第01話『魔術師』
「……うぅん……」
窓から差し込む朝日に目を細めながら、僕はゆっくり目を覚ます。昨日は夜遅くに寝たので、正直まだ眠い。
このまま、また眠ってしまおうか、など思いながら布団をかぶりなおしていると。
「ほら。シオン兄さん、起きてください。朝ですよ」
と、僕を起こす声が聞こえた。
「……うぅ、あと五分……」
「あと五分じゃありません! ほら、さっさと起きてください!」
そうして僕は強制的にベッドから叩き起こされる。
(うぅ、眠たい……)
僕の心の声は、残念なことに僕を起こしてくれた人物に届かず(当たり前だが)、起こした当の本人は、僕の寝台のベッドメイキングをしていた。
僕の名はシオン・ミルファク。十七歳。これでも一応、魔術師の端くれだ。
眠気を振り払って、床から立ち上がると、今度は僕を起こしてくれた人物に目を向ける。
「――おはよう、アンジェ。今日も起こしてくれてありがとう」
「いいえ、お安い御用です。でも、兄さんは、れっきとしたミルファク家の跡取りなんですから、すこしは自分で起きる努力をしてくださいね? わたしもわたしで、しなければならないことがたくさんありますし」
「う、うん。善処するよ……」
僕を起こしてくれたのは、僕のひとつ下の妹、アンジェだ。
妹、と言っても血の繋がりはない。昔、孤児だったアンジェを父親が引き取ってきて、養子に迎えた。それ以来、アンジェは血の繋がりがなくとも僕の家族だ。
最初こそ、無口で僕たち家族と喋ろうとせず、なかなか心を開いてくれなかったけど、ある時期を境にアンジェは僕に……僕たち家族に心を開いてくれた。以来、アンジェは僕の妹として、ずっと過ごしてきた。
アンジェは口にこそ出さなかったが、僕の家に恩義を感じていたらしく、その恩を返すためなのか、昔から僕の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれている。朝起こしてくれるのも、そのうちの一つだ。
「――――」
アンジェの自慢の、長く伸ばされている銀髪を見る。
――とても綺麗だ。その紫紺の瞳と相まって、さらに美しさを加えている。
僕――というか僕の家族――の髪は黒なので、アンジェの髪色とは似ても似つかない。血が繋がっていないから当たり前なんだけど、僕とアンジェは全然似てないから、街を歩いていると、ときどき恋人同士だと間違えられるから困る。その度にアンジェも顔を赤くするからそうとう迷惑しているのだろう。
「……? どうかしましたか、シオン兄さん?」
「ん。いや、なんでもないよ」
ずっと自分を見てくる僕を不審に思ったのか、アンジェが首をかしげながら尋ねてくる。それに僕は適当に言葉を返しながら、よっこらせと、その場から立ち上がる。
「さて、朝食は僕が作るから、アンジェはゆっくりしてていいよ」
「いいえ、朝食はわたしが……と言いたいところですが、洗濯物を干さなければならないので、ここは兄さんに任せてもいいですか?」
「うん、それくらいどうってことないさ」
と、返事をしてみせる。普段から家事はアンジェに任せっきりなので、せめて料理くらいは僕が作らないと。
ちなみに、いま僕はアンジェと二人暮らしだ。理由はいろいろあるが、その最たるものとしては、
「あ、そうそう。兄さん、学院の制服、ここに置いておきますね」
「うん、わかったよ。ありがとう」
学院――、僕とアンジェは『魔術学院』に通っているのだ。それをするにあたって、実家を出て学院付近に家を借りて、そこで暮らしているというわけだ。
【シーベール国立魔術学院】
この国最大の魔術の学び舎で、長いので略して学院って呼ばれている。そこに僕は二年間、アンジェは一年間通っている。
(そっか……。もう二年も経つのか。この街に来てから)
考え事をしながら、手はしっかり朝食を作る。今日のメニューは、手軽で美味しいエッグトーストだ。つけあわせで、簡単なサラダと、飲み物にミルクといった感じだ。
だが、メインであるエッグトーストを作ろうとしたときに、ある物がないことに気付く。
(あれ……? 《炎》の魔結晶が切れてる……)
【魔結晶】というのは、その名の通り、魔力が込められた【魔道具】と呼ばれるものの一種で、《光》の魔結晶だったら街灯に、《炎》の魔結晶だったら料理に、など、人々の生活を役立てるのに使われている。
(まいったな……。しょうがない、あんまりやりたくないけど……)
右手の掌に魔力を込める。じんわり、掌が熱くなる。
(――【小さな焔】)
【小さな焔】
詠唱を必要としない魔術のひとつで、魔術師ならば誰でも使える、初歩中の初歩の魔術だ。《炎》の魔結晶がないときは、こうして魔術で代用する、というのが、魔術師にとっての一般的な常識だ。
一瞬、頭がズキリと痛むが、それも一瞬のことですぐに治り、無事朝食も出来上がった。
「アンジェー? 朝ごはん出来たよー」
「わかりました。すぐ行きます」
洗濯物を干すためにベランダに出ていたアンジェを呼ぶ。アンジェも、そんなに干す量はなかったのか、ほとんど終わっていた状態だったため、僕の呼びかけにすぐさま応える。
「おお…。さすが兄さんですね。とても美味しそうです」
「はは。こんなの、アンジェが作る料理に比べたら全く大したことないよ」
「そんなことありません! 兄さんがつくる料理はとても美味しいです! この私が保証します!」
「あはは……。ありがとう、アンジェ。そう言ってくれると嬉しいよ」
真剣な眼差しで、こんなことを言ってくる妹に愛おしさを感じながら、僕はテーブルの席に着く。それに倣って、アンジェも席に着く。
「じゃあ、さっさと食べて学院に行こうか」
「はいっ」
そう言いながら、僕は、妹ともに朝食を済ませた。