咲弥の学園事情4
「あれれ~。どこに行っちゃったのかと思えば、こんなところで可愛い子と逢い引き~? 朝霧ちゃんもやるねえ」
「あ~ 見つかっちゃったか」
一体どこから湧いて出てきたのか。
咲弥と雅が座るベンチの前に現れたのは、すらりとした体つきに甘え顔のイケメン。
入学して早々の咲弥でも、顔と名前の一致する数少ない上級生。
生徒会長の幸田睦月だった。
「で? この可愛い子とはどういう関係?」
するりと、猫を思わせるしなやかな動きで、睦月が咲弥の隣に腰を下ろす。
それなりに身長があるのに、それを感じさせない動きだ。
「えっとね、購買で会って、一緒にご飯を食べてたのよ」
「ふーん。購買で会って、ね。警戒心の強い朝霧ちゃんにしては、珍しいことだね」
「……そう?」
あくまでありさに絡まれていたことは言うつもりのなさそうな雅に、睦月の視線が突き刺さる。
思わず視線を泳がせる雅に勝ち目がなさそうなのを見て、咲弥は口を開いた。
「俺は1Bの山田です。はじめまして。幸田会長」
咲弥の自己紹介に、睦月の視線が雅から咲弥に移る。
柔らかい微笑みを浮かべているのに、なぜかひやりとする視線に、咲弥は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「山田くんか。君は、特待生だったっけ。食堂には行かないの? 遠慮しなくても、食費も免除になってるんだよ?」
「いえ。俺は別に遠慮している訳じゃなくて」
「ふーんそうなんだ? じゃあ生徒会長として聞くけど、学園には慣れた? 何か困ってることない? 友達は出来た?」
探るような、面白そうな光を瞳に宿して矢継ぎ早に質問を投げかける睦月を、咲弥は下腹に力を込めてまっすぐに見つめ返す。
こんな風に必要以上に絡んでくるということは、会長が雅の婚約者ということなのだろうか。
疑問に思い、睦月の瞳の奥に嫉妬のかけらを探そうと試みるが、それらしき影は見られない。
あくまで楽しそうなそれは、例えれば面白いおもちゃを見つけた猫のようだ。
「大丈夫です。なにも問題はありません」
警戒を解かずに言葉少なく答えると、睦月は誰もを魅了する華やかな笑顔を浮かべた。
「そう? ならいいけど。なにかというとこの学園は特殊だからね。外部から来た人間は、戸惑うと思うけど。慣れればいいところだよ?」
「そうですか」
「じゃあそろそろ昼休みも終わるし、行こうか朝霧ちゃん」
そう言って睦月が立ちあがった。
雅も続いて立ちあがる。
「じゃあまたね。山田くん。なにか困ったことがあったら、生徒会に相談してね」
睦月がベンチに座ったままの咲弥を見下ろして笑った。
それにはなにも答えず、咲弥は黙って頭を下げる。
「あ、そうだ。単独行動が好きそうな山田くんに一つ忠告。もうすぐ交流会があるけど、女の子はなるべく単独行動はやめておいた方がいいよ」
「え?」
思わず顔を上げて聞き返した時には、睦月は咲弥に背を向けて歩き出していた。
雅も咲弥に軽く微笑みかけ、その背を追って歩き出す。
あの人、俺が女だって分かってた?
その割には山田くんって。
何かもやもやした得体のしれないものが胸の中に漂うのを感じながら、咲弥は遠ざかる二人の後ろ姿をじっと見送った。