第05話『新たな出会いと、再会』
目が覚めて一番最初に目に入ってきたのは、知らない女の人の顔だった。
(え、えーっと……?)
知らない部屋にベッドで寝かされていることはわかる。僕の中にある最後の記憶は、僕が倒れたことだから、たぶんどこかに運ばれて看病されたんだろうなと漠然と理解する。
僕が起きていることに気づいていないのか、その女性は身を乗り出して僕をまじまじと見つめ――というか、観察している。
声をかけていいのか迷い、とりあえず僕も目の前にいる女性を見てみる。
僕より二、三歳年上だろうか。肩口まで伸ばされた桃色の髪で、おっとりとした印象を受ける赤色の眼。見ていると何だかこっちが和んでくるような、そんな雰囲気をまとっている。
そして、その存在を主張するようにその身体に付いている、豊満な双つの胸。
(正直この体勢はキツい……!!)
僕だって男なので、こんな風に異性に近付かれると――特に、目の前の娘のような体つきだと――否応なく『異性』というものを意識させられてしまう。
「あ、あの……」
いつまでもこうしていても仕方ないので、おずおずと声をかける。
「きゃあっ!」
「うわわっ!!」
突然大きな声を出す女性につられ、僕もつい大きな声を出してしまう。そのせいで、目の前にいた女性は警戒心をあらわにして僕から離れる。
「えっと、その……」
「ぴっ!? ごっ、ごめんなひゃ……うぅ~~」
(噛んだ……)
割とドジな人なのかもしれない、と思いながら僕はもう一度その人に声をかける。
「あの、ここはどこですか? それといま状況はどうなって――」
「初対面の人間と話すときはまず名乗れって、親から習わなかったのか、少年」
「え……?」
すると不意に、僕に投げかけられる声があった。
この部屋の入口の方。そこに、扉に寄りかかるようにして立っている、紫髪の女性がいた。
「……そうですね、失礼しました。僕はシオン・ミルファク。シーベール国立魔術学院の二年次生です」
「ああ。まぁ知ってるけどな」
「って、えぇ……」
「はは、まぁそう言うな。ちょっとしたからかいだ。ほら、いつまでそんなところにいる」
「うぅ……」
紫髪の女性に促され、桃髪の女性がもう一人の方へ近づいていく。
そこで僕はようやく、彼女たちが着ている服に見覚えがあることに気付く。
九芒星のエンブレムがあしらわれた、黒いコート。
それは記憶にも新しい、ある軍団の正装。
「紹介が遅れた。私の名はセレナ。王国魔導士団第一諜報部隊部隊所属、《黄道十二聖宮・【天秤宮】》セレナ・エルヴァスティ。そしてこっちが――」
「……同じく、王国魔導士団衛生部隊所属、《黄道十二聖宮・【白羊宮】》フィリア・クロヴァーラ、です……」
それは、この国を守護する集団の頂点に与えられる称号。
「よろしくな、シオン・ミルファク」
***
「―――――――、え?」
思考が停止する。
王国魔導士団、黄道十二聖宮という単語を頭の中で何度も反芻する。
かつて王国魔導士団長だった父を持つ僕にとって、この二つは馴染みのある単語だ。
この国――魔術大国シーベールの、最強の矛にして最強の盾である集団、《王国魔導士団》。その集団の頂点に《黄道十二聖宮》と呼ばれる十二人が存在する。
その十二人それぞれをトップとする、計十二個の部隊で構成されるのが《王国魔導士団》だ。
特務、近衛、遊撃、迎撃、諜報――この四つは各二部隊ずつ――索敵、技術、衛生に分かれていると、昔、父さんから聞いたことがある。
そして代々、【獅子宮】に即位する人物が団長を務めている。僕の父、グレン・ミルファクも当時は【獅子宮】の座に着いていた。
(――ということは、ここはもしかして)
彼らの拠点は言うまでもなく王都『ソニアベルク』だ。
つまり、いま僕がいる場所とは、
「さっきの質問に答えてなかったな、ここはソニアベルクにある、王国魔導士団の本拠地にある医療室だ」
「ですよねー……」
予想的中だった。
というか、予想するまでもなかった。
「えっと、セレナさん」
「セレナでいいぞ、どうせたいして年も変わるまい」
「……セレナ、今年で二十八歳。九歳差はちょっとじゃないと思う」
突然、口を挟んでくるフィリアさん。
僕の年齢は名乗ってないけど、さっき学院の二年次生って言ったから――二年次生の平均年齢は十七歳だ――それでだいたい予想したのだろう。
「うるさいぞフィリア」
「……わたしは十九。ぜんぜん、ちょっとじゃない」
フィリアさんは、たわわに実ったソレを揺らし――おそらく、無自覚のまま――勝ち誇った表情をする。そんな彼女を見てセレナさん――改め、セレナは「チッ……体だけ一丁前に成長しやがって……」と呟くと、フィリアさんの方を向き直る。セレナとフィリアさんでは頭ひとつくらい身長に差があるので、必然的にセレナが見下ろす形になる。
「フィリア、お前も随分と口を聞くようになったな。昔はあんなにぴーぴー泣いてたのに。いや、それはいまも変わらないか? 人見知りは全然治ってないしなぁ?」
「うっ……すこしはましになったもん……たぶん。それに、魔術だって」
「ほう……ならば試すか?」
「のぞむところ」
「――……あの、セレナ、フィリアさん、申し訳ないけど、いいですか」
セレナとフィリアさんの間で火花が散り始めたところで、声をかける。このまま放っておけば本当に魔術戦を始めそうな勢いだった。
というか、僕の心臓と胃が耐えきれなかった。
「ぴっ!?」
名前を呼ばれたことに驚いたのか、フィリアさんの身体が面白いくらいにビクンと跳ね上がる。そしてそのまま、セレナの後ろに隠れてしまう。
「む、スマンなシオン。フィリアが邪魔してな。それと、フィリアのことも呼び捨てで構わんぞ。さっきも言ったように、コイツもお前と年は変わらんからな」
「ちょ、ちょっとセレナぁ……!」
「別にいいじゃないか、お前の人見知りを治すいい練習になるしな」
「ううぅ~~!」
「あの、フィリアさん。そんなに呼び捨てが嫌ならさん付けしますけど……」
「こいつは名前呼ばれること自体が恥ずかしいから、どうせ呼ぶんだったら呼び捨てで呼んでやってくれ、というか呼べ。あと、敬語は要らん。そんなものは部下からのだけで充分だ」
「は、はぁ……わかりまし――じゃなくて、わかった。じゃあ……フィリア、セレナ。改めてよろしく」
「ああ、よろしく」
「よっ、よろしくおねがいしましゅっ!」
クールな顔をしながら手を差し出すセレナと、挨拶を噛みながら、顔を真っ赤にして手を差し出すフィリア。
内心、少し呆れながら――けど、シアの一件で生き急いでいた僕の心を落ち着かせてくれたことに感謝しながら――僕は、彼女たちの手を握り返した。
***
「で、話は戻るわけだが」
ベッドから起き上がり、用意されていた服に着替え(もちろんその間は二人には外に出てもらっていた)、そして現在、僕はセレナとフィリアと一緒に廊下を歩いている。
「ここまでもったいぶっておいてなんだが、お前に話をするのは私たちではなく別の人だ」
「え――? セレナ、それはどういう」
「まぁ、ついてこい」
そしてそのまま、二人にある部屋まで僕は案内される。セレナが扉をノックすると、中から「はーい、どうぞー」という女性の声が聞こえた。
(……ん? この声って……)
聞こえてきたその声に既知感を――いや、確信にも近い予感を覚えながらセレナとフィリアにならって僕も部屋の中にはいる。
「失礼します、団長、連れてきました」
「ええ、ご苦労様です、セレナ、フィリア」
部屋の中には、《王国魔導士団》の団長であるラヴァ・シャサスさんと、その隣にはオルフェ先生がソファに腰かけており、そして二人が座っている向かい側のソファに、
「よう、久々だな。シオン」
「やっほーシオン」
おそらく、今日一日これを超えることはないであろう驚愕を僕に与える、二人の人物が座っていた。
「な――父さんに、母さん!?」
――そこには、僕とアンジェの父、グレン・ミルファクと母、アイリス・ミルファクが、座っていた。




