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Wizard of Defect  作者:
【第一部 運命始動】
22/38

第18話『そして、』



 ――負けた。

 ついに、シオン・ミルファクが己を超えた。

 

 魔導館の床に寝転びながら、ロート・ウィリディスはそう思った。

 尤も、先に倒れたのは自分であって、その後すぐにシオンも倒れたが、勝負上負けたのは自分だ。

 【固有魔術】・《創氷術》。

 【超速攻詠唱(ハイ・クイックスペル)】。

 【多重魔術陣展開(マルチプル・スクエア)】。

 自分の持てる総てを出し切った。その上で、負けた。

 それは確かに、自分が望んだ――真の力を発揮したシオン・ミルファクと戦うこと――こと。

 師の息子。最初はそれだけの理由でシオンに近づいた。しかし、彼と一緒にいる時間が長くなり、一緒に過ごすことで、ロートは彼の苦悩を知った。だから、力になりたいと思った。たとえ嫌われても、拒絶されても、自分はシオンにとっての『悪』となり、シオンの力を戻すのだと、あの冬の日に誓った。


 ――初めて出来た、『友達』のために。


 そして覚醒したシオン・ミルファクは、自分の予想した以上の力をぶつけてきた。

 いったいどのようにして、あの力を手に入れたのかは解らないが、それはまた何時か知ることが出来るだろう。

  

「ははっ……チクショウ、痛ぇなぁ……」


 全身が痛い。魔力も、もう無くなったままだ。

 全力を尽くして、その上での敗北。

 その事実は、ロート・ウィリディスという魔術師に、ある感情を植え付けた。

 ロート・ウィリディスには、たぐいまれない『才能』があった。それはロート自身自覚していたことだし、それに酔いしれないよう、常に自分を戒めてきた。それによって、ロートは他人に認められた『天才』となった。しかしそれは、ロートにある感情を忘れさせたということと同義であった。

 久しく忘れていた『敗北』という経験。それを通して、ロートは思い出した。


「……悔しいなぁ……」


 ――ああ、そうだ。

 ――俺は、悔しいんだ。


「次は、負けねェ……」


 ふと、己の頬が濡れていることに気付いた。

 それが、自分の涙だということを理解するまで、ロートはしばらくかかった。


 ***


「ぁ……」


 己の勝利を告げるその判定を聞いた瞬間、糸が途切れたみたいにその場に倒れこむ。


「シオン、大丈夫か!?」

「……リオ……」


 ギャラリーゾーンから、リオが走ってこっちに向かってくる。


「って、『魔力枯渇(マインドゼロ)』の一歩手前じゃねぇか……、ほら、これ飲め」

「ああ……ありがと」


 手渡された魔力(マジック)回復薬(ポーション)を飲む。すると、口の中に苦い味わいが広がる。相変わらず苦いけど、効果は抜群だから致し方ない。その証拠に、もうすでに魔力が少しずつ回復していっているのが解る。


 けど、これで回復するのはあくまで魔力のみ。肉体的な痛みは回復しない。依然として、身体中が痛いままだ。

 静かに、自身の状態を確認する。どうやら、今のところは目立った異状は無いようだ。

 【同時魔核処理(コア・マルチタスク)】を【待機状態(サスペンドモード)】――普段の魔核を一個だけ抑えた状態――に切り替え、天井を仰ぐ。

 

「―――――勝った、のか」


 いまいち、その事実に実感が湧かない。けどそれも、時間が経つにつれだんだん変わっていき、五分ほどすれば僕は『勝利』という事実に喜びを感じていた。

 

 ――ついに、ついに僕は、己を超え、ロートを超えた。


 【劣等魔術師】シオン・ミルファクはもういない。ここに居るのは、幾つもの偶然が重なり合い、そして古代の力を手にした魔術師()だ。

 

「――――――、」


 早く。

 早く、シアに会いたい。

 約束、守ったよと、胸を張って言いたい。

 ただいま、と言いたい。

 大好きな少女の笑顔が見たい。

 

 母さんに記憶を操作され、十年前別れたっきりだったシア。

 ずっと、ずっと会いたかった。

 それはシアも同じだったらいいなと思うのは、僕の勝手な我儘、願望だろうか。

 いや――それでも、いいか。

 とりあえず今は、少し休んで、それからロートと話をして、家に帰ろう。

 僕と、シアと、アンジェの暮らす、あの――――。


「兄さん!!!!」


 バン、と。魔導館の扉が叩きつけるように開けられる。

 僕が正午にここに来た時は、雲ひとつない快晴だったというのに、今はバケツの中の水をひっくり返したかのように、ザァザァと雨が降っている。雨音はとても五月蝿く、空は曇天。こんな天気じゃ、誰も外に出歩かないだろう。

 しかし開かれた魔導館の扉――そこには、最愛の妹――アンジェ・ミルファクが、雨で全身濡れながら走ってきたのか、肩で息をしながら立っていた。


「アン、ジェ?」


 直感的に、嫌な予感がした。

 それはたぶん、今の僕が聞いたら間違いなく動揺すること。

 脳が警鐘を鳴らす。

 聞くな、いや聴け。相反する二人の僕が、僕の中で暴れる。


「どうしたの、アンジェ……?」


 努めて冷静に、アンジェに問い質す。しかし、その声はきっと震えていただろう。

 直感的に解っていたのだ。嫌な予感と共に、その正体も解っていたのだ。

 アンジェがこんなに焦って、一目散に僕の許にやってくる。そうしなければいけない理由なんて、ひとつしかない。


「シアさんがっ……、」


 脳裏に焼き付いた彼女の姿が、想起される。

 今朝交わした約束が、彼女の声が、脳裏を過る。

 ああ、今日の晩御飯は、いったい何だったんだろうな。


「――――いなくなりましたっ……!」


 ――どうか、夢であってほしい。

 その願いは、儚くも消え去った。

 


 


これにて【第一部・シオン編】完結です。

次回から【第二部・シア編】が始まる予定ですので、更新は不定期ですが、どうかこれからもよろしくおねがいします。

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