第17話『模擬魔術戦 / 決着』
――――なんだ、この戦いは。
オルフェはそう思った。
眼前には今なお戦い続けるシオン・ミルファクと、ロート・ウィリディスの姿があった。奔る氷の槍。燃え盛る紅蓮の炎。相反する属性の魔術がぶつかり合い、幻想的な光景を作り出している。
「…………っ」
思わず、息を吐く。
その息には感嘆の息でありながら、羨望も含まれ、そして何より多く占めていたのは、畏怖だった。
それも当然、二人はまだ【中級魔術師】。しかも今回に限って言えば模擬魔術戦なのだ。
だがこの戦いは、学生魔術師、それもまだ【中級魔術師】という階級から抜け出していない魔術師の戦いではない。
これは最早、【帝級魔術師】の戦い。
自分達が入り込む隙も、余地もない、そんな戦い。
それに、何より気になるのは、
(先程のシオンの詠唱――アレは間違いなく、古代言語……!)
古代魔術の研究をしている自分だからこそ解る。アレは、古代に用いられていた言語だ。しかし、古代言語であるということは解りこそすれ、内容までは把握することは出来ない。だが、おおよその推測は出来る。
シオンが古代言語で何かを呟く――いや、あれは何かを唱えていた――と、その次の瞬間発動した魔術が、自分の知る魔術よりも、威力が膨れ上がっていた。
ということは、シオンはその古代言語で、魔術の強化を施したということだ。
(って、簡単に一言でそう言ってもな……!)
一言で言えばそういうこと。しかしこの事実は、一言で済ますには出来ないことだった。 まず、シオンが古代言語を用いている――この際、シオンが魔術を使える状態に戻ったことは置いておくとして――こと。これは、現代の常識から考えて有り得ないことだ。無論、知識を積めば唱えることはできるだろう。事実、オルフェも多少喋ることは出来る。しかし、ああも流暢に唱えれるということは、そうそうできないことだ。
まるで、古代の人間がそのまま喋っているかのようだ。
そんなことはないと、自分に言い聞かせる。そんなことを考えるのであれば、もっと現実的かつ論理的な推測をした方がよほど生産的だ。
「――――――」
視線を、ロートの方へ寄越す。そこには緑髪紅眼の少年が、休む暇もなく氷の武器を造り続けている。
長期戦を見越してではなく、造り出す一本一本全てを、一回で使い捨てる勢いでロートは剣を造り続けている。
一本の長剣が折れたら、即座にまた新たな長剣を。長剣を造る暇が無いのであれば、短剣を。そこに在るのは剣としての精密さ、硬度――総じて完成度ではなく、武器としてのカタチのみ。ロート・ウィリディスは、ただそれだけを求めて武器を造り続けている。
それは、魔力操作と【速攻詠唱】に長けたロートだから出来る芸当。
そのことを、オルフェは知っていたハズなのに、その事実に畏れを感じた。
「――――、」
かたや固有詠唱【超速攻詠唱】と【固有魔術】の使い手。 かたや『古代言語』を喋る【劣等魔術師】だった少年。
その二人が、いま、歴史にない戦いをしている。
その場に居合わせる自分が誇らしい。
だが、
(止めなければ…………!)
この戦いは、早急に中止させなければならない。確かに、このままこの戦いの終着点を見届けたいという気持ちはある。しかしそれは『魔術師』としての自分の願いであり、『魔術講師』としての自分が取るべき行動ではない。己のエゴのためだけに、この戦いを続けていい理由にはならない。だから、止めなければいけない。
そう思い、オルフェが強制的に模擬魔術戦を終了させようと一歩踏み込んだ矢先、
「待ってくれ、兄貴」
と、己の弟――リオの声が聞こえた。
「リオ」
「頼む。この戦い、どうか最後まで続けさせてくれないか」
「けどなリオ。お前だって解ってんだろ。アレは最早、【帝級魔術師】の領域の戦いだ。少なくとも、まだ学生魔術師のアイツらがやっていい戦いじゃない。だから、オレは魔術講師としてこの戦いを止める」
「だけど、魔術師としてのアンタはこの戦いを見たいんじゃないのか」
「――――ッ」
そのリオの言葉に、言葉が詰まる。さすがは兄弟というべきか、自分の考えていることは筒抜けだったようだ。
「…………。」
「なぁ、頼むよ兄ちゃん。俺はアイツの――シオンの友達として、この戦いを見届けてあげたいんだ。ずっとアイツを見てきた。だからシオンがどれだけ苦しんで、悩んで、足掻いてきたかよく知ってる。だから、」
「――――、ハ」
思わず、間抜けな笑いが出てしまった。
「ちょ、なんでそこでいきなり笑い出すんだよ」
「いや、すまんすまん。お前がオレのこと『兄ちゃん』って呼んでくれるの、何年ぶりかなって思って」
「は? 何言って――――あ」
無意識にそう呼んでいたのか、自分がなんと言っていたのか自覚すると、リオは途端顔を真っ赤にする。
「えっと、その、あれは意識してやったわけじゃ、」
「あーはいはい、わーったわーった。それよりもホレ、これを外に置いてこい」
「? なんだよコレ」
「結界基点式を込めた魔術石。オレが造ったレアものだ」
「――オルフェ!」
その言葉が何を意味するのか理解すると、リオは先ほどと一転して顔を明るくする。
そしてそのまま、一目散に外へ出ていった。
(…………さて、と)
結界を創る準備に入る。
何も、リオの言葉に動かされたから結界を張る気になったのではない。オルフェにはもっと別の打算――確固たる目的があった。
(――結界起動。効果、『認識阻害』。対象者はこの場に居る者以外の全て)
認識阻害の結界魔術。それを張る理由とは即ち、シオンとロートを守る為。
現在、この魔導館はかつてないほど凄まじい魔力に満ち溢れている。学究都市【アルサティア】と王都【ソニアベルク】はそう離れてはいない。もしこの魔力が王都にある魔術協会に感知されたら――いや、その前に学院側に知られたら、間違いなくこの二人は連れて行かれる。
王国側は常に人材に貪欲だ。もしこのことが知られたら、どんな手を使ってでも二人を奪おうとしてくるだろう。いや、王国側だったらまだいい。それならばまだ打つ手はある。
最悪のケースは、アイツらに知られることだ。
だから、そうなる前に手を打つ。
「若い世代を舐めてもらっちゃ困るんだよな……!」
結界を構築開始。己の持てる全てを、此処に費やす。
自分より上の魔術師でさえも騙す、最高の結界を創りだす。
展開する範囲と、認識阻害の対象者を決定する。
チラ、と視線を向けた先には、リオがこちらに向かって自分の役目を完了したサインを出していた。
「行くぜ――【展開】――【絶対領域・欺】」
リオのサインを確認し、結界を展開。刹那の内に結界が張られ、全ての工程を終える。
(これで、多少はマシになってればいいんだが)
とにかく、自分の出来ることはした。後は、この戦いを見届け――。
「――っ!?」
刹那、凄まじい魔力の波動を感じた。
そう。それは例えば、大人数でしか行えない、大規模な魔術のようなモノ。
「…………嘘だろ」
その正体は、すぐ目前にあった。
***
「――――シッ!」
ロートの【創氷術】で創り出された長剣を躱す。躱したと思った次の瞬間には、また斬撃が繰り出されていた。
鋭い斬撃。それを幾度も躱し続ける。躱した直後、炎属性の魔術でその剣を融かす。【同時魔核処理】を起動して既に五分弱。その間、僕が放った魔術は初回を含め五回。ロートの【創氷術】はカテゴリ的には氷属性に属する。だから、炎属性の魔術をぶつけて融かす。
けれど、そこから先に進むことができない。
「フッ!」
刹那、また新たな剣が僕に振るわれた。
「しつこい、なぁっ!!」
右手に魔力を収束。そのまま【同時魔核処理】によって詠唱を媒介せずイメージを創り上げ、魔術を行使。
「【暴発】!」
そして、その氷剣を壊す。ずっと、これの繰り返しだ。
魔力は無尽蔵ではない。これをこのまま続ければ、いつかロートの持つ魔力が尽きて決着が着く。そう思っていたが違う。
このまま行けば、僕が負ける。考えてみればすぐに解ることだ。ロートの最も得意とする戦い方――【速攻詠唱】の特徴は何だ?
(それはつまり、魔力消費を減らすということ)
魔力消費が少ないということはつまり、それだけ魔術を使う回数が増えるということ。
ロートの【固有魔術】――【創氷術】がどれくらい魔力を必要とするかは解らない。個人的な見解としては多く使いそうだけど、あのロートの【固有魔術】だ。そこら辺の対策は怠っていないはず。
少ない魔力で、多くの魔術を使う。それがロート・ウィリディスの戦い方。
「……………」
静かに、自分の状態を把握する。
(……大丈夫。まだ、戦える。)
ジッと、正面からロートを見据える。
「――――!!」
ロートはまたも都合七本目の武器を造りだそうと、手に魔力を収束させ――ると思っていたがしかし。
「~~~~っ!!」
現れたのは剣ではなく、一つの魔術だった。
それも――僕の背後から。
その、顕れた魔術はいつの日かと同じように、僕の背中に突き刺さる。
「こっの……! 舐めるなっ!!」
鋭い痛みに耐えながら、すぐさま背中に刺さった魔術――おそらく【氷槍】を抜く。そしてそのまま横に放り投げ、今度こそ長剣を造り出したロートの一撃を躱す。
「はっ、はぁっ……」
肩で息をしながら、思考する。
……そうだ、どうしてこの可能性を忘れていた。
ロートの【固有魔術】――【創氷術】と、異常な速さの【速攻詠唱】を掛け合わせた攻撃してくるという可能性を。
依然として、ロートは剣の構えを解かない。
「いつでもお前を斬れる」。そう宣言しているかのようだ。
「――――――!」
魔力の気配を感じ、それが魔術だということに気付いた瞬間、前に転がり込む。だが、前に転がるという行為が自殺行為だった。
前に転がるということはつまり、自らロートの場所に行くということ。
「しまっ――」
「ハッ!!」
振り下ろされる長剣。今度こそ、それを躱す術はない。
躱す術が無いのなら――――。
(防ぐ術を創り出せ!!)
咄嗟に魔力壁を展開。ロートの長剣が展開した魔力壁にぶつかると同時、その刃が折れる。そして僕の魔力壁もその役目を果たした途端崩れ去る。それを確認すると、僕は一気にその場から離脱する。
「逃がすかッ!!」
離脱する僕を目掛けて、ロートが突進してくる。手には新たに造り出した長剣。 ロートはそれを――投擲した。
「【アバランシュ】!!」
それに追い打ちをかけるように、ロートは魔術を重ねる。
「【ヴァルカン】!!」
その投擲された長剣と、発動された魔術ごと、負けじと僕が発動した魔術で融かし尽くす。
「舐めるなァ!!」
「なっ!?」
ロートの氷剣と氷魔術を融かした僕の魔術――【ヴァルカン】の中から、ロートが現れる。
(まさか、炎の中を突っ込んできたっていうのか……!?)
自身の状態など顧みない、捨て身の猛攻。
若干皮膚を火傷しながら、ロートは構わずこちらに突っ込んでくる。
右手にはいつの間に造りだしたのか、一本の剣があり、そして左手はこちらを向いている。
(またさっきと同じ手か――!)
二度目はない。そう思い、いずれ来るロートの魔術を警戒する。だが、
「【氷槍・双】!!」
展開されたのはただの【氷槍】ではなく、一度に二本の槍を造る魔術――【氷槍・双】だった。
(二本っ………!?)
別方向から来る双つの槍。
――不味い。これは対処できない。
【同時魔核処理】は無慈悲にも、そう判断する。
「ぐぅ……っぁ、ハァッ!!」
二本のうち、何とか一本は融かし、もう一本はそのまま僕の左手に刺さる。
「はぁ、ハァっ、ハッ――!」
左手に刺さった氷槍を抜きながら、今度は再び投擲された剣を炎魔術で融かす。
反撃をしようと、一歩踏み出そうとしたその瞬間。
「……ぁ」
ぐにゃり、と。視界が歪んだ。
世界が捻じ曲がり、立っているのさえやっと、というような感覚。
(不味い――【精神疲弊】か!?)
こんな時に、と内心悪態をつく。だが、あれだけ連発で攻撃用魔術を放ってきたのだ。加えて、【二重詠唱】での【烈火よ、猛々しく燃えろ】の使用により――【二重詠唱】は本質的には魔術の重ねがけなので、消費魔力も通常の二倍になるのだ――、かなりの魔力があの時持って行かれた。
仮に、もう一度【二重詠唱】を使うとしたら、撃ててあと一撃といったところか。
しかし、そうでなくても、このまま行けばただのジリ貧だ。
ロートはまだまだ余裕で剣を造り出せるだろう。【速攻詠唱】で多くの魔術を打てるだろう。
対して、魔力も残り少なく、ロートに匹敵するだけの余裕がない僕は、このまま行けば、負ける。
あと一歩、届かない。そんな場所で、僕は負ける。それを、
(容認できるワケがないだろ――――ッ!?)
考えろ、考えろ。
思考を研ぎ澄ませ。どうすれば、あと一歩を届かせることができる。
ロートの【創氷術】と【速攻詠唱】の合成技。二方向からの攻撃を、どうすれば凌駕できる。
【同時魔核処理】で高速化された思考は、常人では辿り着けないほどの速さを以て思考する。
「――――、――――あ」
そして、導き出された解。
……一つだけ。
一つだけ、手段があった。
けどそれは、それをしてしまったら。
僕は――――――。
「シオン」
不意に、自分の名を呼ばれた。
「……ロート」
僕も、その少年の名を呼び返す。
一瞬の視線の交錯。僕の黒い眼はロートを映し、ロートの紅い眼は僕を映している。
たった一瞬。されど一瞬。
その間に、僕は彼の真意を理解した。
ロート自身も解っているのだろう。このまま行けば、ただの一方的な蹂躙になることを。
だから、そうなる前に、決着をつけよう。ロートは、そう言っているのだ。
「――――ッ!?」
急に、室温が下がった。
常温に保たれていた室温は一気に下がり、露点を超え、空気中にあった微量な水蒸気を凝結させ、水へと変える。そしてその水を、氷へと変える。また、四大元素の『水』さえも、ロートは使い、自らの魔力へと変換させている。持っていた氷剣を自ら融かし、それを魔力へと変換させる。
僕にはその様が視える。【同時魔核処理】は、見えないモノすら視ようとする。それは脳に負担をかけることだが、これくらいは耐え切れることだ。そうして視て解ったことが、先程のそれだ。
ああ、こんなことさえやってみせるのか、ロートは。
ロートの背後に、魔術陣が展開する。その数、実に二十。
二十の数の魔術陣。それらは間違いなく、全て僕の方へと向いている。
この技は――――。
「【多重魔術陣展開】……だって!?」
【多重魔術陣展開】。それは、本来ならば一人で行える技ではない。
普通、魔術の同時詠唱というものはできない。理由は簡単、一方は通せても、もう一方を通す魔核が無いからだ。
だから、人々は別の方法を考えた。それが【多重魔術陣展開】だ。
多種多様の魔術を、魔術師の数だけ同タイミングで展開し、それを放つという集団戦法。だから、これは一人で行えるような技ではないのだ。
「――――、っ」
しかし、しかしだ。
ロート・ウィリディスという魔術師が最も得意とする『少ない魔力で多くの魔術を使う』という戦い方。
それは見方を変えれば、一つの魔術を多く放てるということ。
そして、術者が魔力操作の方面に長けていれば――多くの魔術を一気に放てるということではないのだろうか。
一度顕現した魔術をそのまま放たず、その場に留まらせておいて、また新たな魔術を創り、それと同時に放つという芸当。理論上は不可能ではないのだろうが、しかし、それをするには高度な魔力操作と、多大な魔力が必要となるはず。それに、これは一歩操作を誤れば一気に廃人と化してしまうような、危ない橋を渡るようなことだ。
だが、ロートなら――それを実現することが出来るのではないのだろうか。
「ロート、君は、」
「本当は……こいつは使いたくなかったんだけどな。エリザさんにも、グレンさんにも止められてるし、何より一歩間違えば俺という魔術師が壊れかねない技だ。だけどなっ……!」
ロートは汗を滴らせながら、必死に操作を誤らないよう僕に視線を向ける。眼前の魔術師は、先程までの表情とは少し違った――おそらくこれが、本気のロートということなんだろう――真剣みを帯びた表情をしている。
「お前は、俺の【固有魔術】や【固有詠唱】を以てしてでも、倒しきれなかった! 何故ならお前はそれと同等あるいはそれ以上の力をぶつけてきたからだ!! ならば俺は、お前に俺の全力を以て応えよう! だからシオン!!」
紅緑の魔術師は、叫ぶ。
その叫びの相手は、紛れもなく僕。
「――――お前も、全力をぶつけてこい!!」
それは、僕に対する宣言。
『自分は全力で行く、だからお前も全力で来い』
その宣言は、僕の決意を固めるのには充分過ぎた。
「……………、」
先ほど、たった一つだけ得られた解。
【同時魔核処理《直列回路》】並びに、【二重詠唱】以外の手段。
それをすれば、僕は壊れかねない。
だけど、そうするしか手がないのは、既に解っていたこと。
相手は紛れもなく天才だ。凡才――いや、劣才の僕が彼に対抗するには、〝異常〟の力を以て対抗するしかない。
通常を捨て、異常に至り【同時魔核処理《直列回路》】と【二重詠唱】を手にしたが、それをも超える異常に辿り着かないといけない。
「――――――、っ」
覚悟を決めろ。一度この枷を外せば、僕は二度と『普通』へ戻れなくなる。そんなことは百も承知。
これからやることは、魔術という学問へ、確立された理へ、そして築かれた文明を覆すこと。
常識を一転させ、己と、彼の大魔術師が持つこの体質だからこそ許された力を、放つ。
此処で、決着をつけるんだ。
「――――はは」
ふと、笑い声が出てしまった。
諦めからではない。これは、内から湧き上がる、高揚。
『――――紡げ、少年。その力は、今この時の為に在る』
ふと、あの人の声が聞こえた。
解っている。解っているさ。
落ち着いて、気を静めようとする。
けれど、お互いが廃人化という危険性を孕んだ魔術をしようというのに、内から来る高揚感は留まるところを知らない。
【同時魔核処理】。
この現代において、シオン・ミルファクという魔術師のみが使える、唯一の魔術。
その真髄を、放とう。
「行くぞ、シオン――これで、決着だ!!」
二十の魔術陣が、一斉にこちらを向く。照準は寸分の狂いもなく、間違いなく僕を狙っている。
「【多重魔術陣展開】――【氷魔殺戮行進】ォォォォォ――ッ!!!!」
そしてそれが、今、放たれた。
「――――ッ!!!!」
ロートの【多重魔術陣展開】の発動と同時、その場から走り出す。彼我の距離はおよそ三〇メートル。
その三〇メートルの間こそ、決着の舞台。
「Teufel Kern Vielaufgabe――Anhalten」
踏み出した一歩目、失われた言語を唱える。
その時点で起動していた【同時魔核処理《直列回路》】の動作を停止させる。
「Das Anhalten」
続く二歩目。【同時魔核処理】の停止を解かし、通常状態の【同時魔核処理】へと戻す。
「Ich wahle den Stromkreis」
三歩、四歩目で、回路を選択する状態へ移行する。
選ぶのは【直列回路】ではなく――『かつて在った回路』の状態。
それはつまり、魔術が使えなかった頃の僕の魔術回路ということ。
「Auserlesene Vollziehung」
回路を選択し終わる。ここまでで五歩目。残り二十五メートル。
「Verbindungsanfang」
六歩目。ここで【多重魔術陣展開】による魔術の第一波が到達してくる。それを掻い潜り、躱し、避ける。
接続を開始し、そのカタチを捻じ曲げようとする痛みに耐えながら、新たな一歩を踏み出し続ける。
「Verbindungs Vollziehung」
七歩。ようやく、その回路が成った。
僕が選んだのは『かつての回路』――即ち、回路が魔核の存在部分で二つに枝分かれし、それで回路を成立させていた状態。
それはつまり、一つの可能性を示していた。
「Das ganze、 Schritt-Ende………ッ!」
全ての工程を終えた瞬間、回路が、脳が、悲鳴を上げる。
リソースの全てを魔核の制御に回しても、容赦なく己を侵してくる痛み。
【直列回路】の比ではない。これは間違いなく、人智を――魔術の理を超越した力。
僕という魔術師の身に有り余るほどの力。
それを、行使する。
「……………、」
十歩。視界が滲む。今すぐにでも倒れてしまいそうだ。
歪んだ視界で彼の方を見れば、二十あった魔術陣は、既に十五へと減っていた。
「――――…………ッ!!!!」
最後だ。これで、回路を完成させる。
超えるべきは眼前の魔術師。そして過去の自分。
己に残る全てを賭して、この戦いに終止符を打つ。
たかが模擬魔術戦。けれど、僕にとってはそれ以上の意味を持つ戦い。
もしかすると、僕はこの戦いで酷い代償を背負ってしまうかもしれない。
けど、一度は死んでもいいと思ったのだ。今更、何を恐れる必要があろうか。
それに何より――――。
(僕には、果たすべき約束がある――!)
脳裏に浮かぶのは憧憬の少女。
彼女のためにも、僕は勝たないといけない。
過去のシオン・ミルファクは、たった今、他ならぬこの僕が殺した。
現在のシオン・ミルファクは、己の全てを費やし、この戦いに臨む。
これで、最後。
「Teufel Kern Vielaufgabe――Paralleler Stromkreis――――ッ!!!!」
――【同時魔核処理《並列回路》】。この【並列回路】こそ【同時魔核処理】の本来の使用法。
二つある魔核を、同時に扱う。【直列回路】はあくまで【同時魔核処理】の副産物に過ぎない。もともとの魔術回路の形がひとつなぎになった回路なのだ。分裂するより、一本に纏めたほうがいい。その発想によって生まれただけに過ぎない。
そして【並列回路】もまた、【直列回路】と同じくある固有詠唱を実現可能とする。
「Anfang Arie――【Parallele】」
【並列詠唱】。存在する二つの魔核それぞれに、イメージの違う魔力を流すことで、同時に二つの魔術を使用可能にする詠唱法。
本来ならば絶対的に起こりえない魔術の同時使用を、この力を以て実現する――――。
十五歩目。迫り来る魔術は残り十二。残り十五メートル。
「邪魔だぁあああああ――ッ!!!!」
ここで加速。僕の頬を掠め、紙一重のところで躱しながら進む。
その時、視界の隅に異なる方向からそれぞれ魔術が迫っているのが見えた。通常ならば、同時に処理することは不可能。
だが、いま現在、異常である僕ならば、これくらい造作もない。
「【暴発】アンド【雷鳴】!!」
右手に創っていた【暴発】を放ち、右側から迫っていた【氷槍】を融かし、
左手に創っていた【雷鳴】を放ち、左側から迫っていた【アバランシュ】を砕く。残り九。
「マジかよクソッ……!」
ロートが悪態をついているのが視える。しかし、それはどうでもいい。
十七歩目。彼我の距離はおよそ十メートル。もはや目と鼻の先だ。
「まだだッ!」
「――!?」
ロートの後方に展開されていた残り九の魔術陣。それが、残り十メートルまで迫った僕を取り囲むように展開しなおされる。
それは、途轍もない魔力操作であるということは、誰の目に見ても明白だった。
ロートが、これに全てを賭けている。それが感じ取れた。
「これで終わりだァァァァァァ!!!!」
ロートが敵を補足。そして、ロートの咆哮と共に、残り九つの魔術が放たれる。
「――――――!」
だが、【同時魔核処理《並列回路》】がある限り、ロートがどれだけ多くの魔術を放とうと、その全てを対処することができる。
記憶領域を検索。最も魔力消費が少なく、最も攻撃力のある魔術。それを瞬時の内に十個選ぶ。
常に二つの魔術を創り、待機。
一方を放つと同時、空いた片方の魔核に魔力を通し、魔術を創り上げる。それと同時にもう片方の魔術を放つ。
魔核を手持ち無沙汰にすることなく、常に二つの魔術を創り待機させている状態。
一度に、異なる魔術を同時に放つことが出来る【並列詠唱】は、見方を変えればこのような使い方もできる。
しかし、この詠唱の真髄は其処にあるのではない。
「――【炎纏いし雷の剣】!!!!」
九個目の魔術――右手に顕現した炎と、一つ余計に選択していた魔術――左手に顕現した雷。
その二つを合わせ、一つの剣と為す。
これが本来の【並列詠唱】。その真髄は、【魔術共鳴】を一人で行えるということ。
たった一人で、『複合魔術』を使えるということ、それ以上でも、それ以下でもない。絶対の効果にして魔の定義を覆す、まさに異端の技。
その技を以て、最後の魔術を壊す。
二十二歩目。わずか五歩の間に残っていた魔術を跡形もなく消し去る。
「うおおおおおおおォォォォォォォ!!!!!!」
勝利は目前。さぁ、最後の詰めだ。
「――――これで終わるワケ、ねぇだろうがァ!!」
残り七歩。手では届かなくとも、魔術を伸ばせば届く距離。
そこでロートは、
「【氷盾】!!」
【固有魔術】・【創氷術】を以て、強固なる氷の盾を創った。
――ああ、そうすると、解っていた。
ロート・ウィリディスならば、そうすると解っていた。
彼の観察眼ならば、僕の魔力残量が少ないということは解っていたはず。対してロートは【速攻詠唱】があるし、何よりここまでずっと【速攻詠唱】に頼ってきたので、十二分に魔力は残っている。
だから、僕がもう大火力の魔術を撃てないとそう判断し、けれども僕は勝負を決めるために絶対魔術を撃つと向こうも解っているから、それを対処出来るよう絶対なる一の防御を構えた。
しかし、そう判断したのが、ロートの唯一の誤算だった。
ここは防御に回らず、僕よりも速く通常の魔術を使い攻撃してくるべきだった。
此処に勝敗は決する。
「――Teufel Kern Vielaufgabe――」
残り五歩。
「――Zwang Anhalten!」
右手を前に掲げる。
「Ich wahle den Stromkreis。――Neustart」
【並列回路】を終了させ、あらゆる工程を省略し、求める回路を選択し、それを為す。
「――Anfang Arie――【Doppelt】」
既に空っぽの器から、魔力を引き出す。限界を超えた先に、勝利は在る。
「――――――【巨人の焔】」
爆発。轟音、そして氷解。
視線の先には目を見開くロートの姿。
右手に力を込める。魔力は既に空。魔術は先のもので最後。
しかし、最も原始的で、単純明快かつ有効な手段がある。
「はああああああああああああアアアアアアアアアアアアァァァァ――ッ!!!!」
拳を握り締め、右手を振りかぶる。その動作に気付いたロートも、同じように行動する。
確定された一秒後の未来。その結果は、どちらに転ぶのかは解らない。
だが、それでも僕達は、
「シオォォォォォン!!!!」
「ロートォォォォォ!!!!」
互いの拳を、全力でぶつけ合った。
訪れる静寂。互いを殴り合った僕達は、そのまま情けなく後ろへぶっ飛ぶ。
口の中に血の味がする。意識は朦朧として、依然視界は歪んだまま。もう、限界だ。
「あぁ――くそ」
ロートの、声がする。
その声には、残念さが含まれていて、けれどもどこか嬉しそうな感じもした。
焦点が合わない視界の中、彼を視る。彼もまた、覚束無い足取りで立っていたがしかし、
「お前の――勝ちだ、シオン」
そう言いながら口許に笑みを浮かべ、ドサリと、その場に倒れた。
「勝者――シオン・ミルファク」
オルフェ先生の、勝敗を告げるその声が、いつかのように魔導館に響いた。




