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Wizard of Defect  作者:
【第二部 狭間の姫君】
33/38

追憶壱『少年と少女 / 出逢い』



 初めてその少女に出会ったのは、僕が六歳の時だった。


「――――――」


 久しぶりに家に帰ってきた父に連れられてやってきた、ひとりの少女。

 長く伸ばされた、緋色の髪。まるで空のように蒼いその瞳、けれど伸びた前髪で隠されて時々しか見えない。


「……むむ」


 その少女が、僕より少しだけ背が高いことに、その時の僕は何でか悔しい気持ちになっていた。

 いつか聞かされた、『女の子の方が成長が速いのよ』、という母の言葉を、理解はしていても、認めたくなかった。

 だから少しムキになって、その子に声をかけた。

 いや――というより、同年代の、それも異性の子なんて、初めて会ったから、きっと僕は、嬉しかったんだと思う。だからこそ、彼女に声をかけずにはいられなかった。


「きみ、だれ?」

「……わたし、は……」

「ぼく、シオンっていうんだ。ねぇ、きみのなまえは?」


 緋色の髪の少女は、俯いていた顔を、ゆっくりと上げ、


「……シア」


 小さく、自らの名前を紡いだ。


 ――それが僕とシアの、出会いだった。


 ***


 シア、と名乗ったその子は、父さんが言うところによると、しばらくの間うちに住むらしい。いったいそれが、どれくらいの間なのかはわからないけど。


 シアがうちにやってきたその日の夜、ぼくと父さんは外に出て、魔術の鍛錬をしながら、会話をしていた。久しぶりの、父さんとの魔術の練習。ぼくは張り切って鍛錬に臨んだというのに……。


「仲よくしろよ? お前、リオ君意外友達いないじゃないか」 


 父さんが口にするのは、あの子のことばっかりだ。

 夜を吹く風が、頬を撫でる。すぐ近くにある森がその風に吹かれ、ざぁざぁと音を立てる。

 ぼくの故郷、フリュンは、はっきり言って『田舎』だ。まだ子供のぼくだけれど、前に両親に連れられて行った【ソニアベルク】という、とても大きな街を見てから、「ぼくの街って、もしかして小さい……?」とショックを受け、田舎という言葉を知ってからは、「フリュンは田舎!」と言い続けるようになった。


「リオ以外にもいるもーん。オルフェ兄ちゃんとか」

「そうじゃなくて、同年代の友達だよ。というか、オルフェ君は進学してアルサティアの方に行ったろ? いつの話してんだ」

「うー……」

「とにかく、仲よくするんだぞ、いいな?」

「はーい……」


 会話をしながら、魔術をつくる。これの繰り返しだけど、父さんいわく「反復練習」というのが大事だそうだ。身体と頭に、魔術をつくるイメージを植え付ける……みたいなことを言っていた気がする。


「ねー父さん」

「ん、どしたよ」

「あの子、なんでうちに来たの?」


 魔術をつくりながら、そう尋ねる。


「あーー……そのうち、教えてやるよ」

「えー、なんで」

「子供には言えない事情ってモンがあるんだ。でもま、しばらくはウチに居るし、さっきも言ったが仲良くしろよ?」

「もうその話は良いってば……っと」


 そう言いつつ、明確なイメージが頭の中でできあがる。

 浮かべたのは炎。夕焼けのように朱く、緋い、そんな赤の炎。それがなんでかっていうと――、


(……あの子の髪が、とてもきれいだったから)


 だから、無意識にそのイメージを、形作っていた。


「お、いい色じゃねぇか」

「ふふーん、でしょでしょ」

「ま、なんでこんな色かっていうのは、訊かないでやるよ」

「なッ!? べっ、べつに……!!」


 突然父さんがそんなことを訊くものだから、びっくりして魔力の操作を間違えてしまう。それで、せっかくつくった炎が消えてしまう。


「ありゃ」

「ちょっと父さん!」

「はは、スマンスマン。でも、いまのは良かったぞ。それを繰り返すんだな」

「う、ありがとうございます……」


 褒めてくれるのは嬉しいので、ちゃんとお礼を言う。

 何だかんだ言っても、父さんはぼくの師匠なのだ。

 

「――、?」


 ふと、誰かの足音が聞こえた。

 音のしたほうを見てみれば、そこには緋色の髪の少女……シアが、おどおどとした様子で、僕と父さんの方をのぞき見ていた。


「ぁ…………・」


 シアは、ぼくたちに見つかったのがよっぽどびっくりしたのか、すぐに家のほうへ戻ろうとする。


「まって!」


 けど、ぼくはそれを引き止めていた。


「ぇ……?」


 無意識に握ったシアの手があたたかい。緋色の髪が、うつむいた顔から時々覗かせる蒼い両目が、やっぱりきれいだ。


「ね、ぼくとお話しようよ。……シア、ちゃん?」


 だからぼくは、彼女と仲良くなるために、自分から一歩、踏み出したんだ。


「……なんで、疑問形なの」

「え、えーーっと……なんとなく?」

「…………」


 ポカンとした表情でぼくを見るシアちゃんに、ぼくはその理由もわからずとまどってしまう。


(どどど、どうしよう……変な子って思われたかも……!!)


 もし変な子って思われたら、今度から口を聞いてくれないかもしれない……なんて思ってしまい、ぼくは一人で焦る。


「……………へんなの」


(やっぱり――――!?)


 思った通りのことをシアちゃんに言われ、ぼくはショックを受ける。


 けど、いつまでもそうしているわけにはいかず、ぼくがおそるおそる、もう一度シアちゃんの方を見る。すると、シアちゃんは顔を上げて、ぼくの方をじっと見ていた。

 そのときになって、初めて僕はシアちゃんを正面から見た。


 ――どくん、と心臓が鳴った。


「あ、れ……」 


 緋色の髪、蒼い瞳。それはさっきから知っていたのに、ぼくはいま、初めてそれを見たような気持ちになっている。

 いいや――きっとぼくは、このとき初めて、本当の意味で、シアっていう少女を見たんだと思う。

 なんでだろう、理由はよくわかんないけど不思議とそれが嫌じゃない。


「……ねぇ」

「え!? な、なに!?」


 突然シアちゃんから話しかけられ、びっくりしてしまい、思わず大きな声を出してしまう。


「きゃっ……もぅ、いきなりおっきな声出さないで……」

「ご、ごめん……」


 そこでぼくは、ふと気付く。

 ――シアちゃんが、口元に少し、笑みを浮かべていることに。


「お話、するんでしょ」

「――――――」

「しないんなら、わたし、もういくけど」

「あ、待って待って、やるやる!! お話、お話しよう!」

「……うん、いいよ」


 そういうと、シアちゃんは、少しだけおずおずとしながら――首を縦に振ってくれた。



 ――シアちゃんが、この家にいる時間。彼女と過ごす時間が、いったいどれくらいなのかはわからないけど、


 少なくともぼくは、できるだけ長く続けばいいなって思った。


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