた。それにより、エリークから戦闘の意志が薄れていく。
「よくやったね、ロート。後は、アタシに任せときな」
女性であるというのに、頼もしい声でそんな風なことを言う人物は、ああ間違いなく、自分の育ての親――エリザベートであると、ロートは確信する。
「ぁ――――」
そのせいか、ロートの意識はだんだんと薄れていき――
そして、プツリと、途絶えた。




