追憶壱『少年と少女 / 出逢い』
初めてその少女に出会ったのは、僕が六歳の時だった。
「――――――」
久しぶりに家に帰ってきた父に連れられてやってきた、ひとりの少女。
長く伸ばされた、緋色の髪。まるで空のように蒼いその瞳、けれど伸びた前髪で隠されて時々しか見えない。
「……むむ」
その少女が、僕より少しだけ背が高いことに、その時の僕は何でか悔しい気持ちになっていた。
いつか聞かされた、『女の子の方が成長が速いのよ』、という母の言葉を、理解はしていても、認めたくなかった。
だから少しムキになって、その子に声をかけた。
いや――というより、同年代の、それも異性の子なんて、初めて会ったから、きっと僕は、嬉しかったんだと思う。だからこそ、彼女に声をかけずにはいられなかった。
「きみ、だれ?」
「……わたし、は……」
「ぼく、シオンっていうんだ。ねぇ、きみのなまえは?」
緋色の髪の少女は、俯いていた顔を、ゆっくりと上げ、
「……シア」
小さく、自らの名前を紡いだ。
――それが僕とシアの、出会いだった。
***
シア、と名乗ったその子は、父さんが言うところによると、しばらくの間うちに住むらしい。いったいそれが、どれくらいの間なのかはわからないけど。
シアがうちにやってきたその日の夜、ぼくと父さんは外に出て、魔術の鍛錬をしながら、会話をしていた。久しぶりの、父さんとの魔術の練習。ぼくは張り切って鍛錬に臨んだというのに……。
「仲よくしろよ? お前、リオ君意外友達いないじゃないか」
父さんが口にするのは、あの子のことばっかりだ。
夜を吹く風が、頬を撫でる。すぐ近くにある森がその風に吹かれ、ざぁざぁと音を立てる。
ぼくの故郷、フリュンは、はっきり言って『田舎』だ。まだ子供のぼくだけれど、前に両親に連れられて行った【ソニアベルク】という、とても大きな街を見てから、「ぼくの街って、もしかして小さい……?」とショックを受け、田舎という言葉を知ってからは、「フリュンは田舎!」と言い続けるようになった。
「リオ以外にもいるもーん。オルフェ兄ちゃんとか」
「そうじゃなくて、同年代の友達だよ。というか、オルフェ君は進学してアルサティアの方に行ったろ? いつの話してんだ」
「うー……」
「とにかく、仲よくするんだぞ、いいな?」
「はーい……」
会話をしながら、魔術をつくる。これの繰り返しだけど、父さんいわく「反復練習」というのが大事だそうだ。身体と頭に、魔術をつくるイメージを植え付ける……みたいなことを言っていた気がする。
「ねー父さん」
「ん、どしたよ」
「あの子、なんでうちに来たの?」
魔術をつくりながら、そう尋ねる。
「あーー……そのうち、教えてやるよ」
「えー、なんで」
「子供には言えない事情ってモンがあるんだ。でもま、しばらくはウチに居るし、さっきも言ったが仲良くしろよ?」
「もうその話は良いってば……っと」
そう言いつつ、明確なイメージが頭の中でできあがる。
浮かべたのは炎。夕焼けのように朱く、緋い、そんな赤の炎。それがなんでかっていうと――、
(……あの子の髪が、とてもきれいだったから)
だから、無意識にそのイメージを、形作っていた。
「お、いい色じゃねぇか」
「ふふーん、でしょでしょ」
「ま、なんでこんな色かっていうのは、訊かないでやるよ」
「なッ!? べっ、べつに……!!」
突然父さんがそんなことを訊くものだから、びっくりして魔力の操作を間違えてしまう。それで、せっかくつくった炎が消えてしまう。
「ありゃ」
「ちょっと父さん!」
「はは、スマンスマン。でも、いまのは良かったぞ。それを繰り返すんだな」
「う、ありがとうございます……」
褒めてくれるのは嬉しいので、ちゃんとお礼を言う。
何だかんだ言っても、父さんはぼくの師匠なのだ。
「――、?」
ふと、誰かの足音が聞こえた。
音のしたほうを見てみれば、そこには緋色の髪の少女……シアが、おどおどとした様子で、僕と父さんの方をのぞき見ていた。
「ぁ…………・」
シアは、ぼくたちに見つかったのがよっぽどびっくりしたのか、すぐに家のほうへ戻ろうとする。
「まって!」
けど、ぼくはそれを引き止めていた。
「ぇ……?」
無意識に握ったシアの手があたたかい。緋色の髪が、うつむいた顔から時々覗かせる蒼い両目が、やっぱりきれいだ。
「ね、ぼくとお話しようよ。……シア、ちゃん?」
だからぼくは、彼女と仲良くなるために、自分から一歩、踏み出したんだ。
「……なんで、疑問形なの」
「え、えーーっと……なんとなく?」
「…………」
ポカンとした表情でぼくを見るシアちゃんに、ぼくはその理由もわからずとまどってしまう。
(どどど、どうしよう……変な子って思われたかも……!!)
もし変な子って思われたら、今度から口を聞いてくれないかもしれない……なんて思ってしまい、ぼくは一人で焦る。
「……………へんなの」
(やっぱり――――!?)
思った通りのことをシアちゃんに言われ、ぼくはショックを受ける。
けど、いつまでもそうしているわけにはいかず、ぼくがおそるおそる、もう一度シアちゃんの方を見る。すると、シアちゃんは顔を上げて、ぼくの方をじっと見ていた。
そのときになって、初めて僕はシアちゃんを正面から見た。
――どくん、と心臓が鳴った。
「あ、れ……」
緋色の髪、蒼い瞳。それはさっきから知っていたのに、ぼくはいま、初めてそれを見たような気持ちになっている。
いいや――きっとぼくは、このとき初めて、本当の意味で、シアっていう少女を見たんだと思う。
なんでだろう、理由はよくわかんないけど不思議とそれが嫌じゃない。
「……ねぇ」
「え!? な、なに!?」
突然シアちゃんから話しかけられ、びっくりしてしまい、思わず大きな声を出してしまう。
「きゃっ……もぅ、いきなりおっきな声出さないで……」
「ご、ごめん……」
そこでぼくは、ふと気付く。
――シアちゃんが、口元に少し、笑みを浮かべていることに。
「お話、するんでしょ」
「――――――」
「しないんなら、わたし、もういくけど」
「あ、待って待って、やるやる!! お話、お話しよう!」
「……うん、いいよ」
そういうと、シアちゃんは、少しだけおずおずとしながら――首を縦に振ってくれた。
――シアちゃんが、この家にいる時間。彼女と過ごす時間が、いったいどれくらいなのかはわからないけど、
少なくともぼくは、できるだけ長く続けばいいなって思った。




