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Wizard of Defect  作者:
【第一部 運命始動】
16/38

第12話『邂逅 / 原初の魔術師』

説明回兼覚醒回。

「ゼノ・アルフェラッツ……だって?」


 眼前の人物の名前を口の中で反芻する。


 ――有り得ない。ゼノ・アルフェラッツは古代に生きた人間だ。そんな人間が、この現代に存在しているはずがない。


 僕は目の前の『ゼノ』を注視する。

 何処か中性的な容姿。金色の双眸。長く伸ばされた黒髪を、後ろでひとつに結えている。

 どこからどう見ても、この人物は、肖像画に描かれた『ゼノ・アルフェラッツ』そのものだった。


「有り得ない、って顔をしているね」


 ゼノ――と呼んでいいかわからないけど、本人がそう言っているのだから、ここはゼノと呼ぶべきだろう――は僕の驚きようが面白かったのか、微笑を浮かべながら僕に返答する。


「――そうです。貴方は古代に生きた人間のはず。なら、いまこの時間に存在するのはおかしい」

「そうさ。確かに私は古代に生きていた人間だ。既に肉体は滅びた身。現在の私は《精神体(スピリット)》の状態にある」

「なっ……!?」


 ゼノが告げた言葉に、僕は驚愕する。


 《精神体(スピリット)》。それは【物質界】――僕たち人間を始めとする様々な生物と、そこに存在する数多の、カタチを持つものがある世界――より上にある世界、【霊界】と呼ばれる場所に存在する精神体のことだ。【霊界】の上には【星界】。霊界の下には【幽界】というものがあり、【幽界】には《星幽(アストラル)》と呼ばれるモノが存在する。これを通称的に、【四階層世界】という。

 だけどそれは――。


「信じられないかい? 【四階層世界】。ましてや、《精神体(スピリット)》なんてモノが実在していることが」

「……ええ。【四階層世界】説を始めとするこれらの説は、ただの仮説にしか過ぎない。あの説が実証されたなんて話、僕は聞いたことも、見たこともない」

「けど実際に、私はこうやってここに存在している。これこそが、【四階層世界】の存在を実証していると思わないかい、シオン君?」

「――――」


 その言葉に、僕は何も言えない。

 だが、僕が【四階層世界】説を認めたとして、それでもやはり疑問に残る点がある。


「貴方が《精神体(スピリット)》だったとして……」

「うん」

「なんで、貴方は【物質界】に存在していられるんですか? ここは、《精神体(スピリット)》だと存在できないはず」


 そう。この『ゼノ・アルフェラッツ』が《精神体(スピリット)》だったとして、なんで彼が、この【物質界】に存在できるのかというのが、僕にはわからない。


 《精神体(スピリット)》はその名のとおり、ただの精神体。つまりは一種の概念が具現化したモノ……と予測されている。『ゼノ・アルフェラッツ』が《精神体(スピリット)》という存在になっているのはおそらく、彼が死後その存在に昇華したのか、あるいは彼の魔術によって、ヒトからその存在に成ったのか。

 どちらかは、わからない。

 けど、ハッキリさせておかないといけないのは、彼が今、どうしてここに存在できているという理由だ。


「じゃあ、逆に聞くけど、君は本当にここが【物質界】だと思うのかい?」

「え……?」


 質問に質問で返され、僕は戸惑う。


「周りを見てごらんよ」


 そう言われ、僕は周りを見渡す。

 そこにあるのは、先ほども見た、光を遮る障壁。僕はこれを結界魔術と推測したが――。

 そこまで考えて、僕はひとつの可能性にたどり着く。 


「まさ、か」 

「判ったかな? そう、私は今、君と私を起点に、この学院の敷地内全体に【霊界(・・)を擬似的に(・・・・)再現した結界魔術(・・・・・・・・)を展開している。【物質界】に直接干渉してしまっているから負担は大きいが、そこは経験でカバーだ。負担は大きいが、効果は凄い。だから私はこうやって存在できている。言ってしまえば、この結界内においては、君も今は《精神体(スピリット)》だ。君の肉体は、多分図書室で眠ってるんじゃないかな」


 そう淡々と告げられた言葉が、いったいどれほどの意味を持つのか、魔術師ならば誰でも理解できただろう。

 結界魔術とは、古代魔術の一種だ。

 古代魔術における結界魔術は、己が望む効果(イメージ)を具現化し、世界を侵食するというモノが本来のカタチであったが、時代の変遷につれ、その原理は指定した一定の領域に対し結界を張り、そこに付与された魔術――例えば治癒魔術であったり、攻撃魔術であったり――を展開するというモノに変わっていった。


 だが、眼前のこの人物は、正真正銘、間違いなく自分の望んだイメージを投影し、世界を侵食した。

 真の結界魔術を、この現代に顕現した。


「これで、私が存在できている理由は判ってもらえたかな?」

「は、はい……」


 頷くことしかできない。もはや、この人が『ゼノ・アルフェラッツ』というのは間違いないみたいだ。

 ならば次に聞くべきことは――。


「さて、そろそろ本題に入ってもらってもいいかな」


 ゼノ……さんが口を開く。


「私はね、君に用があって来たんだ」

「僕に……?」

「率直に聞こう。君は今、魔術が使えないね?」

「……っ!?」


 どうしてそれを。

 僕とゼノさんは、今日が初対面なはず。


「まぁそう驚かないで。私は《精神体(スピリット)》だからね。本来の【霊界】からなら、下界のことは大体わかるものさ。――見るべきモノの焦点を、ひとつに絞ればね」

「……だから、どうしたって言うんですか。確かに、僕は魔術が思うように使えないという欠陥を持ってます。でも、それは貴方には関係ないはずです」

「私がその欠陥を直せると言ったら?」

「……は?」

「私は、君の欠陥を直すことができる、そう言ったんだ」


 その言葉の意味を、僕はよく理解できなかった。

 理解できたのは、その言葉を三回ほど口の中で繰り返したあとだった。


「僕の欠陥を……直す? そんな、誰にも直せなかったこれを、見ず知らずの貴方が直せるだなんて……」

「私は最古の魔術師にして、現代に存在する(いきる)魔術師だ。それくらい造作もない……と、言いたいところなんだがね。私が君の欠陥を直せるのは、ある種奇跡と言ってもいい。なぜなら、私も同じ欠陥(・・・・)を持っていたからね(・・・・・・・・・)。」

「――――」


 今度は絶句した。

 あの『ゼノ・アルフェラッツ』が、僕と同じ欠陥を持っていただなんて、信じられるわけがない。

 震える声で、問う。


「貴方が、僕と同じ欠陥を……?」

「ああ。私が最初に魔術を使ったとき、脳内に痛みを感じた。それが始まりだ」


 脳内に痛み――つまり頭痛ということだろうか。

 僕と、全く同じだ。


「その時の私は魔術の体系化なんて考えておらず、ただ自らの技を磨くために、魔術の研究をしていた。自分を実験台にしてね。その過程で、さっき君が読んでいた、ヒトの肉体と魔術の関連性を発見したんだ」


 ヒトと魔術の関連性。それは、先も読んだ通り、【魔術回路】や【魔力】。そして【魔核(コア)】と魔術発動のプロセス。

 

(【魔核】――?)


 頭がモヤモヤする。真実の、一歩前まで来ているのに、答えが出てこないこの感覚。 

 魔術における【魔核】の重要性。そして魔術発動のプロセス。

 それらを並べて、僕は先ほど図書室でひとつの仮説を出した。だけど僕は、それを有り得ないものとして結論づけた。

 それが真実じゃないと、そう判断した。

 けど、たとえ有り得ないからと言って、それが真実じゃないというわけではない。

 そして、答えが明かされる。


「結論から言おう。君や私は【魔核(・・)が二つある(・・・・・)。だから、魔術が思うように使えないんだ」

「――【魔核】が、二つ」


 告げられた真実。それは、僕の有り得ないと思っていた答えそのものだった。

 魔術師が持つ【魔核】は、絶対的に一つしかない。【魔核】が二つだと、魔術は創れないからだ。そう、魔術学は結論づけている。それは普遍的に変わらない事実であるからこそ、僕はこの事実が有り得ないと思った。

 発想の逆転。常識からの脱却。つまりそれをしていれば、この事実にはもっと早く気付けたということだ。


「おや、意外と驚かないね」

「ええ……。若干、予想はしてましたから」


 予想はしてたとは言え、その事実に驚きは隠せない。

 

「自らの魔力で魔術を使った時に起きる頭痛――。それは、【魔核】が二つだと考えたら、説明できます」

「そう。魔術というのは、イメージを持った【魔力】が【魔術回路】を流れ、それが【魔核】を通り、流れた際に『魔術』と成る。だが、その流れるべき【魔核】が二つあったら?」

「どちらの【魔核】が、イメージを持った【魔力】を受け取っていいかわからないから、結局その【魔力】が両方に流れ、【魔核】間で暴走が起きる……そういうことですよね」

「うん。正解だ」


 満足そうな笑みを浮かべ、ゼノさんは笑う。

 つまりは、そういうことだ。

 ヒトの肉体に在る【魔術回路】というのは、心臓を起点とし血管のように全身に張り巡らせている。その回路の道程に――つまりは脳部分に――【魔核】が存在する。

 【魔術回路】というのは【魔核】を含めひと続きになっている。ということは、【魔核】が二つあったら、その部分だけ回路が分岐するというわけだ。これによって、さっき言ったような、【魔核】間での暴走が起きるというわけだ。


「そういう……ことだったのか」


 頭の中で――これまでに起きたことを含め――整理する。


「この欠陥に気付いた私は、それからかなりの年月をかけ、一つのスキルを創った」


 ゼノさんが喋る。


「一つの、スキル?」

「本来ならば一つしかない【魔核】を同時に扱う為のスキル。二つの【魔核】を、一つにする為のスキル。それが、【同時魔核処理(コア・マルチタスク)】だ」

「【同時魔核処理(コア・マルチタスク)】……」

「これを君に、授ける。そうすれば、君の欠陥は直る」


 ドクン、と。

 心臓が震えた。


「直る……んですか?」

「もちろん」

「どうして……」

「ん?」

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」


 この欠陥が直るのは素直に嬉しい。

 けど僕は、どうして眼前の人物がここまでしてくれるのかが、よく理解できなかった。


「なに、これは私の為でもあるんだ」

「ゼノさんの?」

「今、こうやって私は君に接触しているが、それは本来ならば有り得ないことなんだ。こうやって【物質界】に干渉すること自体が間違っている。そもそも、今の私は《精神体(スピリット)》だ。使える力は限られている。だから、まだ私の力が使える間に、同じ境遇の君に【同時魔核処理(コア・マルチタスク)】を伝えておきたかった。他の魔術の発達は誰でもいい。でも、このスキルだけは、君にしか伝えられないことなんだ。もし、今後私達のような人間が現れたら、今度は君が、この力を伝えて欲しい」


 そう言ったゼノさんの顔に、嘘は無かった。

 つまるところ、これは『力の継承』……という奴だろうか。


「まぁ、そういうのは建前かな。私は……いや僕は、【霊界】から君を見ていた。君の姿は、昔の自分を見ているようだった。僕の時は、まだ魔術が発達していなかったから、時間をかければ欠陥は直せた。けど君はこの現代に生きる魔術師だ。現代で生きていく上でその欠陥は、とても苦しい障害だ。だから僕は、君を助けたい」


 そう考えていたら、ゼノさんは、今度はとんでもないことを言い出した。

 一人称も、『私』から『僕』に変わっている。口調も、少し砕けた感じになっているのは、気のせいだろうか。


「え……?」

「もちろん、僕はキッカケを与えるだけだ。この力は、そう簡単に使えるモノじゃない。けどこれまで苦難を乗り越えてきた君ならば、この力を扱えると信じている。改めて言おう。シオン・ミルファク君、僕の力を、よければ受け取って欲しい」

「――――っ」


 『ゼノ・アルフェラッツ』。彼は僕の憧れだった。

 その人物から、僕の欠陥を直してもらえる。

 かの人物の力を、継承できる。

 これ以上、嬉しいことはあるだろうか。

 目尻に涙が浮かぶ。声が震えそうになる


「はいっ……!」


 けれども僕は、ゼノさんにハッキリと返事をした。


「良かった。じゃあ、今から継承を始めるよ」


 ゼノさんはそう言うと、僕の頭に自分の人差し指を当てる。


「――――、――――」


 そうすると次は、僕が判らない言語――多分、古代の言語だろう――を使って、詠唱する。


「……ッ!!」


 頭に様々な情報が一気に流れ込む。それが脳内でどんどん整理されていく。


 発動句。詠唱。無数の数式。演算処理能力の変化。思考の高速化。

 

 情報は僕の脳内に記憶され、能力は身体に記憶される。


「あがっ……ぐっ……ああっ!!」


 まるで脳が焼けるかのような、鋭い痛み。

 これまでの頭痛など、比べ物にならない。

 

 ――耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろっ!!


 歯を食い縛る。握り締めた拳からは血が滲み出ている。

 そうして、数分は経っただろうか。痛みの波はやがて引いていき、それは力の継承が終わったことを意味していた。


「……これで終わりだ。よく耐えてくれたね」

「はあっ、はぁっ。これくらい、どうってことありません……」


 嘘だ。本当は立っているのもやっとなくらいだ。ゼノさんも、それが見栄だとわかっているのか、何も追求してこない。


「おっと。どうやらタイムリミットみたいだ……。じゃあシオン君。僕はこれで消えることにするよ」

「あっ……。えっと、その……ありがとうございました」

「礼なんて要らない。君は僕の力で、これからを生きてくれ」 

  

 ゼノさんは、僕にそう告げ終わると、僕の体をドンと押した。

 

「さらばだ、シオン君」


 結界が音を立てて崩れていく。いや、これは僕の精神があるべき元の場所に戻ろうとしているのだ。それが、僕の視点からだと結界が崩れているように見えるだけ。


「あの、ありが――」


 僕が再度、ゼノさんにお礼を言おうとした瞬間、世界が暗転した。


(――――――ぁ)


 視界がブラックアウトするその瞬間、僕は視た。

 ゼノさんが、さっき語ったモノとは違った、別の思惑を含んだ笑みを浮かべているその瞬間を。


 だけど、それが僕に記憶されることは無かった。

 

 こうして、僕とゼノ・アルフェラッツの邂逅は幕を閉じた。 

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