交流会1
「ではこれで交流会の説明を終わります」
クラス委員の北山光晴がそう言って席に戻った途端、教室は喧騒に包まれた。
主に女子は、交流会がパーティー形式ではなく鬼ごっこになったことに対する文句で、男子はだれが逃げ切れるか、誰と行動するかで盛り上がっていた。
鬼ごっこ。
咲弥は喧騒の中、一人頬杖をついてぼんやりしていた。
光晴が説明した交流会の内容はこうだ。
例年生徒会が主催する交流会は、全生徒がクラスや学年を越え、幅広い交流を持つために行われている。
ここ数年、交流会はパーティー形式で行われていたのだが、今年は会長の一声で鬼ごっこに決定した。
鬼ごっこのルールはシンプルだ。
フィールドは寮周辺を除く学園全体。
鬼は上級生、逃げるのは一年生および生徒会役員。
逃げ切った一年生には「特別権利」が与えられ、生徒会により常識の範囲内での願い事が叶えられる。
反対に捕まった一年生は、鬼が所属するクラブおよび委員会に二週間の仮入部が強制されるという。
「あの……」
ふと、誰かが咲弥の席の前に立った。
視線を上げると、凛華と数人の女の子が立っていた。
「なに?」
また何かしでかしたのだろうか。
咲弥が首を傾げて尋ねると、胸の前で両手を合わせた凛華が、告白でもするかのように頬を真っ赤に染めてこう言った。
「もしよろしかったら、交流会、私たちとご一緒しませんか?」
凛華の言葉に咲弥は目を瞬いた。
一切咲弥のことを無視し続けていた凛華たち女子Aグループが、一体どういう風の吹き回しだろうか。
驚いたのは周囲も同じで、後ろで騒いでいた雄大たちも口をつぐみ、あれほど喧騒に包まれていた教室には一瞬、静寂が訪れた。
「ななに言ってんだよ、おめーら。山田は俺たちと一緒に行くんだよ!」
静寂を破ったのは雄大だった。
いきなり後ろから咲弥の肩に強引に手を回し、凛華たちを睨みつける。
「え? なに? そんな約束……」
「まあ!! 仮にも咲弥さまは女性ですわよ! 馴れ馴れしく触らないでもらいたいわ!」
「なんだと!! 山田と俺とは親友だからな! 男とか女とかカンケーないんだよ!」
「あの……。ちょっと」
「本当に、なんて野蛮でおバカなんでしょう。咲弥さまがお可哀そうです。早くその手をお離しなさい!」
「野蛮でおバカって……! 言わせておけば調子に乗りやがって!!」
咲弥を挟んで睨みあう二人は、どんどんエスカレートしていく。
ありさが凛華の向こうから、心配そうな目で見ているのが見えた。
「おい。やめろよ。雄大」
クラス委員の光晴が仲裁に入ろうとするが、興奮した雄大はその手も跳ね飛ばした。
「大体、こいつら最初から気に入らねえんだよ! 女だってことだけで偉そうに! なんであとから入ってきたこいつらに、見下されなきゃなんねえんだよ!」
雄大の怒りに傍観していた男子の中から同調の声が上がりだす。
同様に凛華たちの怒りもヒートアップする。
「仕方ありませんわ。それなりの扱いを受けたいのであれば、それなりの教養を身につける必要があるのですわ。睦月さまという素晴らしいお手本があるのに、それに近づく努力をしないあなたたちには、それ相応の扱いしかできませんわ」
「はあっ!?」
咲弥の背後で雄大の怒気が膨れ上がった。
瞬間。
咲弥は肩にかかった雄大の手を振り払い、立ちあがった。
静かに咲弥は雄大の目を見つめる。
燃え盛る怒りが、不審に揺れ、やがて治まっていくまで。
「俺は誰とも一緒に行動しない」
咲弥は静かにそう宣言した。
「そんな……っ」
悲鳴のような声を上げる凛華を振り返り、咲弥は静かに微笑む。
「ごめんね? 俺、集団行動は苦手だから」
そうきっぱり言われてしまえば、凛華には何も言うことが出来なかった。
先程までの勢いを失い、しゅんと項垂れて席に帰っていく。
それを見届けて、咲弥は腰を下ろして、後ろの席を振り返った。
「という訳だ。悪いな、雄大」
「……勝手にしろよ」
「なになに? 雄ちん、そんなに山田と一緒に行きたかったの~?」
「るせー。要。ほっとけよ」
雄大の隣の席の男子が、からかうように言って、教室にざわめきが戻ってきた。
「俺ってやっぱり」
「え?」
微かに漏れた咲弥のつぶやきを、耳ざとく聞きつけ雄大が聞き返す。
「あ、いや。なんでもない」
咲弥はあやふやに笑って、前に向き直った。
『俺ってやっぱりトラブルメーカーだよね』
苦い思いを噛みしめながら、咲弥は心の中でぽつりとつぶやいた。