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Wizard of Defect  作者:
【第一部 運命始動】
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第08話『邂逅 / 約束の少女』


 闇の街を、少女は走る。

 学究都市アルサティアと言えど、この時刻となれば人も少ない。

 それ故に、少女を捕まえようとする者達にとってはこの状況は好都合だった。


「もうっ……! しつこい、のよっ!!」


 思わず声を荒げる。が、状況は依然として変わらない。このままでは、捕まってしまうのは時間の問題だろう。


「ここまで来て、捕まってたまるものですか……!」


 走る。それ以外の選択肢などない。

 緋色の髪がなびく。その髪は静まり返った夜の街に(あか)く煌く。

 

「――――ッ!」


 背後から気配を感じ、咄嗟に横へ飛び退く。刹那、数瞬前まで彼女が居た場に、幾条もの雷が降り注いだ。


「【雷光(ライトニング)】……!? ということは……!?」

「見つけましたよ」


 突如、暗がりの中から声が聞こえた。

 ゆっくりと振り返る。そこに居たのは、一人の長身の男性だった。藍色の髪色。顔付きは整っており、そのルックスも相まって、立っているだけでその気品さを醸し出している。

 しかし、最も特徴的なのは、その服装だろう。黒を基調としたロングコート。その姿はまるで闇を暗躍する鴉のよう。コートの胸元にはこの国を表す紋章――九芒星のエンブレムがあしらわれている。

 その姿はつまり、眼前の人物が王国魔導師団ということを表していた。


「ラヴァ・シャサス……!」

「そんな眼で私の名を呼ばれても、あまり嬉しくはないですね」


 そう肩を竦めながら眼前の魔術師――王国魔導師団長、ラヴァ・シャサスはスッとこちらを見つめる。


「貴女が逃げ出してからはや一週間。よくもここまで逃げおおせたものです。まさか王都ではなくアルサティアの方に来ていたとは」

「ラヴァ……。貴方、私をここで捕まえるつもり、なんて聞くまでもないか」

「勿論です。私は王国魔導師団の団長としても、貴女を幼少から知る者としても、ここで貴女を捕まえて王都へ連れ帰ります」

「……そう。ならっ――!」

 

 ラヴァに捕まるまいと、少女は抗おうとする。


「《炎霊よ・我に力を・其は燃え続ける炎・其は愚かなる意志》――【炎霊の愚火(イグニス)】」


 ――『魔術』という手段を使って。


「四節詠唱魔術、【炎霊の愚火(イグニス)】ですか。決して消えない炎を出し続ける、至って単調な魔術ですが、なるほど。たとえ殺傷能力自体の性能は低けれど、敵を足止めするには充分な魔術です。ですが――」


 ラヴァは動かない。このままでは、もろに【炎霊の愚火(イグニス)】を喰らってしまうだろう。

 少女は魔術発動と同時に走り出していた。理由は【炎霊の愚火(イグニス)】を使ったからではない。


「――私も、舐められたものです」

 

 ラヴァ・シャサスという魔術師が、自分の魔術では敵わないと、解っていたからだ。

 

 【炎霊の愚火(イグニス)】がラヴァに被弾する。しかし案の定、彼がダメージを負った形跡はない。

 しかし、時間は稼げた。既に彼我の距離は約一〇〇メートル。元々距離はおよそ五十メートル離れていたので、計算上では数秒で五十メートル移動したことになる。

 

「あぐっ!」


 だが、足りない。どんなに速くても、いくら距離を稼いでも、ラヴァ・シャサスという魔術師には到底敵わない。

 刹那の間に、およそ一〇〇メートルあった距離を詰められる。そしてそのまま、魔術による肉体強化が施された、彼の掌打が、少女の身体に打ち込まれる。


「少々手荒ですが、ご無礼お許し下さい。このまま拘束します」

「う……ぁ。いや、よ……」


 小さな、か細い声で少女は抵抗しようとする。だが、ラヴァはそれを意にも介さない。ただ無感情に、少女を拘束する。


(――あぁ。私、ここで捕まるのか)


 あの場所から逃げ出してから一週間。ここまで逃げてこれた事自体が、そもそも奇跡だったのだ。

 夢は、終わる。約束を果たせないまま。

 今はもう、果たせない約束かもしれないが、それでも少女がここまで来たのは、ひとえにあの時の約束があったから。

 だけど、それ以上に――約束を果たすこと以上に――強く願ったことは。


(私は、ただ……) 


「! 一体なんだ!?」


 突如、ラヴァが驚いたような声を出す。彼が驚くようなことだ。想定外のことが起きたのだろう。

 掌打を打ち込まれたせいか、意識が朦朧とする。もう、まともに思考することさえままならない。

 沈んでいく意識の中、少女が見たものは。


「――――シオン、君」


 幼い頃の、憧憬だった。



 ***


 

 模擬魔術戦が終わった後、僕はリオと帰路についていた。そしてそのリオとも、つい先程別れた。

 そして一人で帰宅している最中、僕はある異変に気付いた。


「魔力の残滓……?」


 魔術師という者は、誰ひとり例外なく、魔力の反応に敏感になる。それは大なり小なり差はあれど、そこに魔力という存在があれば、それを感知することが出来る。もっとも、それは個人差はあるが、僕は生まれつき魔力感知が人より優れていた。劣等魔術師の僕が人より優れている所と言えば、これくらいかもしれない。


 少し気になった僕は、その魔力の残滓を辿ることにした。

 何も特別気になった訳ではない。ただ、なんとなく。強いて言えば、直感的にそうしなければならないと思ったからかもしれない。

 そうして辿り着いた先で見たものは、一人の長身の男が、一人の少女を一方的に拘束しようとしている場面だった。


「――――ッ!」


 考える間もなく、体が動いていた。

 ポーチから魔術石を取り出す。選んだ物は、風属性。


「【突風(ゲイル)】!」


 風属性初級魔術【突風(ゲイル)】。

 突風という名の通り、その場に風を巻き起こす簡単な魔術だ。初級魔術ではあるものも、その威力は初級魔術の中では比較的強い。

 

 【突風(ゲイル)】を発動すると同時に、走り出す。

 そのまま男の横を通り過ぎると、すぐに倒れていた少女を抱える。抱えた際、脈拍を確認する。どうやら命に別状は無さそうだ。それだけを確認すると、少女を壁にもたれかける。

 行動開始からこの間、僅か三〇秒。相手からしてみれば、一体何が起きたのか判らないだろう。

 そして僕は、目前の男と相対する。


「ふむ……何が起きたのかと思えば、まさかの邪魔が入るとは。しかも魔術師に」

「貴方は、一体何者だ。なぜこの()を拘束しようとしていた?」

「事情も知らない輩が口を出さないで頂きたい。そして、このままお帰り願いたい。私も職業柄、民間人には手を出したくないのでね。見たところ、君はシーベール国立魔術学院の生徒のようだ。将来の可能性がある人材を失いたくはない」

「断る」

「なに?」


 男の申し出に、僕は即座に答える。


「退く気はない、と言った」

「正気ですか、少年? 君、私が誰か判っているのですか?」

「……ああ」


 男を直視した時から気付いていた。

 黒のコートに、九芒星のエンブレム。言われなくとも、彼が王国魔導師団の人間だということは理解していた。

 

 ――父の姿を、ずっとこの眼で視てきたから。


 だけど。


(僕はもう、間違いたくはない――ッ)


 なぜ、王国魔導師団の人間が少女を拘束しようとしていたのかは解らない。

 けど、僕は、選択を誤って、そして目を背けて行きたくはない。

 そう誓ったんだ。


「……仕方ない。殺しはしませんが、忘れてもらいます。少年、覚悟しなさい」

「――――――っ」


 流石は王国魔導師団ということか。彼が放った気迫に、思わず呑まれる。


(――恐れるな。戦え)


 魔力石を手に握り、構える。

 相手の詠唱の声が聴こえる。一触即発の空気。どちらかが動けば、戦いは始まる。


「―――【忘却された(ロスト)――」


 刹那、金属を響かせたような音が鳴った。


「なんだ!?」


 相手の魔術による現象ではない。発動仕掛けた魔術は既に魔力となって霧散している。

 ならばこの音は――。


「呼応石……。なぜこのタイミングで」


 苦々しげに、自らのコートに手を入れている男の姿が見える。どうやらあの音の出処は、男の持っていた呼応石によるもののようだ。   


「はい、ラヴァです。――――今、なんと?」


 何をそんなに驚いたのか、男は目を見開いている。

 今彼に攻撃すれば、隙を突けるかもしれない。それは咄嗟に思いついたが、しかし男に隙は無い。今も呼応石に応答しているが、その姿に隙は微塵もない。

 だから僕は、こうして構えておくしか出来ない。逃げるなんて、もってのほかだ。


「――退却しろ、ですか? 一体なぜですか? 今ここで彼女を捕らえておかねば……。いえ、ですが! ……何? それは本当ですか? ……解りました。主のその言葉を信じます」


 呼応石の光が消える。それは、交信が終わったということだ。


「少年。事情が変わりました。私は退却します」

「え……?」

「ですが、一つ誓って下さい。――彼女は、貴方が守ると」

「――――、」


 彼の言っている言葉が、一体何を意味するのか、よく解らなかった。

 けど僕は。


「――はい。僕が、守ります」


 自然と、その言葉を口にしていた。


「よろしい。私は、貴方の眼を信じましょう。それでは」


 そしてラヴァさんは――呼応石での交信でラヴァと名乗っていたから、名はラヴァなのだろう――そのまま僕に背を向け、ここから立ち去った。


「僕が守る、か」


 壁にもたれ掛かっている彼女へ足を進める。

 屈んで肩を揺する。

 

「あのー、大丈夫?」

「ん……、」


 肩を揺すったおかげか、彼女は意識を取り戻したようだ。

 

 静かに、闇の包まれた街に月の光が差す。

 だから、気付いてしまった。


「緋色の……髪」


 ドクン。

 心臓が跳ねる。ドッドッドッと、鼓動が止まない。

  

「ん、いたた……。あれ、ラヴァは……?」

 

 鈴のような、響く声。

 それは間違いなく聞き覚えのある声で。


「あぁ……ぁ……!」 


 溢れ出す。記憶の波が。

 忘れていたモノを次々思い出していく。

 それは幼き日の憧憬。僕と彼女が過ごした日々。

 ――約束の記憶。


「あれ……キミは」


 ――あぁ。そうだ。どうして、忘れていた。

 

 肩口まで伸ばされた緋い髪。空のような、蒼穹の双眸。 

 

「うそ……でしょ。どうして、キミがここに」


 そう。君の名前は――。

 


「――――シア、ちゃん」

「――――シオン、君」



 ***

  


「はぁ……」


 兄を追いかけて学院に行き、そして魔導館から帰宅したアンジェはひとり、溜め息を吐いていた。


(本当に……兄さんに恋人がいるんでしょうか……)

 

 シオンのあの言い回しは、そうだとしか思えない。というか、それ以外有り得ない。


 一度決めつけたら、中々改めようとしない。それはアンジェの唯一と言っていい欠点だった。


(そもそも! どうしてわたしはこんなに動揺してるんです! わたしなんかが兄さんの恋路に口を出す権利は無いでしょうに)


 しかし、あの時感じた痛み――感情は、一体何なのだろうか。

 今も、この事を考えると、胸が痛くなる。


「わたし……どうしちゃったんでしょうか」


 小さく、呟きを漏らす。そして、夕食の準備の続きをしようとして、椅子から立った矢先。


「ただいまー」

「~~~~~~~~っ!?」


 兄の、帰宅する声を聞いた。


「にににににに兄さんが帰ってきました。とりあえず玄関までお出迎えにって、どうしてこんな動揺してるんですわたし!?」


 泣き言(?)を漏らしながら、玄関までシオンを迎えに行く。

 そして、玄関の前まで来た瞬間、アンジェは固まった。その理由は、明白だった。


「や、やぁアンジェ。た、ただいま……」

「おじゃま……します」


 シオンの後ろには――具体的に言えばシオンの制服の裾を引っ張りながら――緋色の髪の少女が立っていた。


 ――兄さんが、女の子を家に連れて来ました。


 その事実は、アンジェの思考をフリーズさせるには充分すぎた。


 

「えええええええええええええええええええええええ!!??」 


 

 ――その夜、アルサティアの街にアンジェの叫び声が響き渡った。

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