第04話『雨に沈む』
「ラヴァ、さん……!?」
いきなり現れた人物――ラヴァ・シャサスに、僕は今日何度目か分からない驚きを感じていた。
「久しぶりですね、少年。それに――」
「……ラヴァ……」
「貴方も、久しぶりです、オルフェ。五年ぶりですか」
「……っ、ああ。久しぶりだな」
ラヴァさんの視線がオルフェ先生の方へ向き、先生は何とも言えない顔をしながら、返事をする。
「えっと、二人は……」
「旧くからの知り合いですよ。それよりシオン君、君は消耗が激しいようだ。あの剣士の狙いは君なのだから、離れた場所で身の安全を護りなさい」
「は、はい……」
ラヴァさんの言う通り、僕の消耗は激しい。『魔力回復薬』を飲んだとはいえ、その回復分さえも先の攻防で使ってしまったのだ。正直、立っているのさえやっとだ。
「なァお前さんよォ――いきなり出てきて何抜かしてやがる。テメェ、オレとそこのソイツの決闘を邪魔したってことだぞ?」
「それがどうしたというのですか。確かに、私も魔術師であるがゆえ、決闘のしきたりは守るべきだと考えます。しかしギード・イェーガー。貴方がたグランティカならばこう考えるのでは? この場はすでに戦場だと」
「――――ッ」
「その考えに則るのであればこう言わせてもらいましょう。――戦場では、何が起きるかわからない、と」
冷めた眼をしながら、淡々と言葉を告げるラヴァさん。その言葉ひとつひとつが的確で、だから相手――ギード・イェーガーは何も言えずにいた。
「くく……かはっ、はははははははははははは!!!!」
「……何が可笑しいのですか」
「いや別に? そりゃそうだ。ここはすでに戦場。だったら何が起きても仕方ねぇ。お前の言う通りだ。それに思い出したぜ。テメェ、王国魔導師団の団長さんだろ? ソイツがオレを捕まえるって息巻いて現れてよぉ、二対一ってなりゃあ、流石のオレでも無理だわ」
「――っ」
ギードの言った……『二対一』という言葉。
つまり僕は――最初から頭数に、入っていない。それは裏を返せば、僕なんかいつでも殺せるということ。
そう言って、ギードは纏っていた殺気を解く。
そして乱れた軍服を正し、僕らに背を向ける。
「ここは、戦略的撤退ってヤツだ。ったく、このオレがここまで強いられるとは、いったい何時ぶりだ?」
「――逃がすと思っているのですか」
「逃がされるんじゃなくて逃げるんだよ。こうやって、なァッッ!!」
突然、ギードが《斧剣ギデオン》を地面に向けて振り下ろす。刹那、ギデオンと地面に触れた部分に亀裂が入り、僕達がいる場所とギードがいる場所の間に、十数メートルほどの大きな溝ができた。飛び越えて行くには、少々遠すぎる。
「追いたきゃ追ってきな。その時は殺し合いの再開だがな」
去っていく黒衣の背中。
「待てッッ!!!!」
僕は、その背中に、問いかける。
「あなたは――シアの場所を、知ってるのか?」
訊きたかった。シアの居場所を。
隣にいるラヴァさんを見る。どう考えても、この人がシアを連れ去ったとは思えない。もちろん、既にシアは王都に連れて行かれて、そこで保護されているという可能性もゼロではない。
いや――むしろ、いまとなっては、そっちのほうが、救いはあった。
「シアぁ? あぁ……あのお姫さんか。さてなァ、いまごろ本国にでも連れて行かれてんじゃねぇの?」
「――――――――――――、ぁ」
愕然とする。
なぜグランティカが連れ去ったのかとか、どうして連れ去られたのかとか、そんなことは脳裏によぎるだけで、どうでもよかった。
もうシアは、僕の手の届かないところ――剣帝国グランティカの手に落ちている。
その事実が、僕を、深い底へと突き落とした。
「おいガキ。いまは見逃してやるけどよぉ、次会ったときは――殺す。お前にゃ何の恨みもねぇが、一応これも仕事なんでな。それと――」
ギードの獰猛な視線が、オルフェ先生を捉える。
「オルフェ・ウルフェン――首洗って待ってろ。オマエらが腑抜けてなきゃ、近々、もう一度戦れる時が来るからよ。てめぇ、勝手に死ぬなよ? お前はオレと戦うんだ。
――オレの飢えを、満たしてくれんだろ? オレの限界まで、喰わせてくれるんだろォ? ……その言葉、忘れねぇぜ」
「……勝手に言ってろ」
「カカッ、威勢がいいのは良いことだ」
斧剣ギデオンを納刀し、ギードは僕らに背を向ける。
「七つの死に至る罪を贖え、咎人よ。――また会おうや」
そう言って、今度こそ。
暴食の剣士は遠ざかっていった。
「ぁ――――」
「ッ、おいシオン!? しっかりしろ!!」
ギードが去ったことで緊張が解けたのか、それとも彼の言葉が自分でも思っているより堪えたのか、どちらかは解らない――おそらく、両方とも――が、一気に身体から力が抜け、そしてそのまま、その場に倒れてしまう。
「おいラヴァ、治癒!」
「ええ、わかりました」
先生とラヴァさんの声が聴こえる。けど、なんだかとても遠くで喋っているようだ。
だんだんと意識が遠のいていく。それもそうだ、もうとっくの昔に、僕の身体は限界を超えている。それを無理矢理動かしていたから、いまになって反動が返ってきただけ。
あれだけ降っていた大雨は、もう、止んでおり、いまなら追跡も容易いはず。
でも身体が動かない。そのことが、悔しい。
(シア――)
少女の名を呼ぶ。やっと再会したのに、君はまた、遠くへ行くのか。
――そんなこと、認めはしない。
だから僕が―――
(絶対に、君を――)
――救けてみせる。
そこで、意識は途切れた。




