咲弥の学園事情2
寮で同室のありさはクラスも同じだった。
クラスでのありさは高飛車なお姫様バージョン全開だ。
すぐに同じような匂いのするお嬢様たちと意気投合したらしく、生徒会がなんとか庶民はなんとかと異常な盛り上がりを見せていた。
この学園に通うのは選ばれた階級の子女がほとんどを占める。
その他は何らかの一芸に秀でた特待生。
そういえば、と咲弥は考える。
俺ってなにを買われてこの学園に来たんだろう。
入学式を終え二週間ほどが経った。
内部進学者が多数の男子はさておき、ぼんやりとしていた女子のグループ分けも徐々にはっきりとしてきた。
クラスの女子の大多数を占めるお嬢様の中でも、容姿発言ともに目立つ、ありさを含むAグループ。
それよりおっとりとした感のあるBグループ。
残りの、どちらかというと個性的な女子が、なんとなく集まっている感のあるCグループ。
その中で咲弥はどのグループにも属さない、ただ一人の女子だ。
入学当初はBグループやCグループの女の子が、一人でいる咲弥に声をかけてくれることもあった。
その都度、咲弥の中では精いっぱい穏やかに受け答えをしたつもりなのだが、なぜか女の子たちは顔を真っ赤にして、逃げていってしまった。
……俺ってそんなに怖い?
中学時代、女子の中で浮きはすれども、どちらかというと憧れの対象でもあったと自負していた咲弥だったが、やはり生粋のお嬢様育ちの女の子にとって、自分は粗野に映るのかもしれない。
そう考え、咲弥は早々に女子の中に入ることは諦めていた。
入学するのが金持ちを対象にした学校だと知ったときから、おそらく自分と価値観の合う人間はいないんだろうなと覚悟してもいたし、もともと咲弥は一人でいるのが嫌いではない。
ご飯を食べるのも、休み時間も、一人で過ごすことに苦痛はなかった。
かえって発言の裏を探るような、女子の集まりの方がストレスを感じそうだ。
だから一人でいいと思っていた。
思っていたのだが。
「やーまだー。飯食いに行こうぜ~」
「俺、購買だからパス」
なぜか、後ろの席の雄大に気に入られてしまった。
毎回断っているのに、懲りもせず雄大は咲弥を食堂に誘う。
食堂だけではなく、移動教室や休み時間のバスケや何かというと一人でいる咲弥に声をかけてくる。
雄大に友達がいないというわけではない。
反対に、ほぼ同学年の男子全員と友達、もしくは知り合いではないのかというくらい交友関係が広い。
いつも友達に囲まれていると言っても過言ではない雄大が、なぜ自分に構うのか、正直咲弥にはさっぱりわからなかった。
一人でも大丈夫な咲弥だが、決して一人が好きなわけではない。
小さい頃は男の子の中で楽しく過ごしてきた咲弥は、彼らの中で過ごす居心地の良さを知っている。
だが仲が良ければ良いほど、彼らを自分のトラブルに巻き込んでしまう苦しみを、咲弥は中学三年間で嫌というほど味わってきた。
雄大が嫌いなわけでも、一人が好きなわけでもない。
ただきっと自分が巻き込まれてしまうであろうトラブルに巻き込まないために、咲弥は雄大とはもちろん、クラスの誰とも必要以上の親睦を深める気は一切なかった。
今日もいつも通り咲弥は雄大の誘いをきっぱり断り、宣言通り、購買におにぎりを買いに来た。
この学園の購買は、学校の購買というより町のコンビニという方がしっくりする。
食料品から生活用品、雑誌に雑貨。
扱っていないのは酒とたばこくらいのものだろうか。
放課後は暇つぶしの生徒で溢れる店内も、お昼は驚くほど閑散としている。
咲弥が店内に入ると、すっかり顔見知りになったおばちゃんがにこにこ出迎えてくれた。
「あらまあ山田くん。今日もかっこいいねえ」
おばちゃんは完全に咲弥が男だと勘違いしているようだが、咲弥に訂正する気はない。
「どうも」
さらりと笑顔で答え、いつものようにおにぎりの棚に向かう。
「あ、山田くんがおいしいって言ってたシュークリーム、入れといたよ」
「ありがとうございます」
背中におばちゃんの声を聞きながら、おにぎりを二個とデザートのシュークリームを一つ、手にとってレジに引き返そうとした咲弥は、店内に自分以外の客がいることに気がついた。
自分より先に購買に入っていたらしい女子生徒が、咲弥とほぼ同時にレジに商品を置こうとした。
「あ」
驚いたように咲弥を見る女子生徒は、とっさに咲弥にレジを譲ろうと一歩退く。
「いえ、俺はあとでいいですから」
咲弥がそう言うと、彼女はほんの少し首を傾げ、うっすらとほほ笑んだ。
「そう? ありがとう」
ありさや衿香のように、特に印象に残るほどの美少女ではない。
けれどその微かな笑みと静かな声が、逆に咲弥の目を引いた。
先にレジで支払いを済ませた彼女は、軽く咲弥に頭を下げて購買を出ていった。
「あれれ山田くん、雅ちゃんに一目ぼれかい?」
しばらくぼんやりと女子生徒の後ろ姿を見送っていた咲弥に、レジのおばちゃんがからかうように声をかけた。
「雅さん、ですか。上級生の方ですよね?」
「そうそう。三年生の朝霧 雅ちゃん。だけどあの子はもう婚約済みだよ。憧れるのは勝手だけど、下手に手を出すとこわ~いお兄ちゃんたちが黙ってないから気をつけるんだよ」
「はは、分かりました」
どこまでが冗談なのか分からないおばちゃんの話を笑って流すと、咲弥は支払いを済ませて購買をあとにした。
今日は天気もいいし、外で食べようかと咲弥は裏庭の方に歩き出した。
その時。
聞き覚えのある少し高い声が、咲弥の耳に飛び込んできた。
ありさ?
そっと咲弥は校舎の陰から声のする方を覗きこんだ。