第09話『再会』
「……と、いうわけなんだよ」
「はぁ……。事情は、わかりましたけど。それでも、とても偶然とは思えません。まさかたまたま助けた人が――」
「僕と幼年期を共に過ごした少女だった、なんてね」
時刻は八時過ぎ。
僕はあの後、彼女を伴って家へ帰宅していた。そして今、アンジェにその事について説明している。彼女は今、お風呂に入っている。
「それに、襲った輩が王国魔導師団ということにも些か疑問を感じます。ここはお父さんに連絡してみるべきでしょうか?」
「そうだね。僕としても疑問だらけだし、父さんに連絡した方がいいかもしれない」
「わかりました。それでは、明日にでも手紙を書いて送っておきますね」
「うん。ありがとう、アンジェ」
やはり出来た妹だ。……何故か先程までフリーズしていたけど。
「さて、とりあえずは……」
「当の本人に話を聞く、ですか」
ギギィ、とドアが開く音がする。どうやら彼女は、風呂から上がったようだ。
しばらくして、彼女は現れる。
火照った体。水に濡れた緋色の髪。その輝きは、先ほど会った時よりも輝きを増している。否、取り戻したと言うべきか。
「お風呂、ありがとう。シオン君」
「……う、うん。湯加減は大丈夫だった、シア?」
彼女――シアは、微笑みを浮かべながら、僕に話しかけてくる。
……まずい。直視出来ない。
約十年越しの再会だからか、やはり緊張する。
彼女と再会したことで思い出した記憶も相まって、僕の心拍数は上がりっぱなしだ。
――それ以前に、僕がずっと想っていた少女なのだ。緊張しないわけがない。
「……兄さん」
「え、ああ。そうだった。とりあえずシア。そこに座ってよ」
「うん」
いきなりアンジェに肩を揺すられてびっくりしたが、しかしそれのおかげで落ち着きを取り戻す。
「それでは、聞かせてもらいましょうか、シアさん……でしたっけ」
「ん、そうだよ。そういう貴女は、アンジェちゃん。だったよね」
「はい。アンジェ・ミルファク。兄さんの妹です。さぁシアさん。ちゃんと、包み隠さず、全て話してもらいます」
「はは……。まぁ、それに関しては元々そうする気だったし、全然いいんだけど。でもその前に」
「どうしたの?」
「改めて。久しぶり、シオン君」
「――! うん。久しぶり」
ああ。
この言葉で、本当に会えたのだと実感した。
「それじゃ、説明するね。私に十年前、何があったのか。そして今まで何をしていたのか」
ひとつ、呼吸。
そしてシアは口を開く。
「私の名前は、シア。――シア・シーベール。シーベール王国第一王女。それが、私の正体」
「……は?」
「……え?」
告げられたその言葉を理解するのに、僕達はかなりの時間を要した。
「えっと、シア。それって、本当のこと?」
「うん。そうでないと、なんで王国魔導師団の人が私を捕まえに来るのって話になるじゃない?」
「あ……そうか」
なるほど。合点はいく。
「でも、十年前、だったらなんで君はフリュンにいたのさ? 十年前、君は僕達と一緒に暮らしていた。そして突然居なくなった。父さんからは、引き取る相手が見つかったからって聞いたけど、まさか……」
「まぁ、そういうことだよ。そこも順を追って説明していくね」
そう言ってシアは姿勢を正す。ここからの話は、とても大事なことになりそうだ。
「十年前、私はキミ達のお父さん――グレンさんに連れられて、フリュンに来た。そしてその後の数年間、シオン君達と一緒に時間を過ごした」
「でも、君は突然僕達の前から去った。そして僕も、君のことを忘れていた」
「それに関しては仕方ないよ。キミのお母さん――アイリスさんが、君の記憶を少し弄ったからね。私との思い出を全て曖昧な物にしたんだよ」
「記憶は曖昧に、名前は完全に忘れさせてね」と、シアは申し訳なさそうに言う。
つまり僕は、シアとの思い出を曖昧に――僕が今まで感じていた、靄がかかったような状態――にし、「シア」という名前は完全に忘れさせられていたということか。
けど僕は、こうやって思い出せた。ということは、記憶復活はシアとの再会をトリガーとしていたのかもしれない。
「いったい、何のために」
「それは勿論。私という存在を秘匿するためだろうね。王女様だ、ということをシオン君に覚えられたままだったら、王国側としては何かと不都合だったんでしょうね」
「うーん。そう、なのかな」
「ひとつ、いいですか」
突然、アンジェが口を挟む。
「いいよ。何かな、アンジェちゃん」
「兄さんの記憶のことも気になりますが、その前に。話は戻りますけど、貴女は王女様なんですよね? だったら、そもそも何故、十年前フリュンに来たんですか? お父さんに連れてこられたというのは理解しました。でも、普通は王宮にいるのではないのですか?」
そうだ。
シアが本当に王女だと言うのなら、なぜ、彼女はフリュンに来たのだろう。
「あー。実は、ね。当時のシーベール王室……まぁ、私のお父様の話になるんだけど、その当時、王室ではちょっとしたいざこざがあったわけ。で、そのいざこざに巻き込まれないよう、お父様が当時王国魔導師団長だったグレンさんに頼んで、いざこざが終わるまでフリュンに連れて行かれたというわけなの」
「そして、それが終わったから、お母さんは兄さんの記憶を消して、シアさんは王都へ戻ったというわけですか」
「そういうこと」
これで、十年前何があったのかは理解出来た。
随分と、あっさりしたものだったが、シアと再会出来たということだけで僕は嬉しい。
……でもなぜだろう。さっきのシアの言葉が、作り物めいたように感じられたのは。
「では、貴女はどうして、今日、王国魔導師団の人に追いかけられていたのですか?」
そして次に話すべきは今回のこと。
僅かな沈黙。その沈黙は、シアの心境を語っている。
「私は、逃げてきたの。王国から」
そして彼女は、言葉を告げた。
「逃げてきた……?」
「うん」
「いったい、なんで?」
「私は、籠の中の鳥だった。自由もなく、ずっと縛られて、ただ生きるだけの日々だった。そんな日々が、たまらなく嫌だった」
「――――――、」
「だから、私は逃げてきた。キミに会うために。私は、ずっとキミに会いたかったの、シオン君」
「……シア」
「キミを巻き込んだのは、本当に申し訳ないと思ってる。ごめんなさい。でも。それでも、許してくれるというのなら、」
「いいよ」
「え……?」
「約束したんだ、ラヴァさんと。君を守るって。だから、」
言葉を区切る。
実のところ、ラヴァさんの言葉の意味を本当に理解したわけじゃない。
いったい何から彼女を守るのか、彼女はこのままで本当にいいのか。いろいろなことが、頭をよぎった。
そもそも、彼女を狙っていた人物その人から、「シアを守れ」なんて言うのも変な話だ。変な話だけど、ラヴァさんが嘘を吐いている気はしなかった。なら僕も、僕を信用したあの人を、信じなきゃいけない。
だったら、今言うべきことはこれじゃない。
十年前のように、僕は彼女に、言ってあげなくちゃいけない。
「おかえり、シア」
「――――! うん、ただいま、シオン君」
その時見せた彼女の笑顔は、とても綺麗な、花のようだった。
ここで一応折り返しです。
五万文字にしてやっとヒロイン登場で本当申し訳ありません。自分の技量不足です。
一応、第一部までは十万文字を意識して書きますが、それ以降は文字数を気にせず書いていこうと思います。もしかすると、第一部も文字数を気にせず書くかもしれません。