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Wizard of Defect  作者:
【第一部 運命始動】
19/38

第15話『決戦前夜』


 宣戦布告から、六日が経った。


 決戦前日の夜、僕は部屋で一人、電気も点けずベッドの上で体育座りになっていた。

 窓から差し込む月の光だけが、この部屋の明かりとなっていた

 

「明日、か」


 この六日間、やれることはやってきた。自信を持っていい。後は、戦いで力を発揮するだけ。それは解っている。

 だけど、それ以上に怖さがある。

 緊張、と置き換えてもいい。僕は、ロートと再び戦うことに対し、恐れているのだ。

 ロート・ウィリディスという魔術師は、間違いなく『天才』だ。僕とは比べ物にならないくらい。

 けど、その強さの裏には、血の滲むような努力があるということを、僕は知っている――いや、知っていた。

 思い返せば、ロートと一緒に居るようになってからも、彼は常に自分を戒めていた。努力をしていた。対して僕は、何もしようとはしてこなかった、臆病者だ。


 ――僕の努力は、ロートの強さの前には敵わないんじゃないか?

 ――また僕は、負けるんじゃないか?


 それが、僕の脳内を占め、心を蝕んでいた。

 力を手に入れても、その力は僕の身に余る力だったのではないかと、ついそう思ってしまう。


「――――っ」


 体が震える。敗北のイメージが、僕の脳裏に映る。

 止まらない思考に溺れていく中、ふと、ドアが開く音が聞こえた。顔を上げれば、そこにはシアが立っていた。 


「シオン君」

「シ、ア」

「通りかかったら、若干ドアが開いていたから、開けてみたんだけど……どうしたの? 眠れないの?」

「……いや、なんでも、ないよ」

「嘘。だってシオン君、怯えた目をしているもの」

「――――」

「話して、シオン君。明日の戦いのこと?」


 シアは優しく、僕に尋ねてくる。これが僕を案じての行動だということは解っている。

 だから僕は、その優しさに甘えてしまった。 


「……怖いんだ」

「怖い……?」

「また負けるのが、怖いんだっ……! 力を手に入れても、僕はアイツには敵わないかもしれない。そう思ったら、怖いんだ!」


 本音を吐き出す。

 本当は甘えたくなかった。シアに弱さを見せたくなかった。

 けど僕は、力だけでなく、心までもが弱かった。

 負けることが怖い。それは確かにある。

 けど、本当に一番怖いことは、自分の努力が無駄だったと認めさせられることだ。

 シオン・ミルファクという魔術師の限界を、思い知らされることだ。

 僕はそれが、怖かった。

 敗北無くして成長出来ない、とよく言うが、じゃあ敗北したら絶対に成長できるのだろうか。

 敗北の先にまた敗北しか無ければ、それはもう、今自分が居る場所こそが、自分の限界なのではないだろうか。

 そう、思ってしまう。

 シアには、今の僕がどう映っているだろうか。それを知ることすらも、今は怖い。


「……シオン君」


 数瞬の静寂の後、やがて、シアは口を開いた。


「シオン君。君は今、どうしたいの?」


 シアの問いは、ただそれだけだった。


「僕が今、どうしたいかって……」


 そんなもの、決まっている。

 僕はロートの期待に応えたい。

 自分の強さを、証明したい。

 その上で彼に勝てたら、それはこの上なく嬉しい。けど、限界を思い知らされることが、何よりも怖い。


「私が知っているシオン君は、たとえ弱くたって、勝てないって解ってたって、それでもなお立ち向かおうとする勇気ある少年だよ」

「――――シア」


 ――違う。違うんだ、シア。


 僕は、君が思っているような人間じゃない。君が言うその僕は、過去の僕だ。

 過去の僕は、才能が無かったけど、それでも魔術が使えた。

 父という目標(あこがれ)がいた。だから、何事にも立ち向かうだけの勇気があった。

 けれど今の僕は、ただ臆病で、自分のことに向き合おうとしないで、あまつさえ、友達の期待を裏切った、最低な魔術師だ。

 君の中の『シオン』は、今の僕とかけ離れて――。


「違わなくないよ」

「……え?」

「だって、私を助けてくれたじゃん」

「――――ぁ」


 その、花のような笑顔と共に放たれた一言は、僕を落ち着かせるには充分だった。


「キミが自分のことをどう思っても、どれだけ自分を否定しても、私はその分だけ、キミを肯定するよ」


 一言、区切って。


「キミを、応援するよ」


 シアは、そう言ってくれた。


「だから戦って。そして勝ってきて。大丈夫、キミなら出来るよ。私が保証する」


 「だから、ね」と、そう言ってシアは小指を差し出す。

 僕も、自身の小指を差し出し、シアの小指に絡める。

 ギュッと、その存在を確かめるように、強く絡め、握る。


「約束。明日は絶対、勝つこと」

「――うんっ」


 そうして僕らは、あの日のように約束を交わした。

 僕に迷いは、もう無かった。


 ***


 シオンとシアが、約束を交わしている頃――。

 ロート・ウィリディスは、自分の部屋で夜空を眺めていた。


「いよいよだ――」


 明日、ようやく己の認めた相手と戦える。その事実が、ロートを昂ぶらせていた。

 やはり、自分の思った通りだ。シオン・ミルファクがあんなことで折れるような魔術師(にんげん)では無かった。

 シオンは、自分の予想通り這い上がってきた。これが嬉しくないわけがない。


「あぁ――楽しみだ」

「そんなに楽しみなのかい? グレンの息子と戦うことが」


 と、不意に誰かがロートの部屋に入ってきた。

 腰に届くくらい伸ばされた紅の髪。女性にしてはかなりの長身で、事実ロートよりも背は高い。


「……部屋に入る時はノックしろって言っただろ、エリザさん」

「何言ってんのさ。母親が息子の部屋に入るのに遠慮なんかいるかい?」


 ロートの部屋に入ってきたのは、エリザベート・ヴァンピーア。元・王国魔導師団の魔術師で、ロートの育ての親でもあり、第二の魔術の師匠でもある。


「他人のプライバシーくらい守ろうな。それに、俺はアンタの息子じゃない」

「あらら。昔はあんなに「おかーさん」って言ってくれてたのに、時間の流れってのは残酷だねぇ……」

「……別に、嫌いな訳じゃねぇから」

「はは。そうやって素直になれないとこも、アンタの美徳だよ、ロート」


 そう言って、エリザベートはロートの頭を撫でる。


「ああもう! だから子供扱いするのはやめろっての!」

「お母さんからしてみたら、子供はいつまで経っても子供のままだよ」

 

 そう言いながら、エリザベートはロートの頭を撫でる手を止めない。


「それで、ロート? アンタ、グレンの息子と戦って勝てるのかい?」

「……当たり前だ。俺は、『閃光』グレン・ミルファクの一番弟子で、『吸血魔女』エリザベート・ヴァンピーアの二番弟子だ。負ける要素なんて、どこにもねぇ」

「そうさね。確かに、アンタはそこらへんの魔術師よりかなり強い。それはアタシが保証する。けどねロート、相手はあのグレンの息子だ。王国魔導師団を引退していなお、現代において最強の魔術師と謳われるグレン・ミルファクの息子だ。アタシもついぞ、アイツには敵わなかった」

「だからどうした。グレンさんはグレンさんで、アイツはアイツだ。これは、俺とシオンの戦いだ。そこにグレンさんも、もちろんエリザさんも入ってくる余地なんかねぇよ。いいかエリザさん。俺は明日、シオン・ミルファクに勝つ」

「――よく言い切った。それでこそアタシの息子だ」


 わしゃわしゃと、先程よりも強く、エリザベートはロートの頭を撫でる。


「だぁー! もうやめろっての!!」

「自信を持ちな、ロート。アンタは強い。アタシが十七の時とは全然比べ物にならないくらいにね。だから、明日は頑張ってきな」

「……おう。ありがとな、母さん」

「あ、アンタいまアタシのこと『母さん』って」

「気のせいだ。それより俺はもう寝るから、さっさと出て行ってくれねぇかな」

「はいはい。全く、素直じゃないんだから」


 そう言いながら、エリザベートは部屋から出て行く。


「ったく……相変わらずうるさい人だ」


 そう文句を言いながらも、ロートの顔は笑っていた。

 電気を消す。そしてベッドに向かい、潜り込んで眠りにつく。


 ――決戦の朝は、もうすぐそこだ。


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