第03話『レインⅢ ――暴食』
「グランティカ、帝国……!?」
男――ギード・イェーガーと名乗ったその人物が発した言葉に、シオンは驚きを隠せなかった。オルフェも同様に驚いてはいたが、それより先に困惑と疑問が先立った。
「馬鹿な……グランティカの人間がなぜここに居るッ!? 条約を、国家間の同盟を忘れたわけではないだろう!?」
「同盟、同盟ねェ……くはっ。かははッ!」
「何がおかしい――!」
「いいやどこも? お前らからしたら、だけどな」
ギードは嗤いながら、その手に持つ剣を振り回し、左手でオルフェを手招きする。
「言っただろ、知りたいなら無理やり吐かせてみろってな」
「チッ、こいつ……!」
どこまでもこちらを煽ってくるなギードの態度にオルフェは苛立ち、そしてこれ以上は無意味だと思ったのか、怪我をした箇所に【治癒】を施しながら、ギードと向き合う。
「あぁいいぜ――だったら、力づくで口を割らせてやる」
治癒を終了し、詠唱を開始。
「強化、『脚部』――ッ!!」
地面を抉る勢いでその場から走り出す。
同時に魔術を展開しながらオルフェは距離を詰める。
「《我が手に宿りし煉獄の炎よ・苦しみ嘆く者達を燃やし・清みの炎を与えよ》――」
一瞬もかからずに、オルフェとギードの距離がゼロに等しい状態になる。
「――【天へ昇る為の炎】ッ!!!!」
金色の輝きを放つ眩い炎が、ギードへ向かって放たれた。
炎属性高等魔術【天へ昇る為の炎】。黄金の焔とも呼ばれるそれは、純粋な炎属性の魔術ではなく副属性に光を持つ、二属性魔術。この魔術が高等魔術にカテゴライズされているのは、単純に威力が強力すぎることに加え、詠唱が三節で構成されているという、圧倒的な短さで魔術を行使できるからだ。
短時間で行使できて且つ強大すぎるこの魔術の前に、回避など無意味。これを防ぐには、【天へ昇る為の炎】を防ぎきるだけの防御魔術か、相殺するだけの威力を持つ魔術をぶつけるしかない。
「燃えろ――ッ!!」
黄金の焔が奔る。曇天の空の下ではあまりに眩しすぎるその魔術は、暗闇を光で染めていっている。
「ぐっ、うおおおオオオオオオオオォッッ――!?」
【天へ昇る為の炎】がギードに被弾する。容赦もないその一撃は、一秒の単位でギードの身体を燃やしていく。
傍から見ればこれで決着は着いたも同然。実に呆気ない幕引きだ。
だが、殺すつもりなど毛頭ない。あと数秒もすればオルフェは【天へ昇る為の炎】を消滅させるつもりだった。何せ、謎が多すぎるのだ。ここで謎を知る人物を殺すなど、非生産的だしそれこそ無意味なことだ。
だからこの時、オルフェは気付くべきだったのだ。
「――なァんてな。これで、勝った気になンなよ?」
この男が、果たして、この程度で斃せる人物だったのかということを。
一騎当千のグランティカの騎士を、斃せるのかということを。
次の瞬間、【天へ昇る為の炎】が突如霧散した。オルフェがなにかしたわけではない。何の誇張もなく、消滅したのだ。
そして、消えた炎から現れる、黒服の男。
その手には一本の武骨で巨大な剣――否、剣と呼ぶには、少々語弊があった。
正面からでは『大きな何か』としか見えなかったため、その全貌は把握できていなかったが、抜刀されたいまならわかる。あれは剣ではなく、斧。それでいて、剣のカタチをしている。
戦斧、あるいは斧剣とでも呼ぶべき剣を手に持って現れた、ひとりの剣士。
「ハッ、てめぇやればできんじゃねぇか。ほらよォ、もっとオレに戦を見せてくれ、オレの血を騒がせてくれよ」
まるで、何かに喰べられたかのように、一瞬にしてこの場から消えた炎。
「――――ッ、まさか」
『暴食の罪』と、ヤツは自分自身のことをそう言った。
いましがた防がれた【天へ昇る為の炎】。
先ほど方法は不明なまま防がれた【豪炎龍】。
つまり、それが意味することとは。
「おーおー、やぁぁっとわかったか。そうだよ、お前が考えている通りだ」
そして肯定される己の推測。
――オルフェの魔術は、あの剣に喰われた。
「《狂喰斧剣》。それが、この剣の銘だ。
オレは『暴食の罪』。破壊し喰らう者だ。だからよォ――」
斧剣ギデオンを構え直し、ギードは獰猛な笑みを浮かべ、叫ぶ。
「もっと――オレとコイツに、喰わせろやァッッッ!!!!」
ギードが叫んだ瞬間、濃密な殺意が、オルフェを襲った。
「なッ」
「オラァッ!!!!」
「がっ、ああああアアアアアッッッッ!!!!」
振るわれる斧剣。それはオルフェの横薙ぎに裂く。
裂ける肉体に、溢れ出る鮮血。致命傷ではないが、放っておけば死に至るだろう。
「ッ――【高位治癒】」
慣れない回復魔術を使い、傷を癒す。それと同時に、距離を取る。
「クソッタレ……何が魔術を喰らうだ、ンなモン魔術師殺しじゃねぇか」
思わず毒吐く。たとえオルフェが魔術を連投しても、その度に魔術を喰らわれていては何の意味もない。
(くそ、どうすりゃいい……!?)
このままではジリ貧どころではない。一方的な殺戮――虐殺だ。
背後には護るべき生徒が居るのに、自分が負けてしまってはシオンも殺られてしまう。
だが、そうやって思考している間にも、斧を持った処刑人は近付いてくる。
「オレにギデオンを抜かせたことは褒めてやる。いつもは抜かなくても『喰えた』からよぉ。だが、てめぇはオレにギデオンを抜かせた。ただの魔術師風情に剣士が剣を抜かされるなんてこたァ、しばらく無かったからな。久々に骨のあるヤツだ。」
歩み寄る殺意の塊。
刻一刻と近付いてくる死の宣告。
罪人は処刑執行の刻を待つだけ。
「――だったら」
しかし、それを前にして、オルフェ・ウルフェンは――。
「テメェが吐きたくなるくらい、大量に喰わせてやるよ――ッ!!!!」
その顔に、笑みを浮かべた。
死刑執行を待つのみ? 馬鹿を言え。
そんな道理が、まかり通るというのなら――、
執行人を殺してでも、生き延びてやろうではないか――!
「いくぞ、白髪野郎――オレの魔術を、見せてやる」
そして、その詠が紡がれる。
「――《我は四の元素を統べるもの》――」
オルフェ・ウルフェン。
かつて『神童』と呼ばれた、そして確実に魔術史に名を刻むであろう、真に『天才』と呼ぶべき魔術師。
「《火は明をもたらし・水は癒しを与え・風は大気と為り・土は大地を創る》」
まだ齢二十そこらのオルフェ・ウルフェンという魔術師に対し、そう言わずにはいられないのは、ひとえに彼が、【固有魔術】を創ったことにあるだろう。
「《其は古より世界に満ちし四元素・其はこの世遍く総ての魔と成りし創造の鍵・故に我は、其れを求める》」
しかし、それだけだったら、他の【固有魔術】を創った魔術師となんら変わりはない。あのロートでさえ――本当なら異例なのだが――創ったのだ。
「《我が渇望に終りは無く・そして我は、此処に古と現に在る普遍を手にする》」
ならば、この魔術師が持つ【固有魔術】の何が、他の魔術師と一線を画すのか。
――答えは簡単だ。
「《総てを棄て、そして我が身に新たな総てを・此の世に於いて其れを持つのは、我しかいないのだから》――!」
他の誰にもできないことを実現した。ただ、それだけ。
不可能を、可能にした。故にそれこそが、オルフェ・ウルフェンの偉業であり、彼だけが持つ、固有の神秘。
此処に、その魔術が顕れる。
「――【四大魔帝】ッ!!」
暗い曇空の下、神秘が顕れた。
風が吹き荒れる。
オルフェの身体を風が纏い、そして彼の灰色の髪が翡翠に染まり、その瞳もまた翡翠になっている。
オルフェ・ウルフェンの【固有魔術】、その名を【四大魔帝】。
術者の【人体魔力】を総て空にすることで、魔力供給を大気中に満ちる【四大元素】に固定し、その【四大元素】の中から必要な【元素】を抽出、【魔術回路】に供給、そして魔術行使というプロセスを構築する、自滅行為に近い【固有魔術】だ。しかし、これによってほぼ無限に等しい魔力供給が行われ、【人体魔力】を使うより遥かに魔術を使えるという、デメリットを越える――人間としてではなく、魔術師として――メリットがある。
なにより、既に属性が付与されている『四大元素』を直接【魔術回路】に流すことで、初級魔術から中級魔術程度なら無詠唱で行うことができる。無論、それに術者の想像力が加われば、『四系統』の全ての魔術を無詠唱で行うことができるだろう。
この発想は、それこそ『魔術』という概念が生まれたときから存在していた。しかし、ついぞ誰も成し遂げることはできなかった理論のひとつだった。
理由は簡単、その技術があまりにも高度で、そして自滅の可能性を孕んでいるからだ。
【四大魔帝】を起動させるのに必要な魔力数は術者総ての【人体魔力】だ。
【人体魔力】を総て空にする、ということは『魔力枯渇』になるということと同義。つまり、【四大魔帝】を発動させて『四大元素』を身体の【魔術回路】に流し込むまで、十秒から一分のタイムラグ――『魔力枯渇』の時間――が生じる。その間、術者は動くこともできないし、反撃をすることさえできない、格好の的というわけだ。
だが――オルフェ・ウルフェンは――現代と古代を合わせ、これを実現した。
「……なにやってんのか知らねぇが、テメェいま魔力がねぇな。だったら――ッ!」
ギードの突進。このままいけば間違いなく、オルフェはあの男に倒されるだろう。
しかし、そこに心配など、無用でしかなかった。
「なっ――」
ギードの突進が止まる。否、止まれざるを得なかった。
「障壁――いや、【結界魔術】だと……!?」
ギードの眼前には透明な――眼を凝らさないと見えないくらいの、魔力の壁が出来ていた。
「チッ、邪魔だ――!」
ギードがギデオンを振り下ろす。だが、
「んだとッ……壊せねェ!?」
「【女神の盾】――オレが持つ【結界魔術】の中でも最高級の防御結界さ」
不敵に、『天才』は笑う。
「オレは【古代魔術】の専門でな。現代に再現された【古代魔術】なら普通に使えんだよ。ま、ほかにも使えるっちゃ使えるがな」
魔力の入れ替えに生じる、タイムラグ。そのタイムラグというハンデを無くすために、彼は絶対的な防御を、事前に張る。そうすることで、彼は背負ったハンデを無にする。
それは【古代魔術】を専門的に研究していたオルフェだからできること。オルフェは、【現代魔術】を使うのと同じように、【古代魔術】を扱うことができる。
「置換完了――じゃあ、はじめるか」
神童は、神童で終わらず。
ゆえに彼は『天才』と呼ばれる。
「――面白ェ、面白ェじゃねぇか、テメェッッ!!!!」
暴食の剣士は、嗤い、笑う。
眼の前の魔術師の様子が、心底から嬉しくてたまらないとでも、言うかのように。
ああ、認めようではないか。
この男は――オレの敵だ。
「おいオマエ、名乗れや。てめぇの名前は覚えておいてやるよ」
「――……いいだろう」
オルフェは、着ていた講師用の服のネクタイを緩め、羽織っていた上着を脱ぎ捨てる。風に吹かれ、上着が何処かへ飛んでいく。
――そして今一度決意する。
たとえ身体が朽ちようとも、生徒は護りきってみせると。
「【王級魔術師】オルフェ・ウルフェン。いまの本職は魔術講師だ。さぁ――来いよ、剣士」
もう二度と、大事な存在を喪くさないために。
「――――」
ギードが斧剣ギデオンを構え直し、
オルフェが【四大魔帝】で魔術を起動し、待機させる。
両者どちらかが動けば、勝負は始まる、まさに一触即発の雰囲気。
「――【嵐龍】ッ!!!!」
「――【壊喰】ッ!!!!」
荒ぶ嵐の龍、音速の斬撃。
どちらが死んでもおかしくない両者の一撃。
そこに、
「星門開錠――【獅子咆哮】」
閃光と怒号が、炸裂した。
同時に、両者の攻撃が中断する。否、中断させられた。
先の怒号により、強制的に中断させられたのだ。
「――そこまでです。ギード・イェーガー、オルフェ・ウルフェン」
不意に、この場にいる誰のものでもない、第三者の声が、聴こえた。
「な――あなた、なんでここに」
そう呟いたのは、シオンの声。
「あァン……? おいコラ、テメェ、なにモンだ」
勝負に邪魔をされて苛立ちを含んだ声を出したのは、ギード。
「お前、は……」
声の主の姿を捉え、驚きを隠せないのはオルフェ。
そして、音もなく現れる、ひとりの男。
手から、何かが光り輝き、やがてそれから放たれる光が収束していく。それによって、男の全体像があらわになる。
闇夜を暗躍する鴉のような、黒色のロングコート。コートの胸元にはこの国を表す紋章――九芒星のエンブレムがあしらわれている。
「シーベール王国魔道師団《黄道十二聖宮・【獅子宮】》、ラヴァ・シャサス」
藍色の髪色を揺らし、銀縁の眼鏡の位置を左手の中指で直しながら、男――ラヴァ・シャサスは名乗る。
「《七罪騎士》ギード・イェーガー――。ここで、貴方を捕らえさせて頂く」




