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Wizard of Defect  作者:
【第一部 運命始動】
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第07話『キッカケ→決意』

 古い記憶を見ていた。

 それは僕が今まで、目を逸らし続けたモノ。

 僕が、僕で在り続ける為に、逸らし続けたモノ。

 あの日も、いつもと変わらない日のことだった。

 寒い、冬の日のことだった。


 半年前のあの日、僕はアルカディアの人間と接触し、そして窮地に陥った。

 戦う術があった。けど、僕は愚かにも戦わなかった。――いや、逃げ出したのだ。


 僕は、この学院に入学した時から――いや、ともすればもっと以前から、無意識の内に『強くなる』ことを諦めていた。それは揺るぎようのない事実であり、認めなくてはならない事実だ。 

 僕があの時、魔術石に魔力を込めなかったのは、そんな成長を諦めていた自分に嫌気が差し、いっそ死んでしまおうとしたから……いや、違う。


 僕が戦わなかったのは、僕では、アルカディアの人間に魔術石や魔力石を使っても敵わないって戦う前に気付き、そして諦めたからだ。ロートのような、優秀な魔術師ならば、勝機はあった。けど、僕のような紛い物の魔術では決して勝てない相手だった。その不安は、彼に首を掴まれた時に確固たる事実となった。

 だから、死んでもいいとそう思った。むしろ、そうしてくれた方がいっそ良かったかもしれなかった。

 このまま生きても、魔術が使えないままならば僕は一生【劣等魔術師】のままだ。そして、その欠陥も治る見込みはない。だったら、あのまま死んだほうが良かった。あの時――ロートに僕の表情の様子を告げられた時――僕があんな表情(かお)をしていた理由は、そういうことだ。


 けど、僕はこうして生きている。しかし、あの時ロートに気付かされた事実は、それまでの僕の在り方を揺らがす物だった。

 シオン・ミルファクという魔術師にとって、それまで過ごしてきた日常は、何事にも代え難いモノだった。劣等者の自分が求めた物は、ただそれだけだった。

 だから僕は、その事実に鍵をかけた。それまでの日常を守るために。その代償として、ロートとの友情を失った。

 それは、今から考えてみれば愚かな行為だったと思う。あの時に、きちんとその事と向き合っていれば、こんなことにはならなかった。だが、今更なにを言っても後の祭りだ。

 

 目を、閉じる。

 何も視えないというのは、まるで暗い海の中にいるようだと、場違いだがそんなことを思ってしまう。

 仮にここが海の底だというのなら、僕はこのまま底へと沈んでいくのだろうか。

 このまま底に沈んで、そこで朽ち果てるだけなのだろうか。


 ――なんて惨めで、無様なんだ。

 

 ロートになすがままに模擬魔術戦で敗北した挙句、僕という人間の本質を二度も突きつけられた。いや、気付かされた。

 

(……そうだよ。僕は……)


 ――何の為に、強くなると誓った。

 

 このままでいいのか。立ち止まったままの僕を、動かそうとしてくれたのは他ならぬロートだ。

 もう、目を背けているだけの時間は終わりだ。

 このまま、立ち止まったままでいるのは――ロートの意志に背け続けるのは、彼の願いに反する。

 思い出せ。僕が強くなると誓った理由を。

 

 ――僕は、××の為に、強くなるんじゃないのか。

 ――約束を果たす為に、強くなるんじゃないのか。


(這い上がれ)


 暗い海の底で、藻掻く。藻掻いて、藻掻いて、地上を目指す。

 そして見えた光へ、手を伸ばす。

 あの光は、一体何なのだろう。わからないけど、とても暖かい。

 伸ばした手が、光に触れる。そして、気付いた。


(――ああ、これは)


 約束の記憶だ。

 ――××との、約束の記憶だ。


 迷いはない。

 そして僕は目を開けた。


 ***


「――兄さん!!」

 

 ゆっくりと、瞼を開ける。

 そしてまず耳に入ってきたのは、最愛の妹の声だった。

 視線を魔導館の入口へ向ける。肩で息をするアンジェの姿があった。


「アン……ジェ」


 今の僕の姿は、アンジェの目にはどう映っているだろうか。何故アンジェがここにいるのかは判らないが、聡明なアンジェのことだ。僕が模擬魔術戦をすることは、知っていたのかもしれない。いや、そうでなくとも、この魔導館の惨状と、現在の時刻を鑑みればこのことに行き着くのは容易いだろう。

そこで僕は、自分の体が手当されていることに気付いた。どうやらロートにやられた傷はそこまで深くはなかったらしく、医務室まで行く必要はないとオルフェ先生が判断したのだろう。簡易な応急手当だけされてーーリオが傍にいたこともあってかーー僕はそのまま魔導館の床に寝かされていたようだ。その証拠に、オルフェ先生のコートが僕に掛けられていた。

僕のすぐそばの壁際の方にはリオが居た。しかし、オルフェ先生の姿は見当たらなかった。どうやら、僕はあの後結構長い時間目を瞑っていたようだ。意識を失っていた、という方が正しいかもしれないが。

 アンジェは僕の許まで駆け寄ってくると、僕の体を抱き起こし、そして辺りを見渡す。瞬時、アンジェの眼に悲しみの色が宿った。

 

「本当に、魔術戦をしたんですね、兄さん」

「……うん……」


 小さな声で、アンジェは呟く。その呟きに、僕はしっかり返事をした。


「………んで」

「え?」

「――なんで、ですかっ!? 兄さん!!」


 思わず声を荒らげる。そんなアンジェの様子に、僕は勿論、リオも驚いた。


「学院で兄さんが模擬魔術戦をするという噂を聞いて、わたしがどれだけ心配したか、わかってるんですか!?」


 ぽたり、と。

 アンジェの両の目から、涙が零れ出た。


「……アンジェ」

「またあのときみたいになったらどうしようと、どれだけ思ったか……」

「……うん。ごめん、心配かけて」

「ほんっと、ですよ……」


 ポン、と。決して嗚咽は漏らさないが、それでも泣き続けるアンジェの頭を僕は撫でる。

 昔からこうだった。

 感情を表に出すようになったアンジェが今みたいに泣くと、僕は決まってアンジェの頭を撫でて、泣き止むのを静かに待っていた。そしてそれは、今回も例外では無かった。

 ただ静かに、アンジェが泣き止むのを待つ。

 それから暫くして、アンジェは泣き止んだ。右手で涙を拭うと、アンジェは先ほどと一転した、キリッとした表情で、僕と向き合う。


「説明してください。どうして、こうなったのか」

「うっ。やっぱ、言わなきゃだめ?」

「ダメです」


目線だけで説明を促すアンジェ。その視線を直に受けながら、僕は思案する。


(さて、どうやって説明しようか……)


表情には努めて出さないようにしているが、僕の内心はかなり焦っていた。


(まさか、ストレートにアンジェのため、だなんて言えないしなあ…)


面と面を向かって言うのは、いささか恥ずかしい。

オブラートに、且つアンジェに伝わるようなニュアンスで説明するには、と考えを模索する。


「えっと、クラスメイトにね。僕にとって大切な、とても大事な人のことを傷付けられたから、それを撤回させるために、僕は模擬魔術戦をしたんだ」

「えっ……!?」


どうにかこうにか考えを張り巡らせて考えた説明を聞いて、何故かアンジェは表情が驚愕で染まっていた。


(僕、なんか言葉を選び間違えたかな――!?)


 アンジェはぶつぶつと、小さく何か呟いているが、あまりにも小さすぎるその呟きはよく聴こえなかった。


「……兄さんに大事な人……? いえ、しかしそのようなことはまったく聞いたことがないですし……」

「あのー、アンジェ? 僕、なんか変なこと言ったかな?」

「いっ、いえ! なんでもありません、はい!」


 僕が恐る恐る声をかけると、アンジェはひどく動揺した様子で立ち上がった。


「あ、そうだ兄さん! わたし、夕食の準備があるので、先に戻りますね、それでは!」


 言い終わるや否や、アンジェはすぐさま魔導館の出口に向かった。


「あっ、アンジェ! ちょっと待ってよ!」


 僕が呼びかけるも、アンジェはそれを意に介さず足早に出て行った。そうして、僕とリオだけが、魔導館に取り残された。


「……ねぇリオ」

「なんだよ?」

「僕、アンジェの気を悪くするようなこと言ったかな?」


 いきなり魔導館に、今回の模擬魔術戦の発端となった人物が現れたかと思えば、今度はすぐに何処かへと行ってしまった。絶対怒られる、と半ば確信していたけど、恐れていた説教も起きず、なにがなんだか分からずじまいだった。

 ただひとつ、気になることは、


(さっきのアンジェ……なんであんなに悲しそうだったんだろう)


 立ち去る時のアンジェの表情がフラッシュバックする。驚愕、というより、ショックに満ちたあの表情。

 あんな表情のアンジェを見るのは何時ぶりだろうか、と思う。早く帰って本人に理由を聞きたいが、それを聞いてしまったら、何故だか駄目な気がした。


「あー……自覚なしかよ、お前」

「え、どういうこと?」

「あーいや。なんでもない。とりあえず、お前も帰ったらどうだ? アンジェの様子も気になるんだろ?」

「うん、そうするよ。ありがと、リオ。それと、ごめん。君にも迷惑をかけちゃったね」

「なに、気にすんな。それより、シオン。明日から忙しくなるぞ」

「え? なんで?」

「魔術の特訓さ。今のままだと、授業だけじゃいつまで経ってもロートには追いつかないだろ」


 いきなりのリオの申し出に、僕は驚く……というより何故? と感じた。

 

「目だよ、目。お前の目が、模擬魔術戦の前と違うんだよ。自覚はないかもしれねぇけどな。今のお前の目は、勝利を望む敗北者の目だ」

「――――っ」

「ロートの言葉に火がついたか? なら、やってやろうぜ。俺も付き合うからさ」

「……うん!」


 何も言わなくても通じるあたり、やっぱりリオには敵わないな、と。

 僕はいたずらに笑う親友の姿を見返しながらそう思った。

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