第14話 『準備期間』
「「欠陥が直った?」」
「う、うん。実は、ね」
翌朝、僕は学院へ登校中、アンジェとリオに欠陥が直ったことを話した。
――ゼノさんのことは伏せて、だ。
「そう、か……。そうかそうか! やったじゃないか、シオン!」
「うん、ありがとリオ」
親友は、まるで自分のことのように笑いながら僕の肩を叩く。
「……直った……兄さんの欠陥が、直った……」
一方、アンジェは「直った」という言葉を繰り返しながら、僕の方を見ている。
その様子は何だか、呆然としたモノというか、僕の欠陥が直ることを諦めていた……いや、望んでいなかった様子に思えた。
そんなことは無いと思いながら、アンジェに声をかける。
「えっと、どうしたの。アンジェ?」
「ふぇ!? あ、いや。なんでもないですよ!? それより、おめでとうございます、兄さん。わたしも嬉しいです。これでやっと、兄さんの実力が認められるんですから」
「……ありがと、アンジェ。でも、僕はまだまだだ。まだ、魔術を完璧に使えるようになったわけじゃない」
そう。確かに僕は【同時魔核処理】を手に入れ、魔術を使えるようになった。だけど、だからと言って、【同時魔核処理】が完全に使えるようになったのではない。
今の僕の状態は、簡単に言うと『普通の魔術師』だ。二つの魔核の内ひとつを、【同時魔核処理】で抑えている状態だ。だから、魔術自体は滞りなく使える。魔術そのものは、以前のように――いや、それどころか磨きがかかったように――使える。
あの時、ゼノさんが僕の脳内にインプットしたものは、【同時魔核処理】の使い方と可能性だ。それによると、僕はまだこの力を全て使いきれているわけじゃない。僕はただ、この力の一端を使っているに過ぎないのだ。
このスキルには、まだまだ可能性が残されている。それは、あの時ゼノさんから貰った情報にも示唆されている。それに、その情報の中には、既に確立された『派生スキル』も存在している。
これら全てを使いこなすまで、僕は完璧に、完全に魔術を使えるようになったとは言えない。
「おい、シオン。どうした? 急に黙って」
「あ……いや、なんでもないよ。それよりほら、もう学院に着くよ」
「お、そうだな。……そうだシオン。この件、兄貴には俺から言っとくぜ」
「ああ、助かる」
そう言って、僕らは学院の敷地へ入っていく。
下駄箱で上履きに履き替え、アンジェと別れる。
「ごめんリオ、先行く!」
「おう、行ってこいや」
リオは笑いながら、僕を送り出す。親友のありがたみを感じながら、僕は少し急ぎ足になりつつ、教室を目指す。この時間なら、もうアイツはいるはずだ。
そして教室の扉を勢いよく開け、入る。その動作にクラスメイトの何人かが驚くが、気にしない。
僕は、目的の人物が座っている席まで近寄る。
「一週間だ、ロート」
「は?」
そして、その人物――ロート・ウィリディスに向かって、そう告げた。
「一週間、待ってくれ。そして一週間経ったら、僕とまた魔術戦をしてくれ」
――魔術戦を、もう一度して欲しいということ伝えるために。
「……どういうつもりだ、ミルファク。なんだ、まさか魔術が使えるようになったのか?」
「ああ、そうさ。だから、もう一度、僕と勝負してくれ」
「なっ――!?」
僕はロートの眼を正面から見据えて、言う。
彼の両眼は見開いている。僕が魔術を使えるようになったというのが、よほど衝撃だったようだ。それどころか、周囲の僕に対する視線までもが先ほどと一転変わったものになっている。
「嘘だろ……あの【劣等魔術師】が、魔術を……?」
「でも本人がそう言っているんだし、本当なんじゃ」
「だけどよ、この前ロートにボロ負けしたんだろ? まだあれから一週間とちょっとしか経ってないぜ」
クラスメイトが口々に、僕に対して何か言う。僕はそれを無視して、ロートの返事を待つ。
「……あァ。これだよ、俺はこれを待っていた」
ロートは小さく、そう呟くと、
「いいぜ、ミルファク。一週間後、場所は前回と同じく魔導館。――お前の挑戦、受けてやるよ」
と、笑いながらそう言った。
「ああ、ありがとう。ロート」
僕も、笑いながら彼を見る。
勝負は一週間後。
勝負自体は一週間後だが、僕の勝負は今この瞬間から始まった。
予鈴が鳴る。まるでこの予鈴が、勝負の始まりを告げているかのようだった。
***
学校が終わる。
学校という枷から外れ、ここから始まるのは、自由の時間。その時間を僕はどう使うか、答えは一つだ。
「はぁっ、はっ……。くそっ、もう一度だ!」
場所は昨日と同じく、街を一望できる丘。時刻は既に六時を回っている。空は夕焼けの赤と、徐々に始まる夜の紺色が合わさった色をしている。
僕はその場所で、一人魔術の鍛錬をしていた。ロートとの戦いは一週間後。それは長いようでとても短い。
別に、魔術戦を一週間後にしなくても、たとえば二週間後でも全然不都合はなかった。だけどそうしたのは、なぜだろうか。理由は解らないけど、一週間後じゃないと駄目だという気持ちが、漠然と僕の中にあった。
「そうしないと、取り返しのつかないことになるぞ」と僕の中の僕が言っているみたいで。
だから僕は、限られたこの時間で、できる限りの努力を積み重ねないといけない。
「――――、」
通常の魔術を使う時の勘は戻った。昨日も感じたが、やっぱり以前よりも使う時の感覚が上がっている。【魔力石】で魔術を使っていた時とは大違いだ。
「あとは、【同時魔核処理】かな」
この力を使いこなせない限り、僕はロートに勝てない。
ロートの、あの常識外な【速攻詠唱】はそれほどまでに驚異的だ。あれに対抗しうる力は、【同時魔核処理】しかない。
【同時魔核処理】は二つの魔核をひとつにする力。
魔術はイメージだ。魔核をひとつにするという感覚を忘れちゃいけない。おそらくここに、【同時魔核処理】を扱うためのヒントがある。
僕は今まで固定観念に囚われすぎていた。ロートが言うように、常識からの脱却をしないと、進歩はしない。
【同時魔核処理】にだけしか出来ないこと。それを考えないといけない。
(……魔核が二つ……魔術の常識――あ)
思考の海を泳ぐ中、ふと、僕はひとつの可能性について思い至った。
(そうだよ……これなら、多分……!)
ひとつのぼんやりとした思いつきが、明確な可能性に変わっていく。
「よし――っ」
パンッと、自分の両頬を叩く。気合充分。
「さぁ、やるぞ!」
最後に大きく声を出して僕は鍛錬を再開した。
***
「兄さん、お帰りなさい」
「おかえり、シオン君」
「うん。ただい、ま」
ふらふらとした足取りで玄関まで辿り着いて、ドアを開けると、すぐに二人が出迎えてくれた。けど、今の僕は「ただいま」を言うのがやっとで、そのまま倒れてしまった。
「ちょ、シオン君!?」
「これは……『精神疲弊』になってるじゃないですか、兄さん!? なんでこんなになるまで……」
「『魔力枯渇』じゃない分まだマシでしょ……」
「そういう問題じゃないんです! シアさん、とりあえず兄さんを部屋まで連れて行ってベッドに寝かせてください。あと念の為に手足は拘束して」
「ほいほーい。ほら、シオン君、行くよ」
「手足を縛る必要は無いんじゃないでしょうか、アンジェさん……。あとシアも担ごうとしないでいいから。部屋まで一人で歩ける」
僕を担ごうとしたシアの手を振り払って、僕は部屋に向かって歩く。その後ろを、シアがついてくる。
「えー。せっかく昔みたいに抱っこしてあげようと思ったのに」
「それは昔の話。あの頃とは違うんだから、するんだったら立場は逆でしょ」
「ふーん。じゃ、シオン君は、私が抱っこしてって言ったらしてくれるの?」
「う…………」
ニヤニヤと、いじらしいシアの視線が僕に突き刺さる。
「私はー、お姫様抱っこがいいなー」
「……そんなチラチラ見ながら言わないで欲しいな」
「えー。でもお姫様抱っこって、女の子だったら一度はされてみたいと思うよ? それにほら、私、王女様だし。私にお姫様抱っこしたら真のお姫様抱っこだよ」
「そんなセールでお得、みたいな感じに言われても」
そんな、どうでもいい他愛の無い会話が、疲れた僕の身体を癒してくれる。
シアと、こんな会話ができるということが、たまらなく嬉しい。
「それで、シオン君? どうして『精神疲弊』になるまで魔術を使ったの?」
「――――」
部屋に入り、ベッドに腰を掛けると、不意にシアがそう尋ねてきた。
僕は、一瞬だけ答えに詰まった。どう答えればいいか、解らなかったからだ。だけど、考えなくても、答えは一つしかないじゃないかとすぐに気付いた。
「――負けたくないヤツが居るから」
答えは、ただそれだけ。
「うん。じゃあ、頑張らないとね。あ、でも今日みたく無理しちゃダメだよ? 私達に心配だけはかけちゃダメ。わかった?」
シアはそう言うと、にっこり笑って、僕の頭を撫でてきた。
「ちょ、シア!」
「いいじゃんいいじゃん。私の方が年上なんだし、少しはお姉ちゃんらしくさせなさい。それに、昔もこうしてたし」
「だからそれは昔の話だってば……! というか年だって一歳しか離れてないし……」
「たった一歳でも、私の方が年上ということには変わりません。ほら、大人しく撫でられなさい」
「……納得いかない」
「もうっ。そんなとこ、ちっとも変わんないなぁ」
そう言いつつも、僕の頭を撫でる手は止めない。撫でられる時間に比例して、僕の羞恥も高まってきた。顔と耳が真っ赤になるのが、自分でもわかるくらいに。
「ふふっ、シオン君かわいい」
「こういうのって、絶対立場逆だと思うんだ……」
僕はそのまま、その後アンジェが僕の部屋に来るまでシアに頭を撫でられ続けた。
――そして、六日が経過した。