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咲弥の学園事情1

「なあなあ、なんでお前、男の恰好してんの?」


 入学式が終わって、自分の教室に入り、名簿順で決められた席に着くなり、後ろの席の男子が咲弥の背中をつついた。

 咲弥がくるりと振り返ると、子犬のような可愛らしい顔だちの少年が、好奇心一杯の目で彼女を見つめていた。


「なんで女だと思うの?」


 咲弥の見た目は、まるっきり男子生徒だ。

 ショートカットに凛々しい顔だち。極めつけは男子の制服。

 黙っていれば確実に男子だと思われるはず。


「だって、お前ヤマダだろ」


 そう言って彼は『浅来』と書かれた自分のネームプレートを指さした。

 

「俺、アサキだから。お前が女子の最後ってことだろ?」


 単純な話だ。入学直後の座席は名簿順で並んでいる。

 廊下側の一番前に座っているのは女子生徒で、咲弥が座っているのが真ん中の列の後ろから二番目の席。大体名簿順では先頭にくることが分かっている彼には、前に座る山田という人物が女子のはずだと思っていたのだろう。

 キラキラ輝いた瞳が、俺ってすごいだろ?と言っているようで、思わず咲弥は吹き出した。

 

「な、なんだよ。急に笑うなよ。なんか俺、変なこと言った?」


 慌てる彼に咲弥は肩を震わせながら首を振る。


「いや。すごい観察眼だと思って。俺、この恰好してて女だとばれることないと思ってたから」

「へへ、そう? 俺、浅来雄大。よろしくな」

「ふふ。俺は山田咲弥。よろしく浅来くん」

「あ~。浅来って呼ぶのやめてくれる? 名字で呼ばれるの好きじゃなくてさ。『ゆうだい』でいいよ。」

「分かった。雄大。俺のことは山田でもさくやでも好きなように呼んで」

「オッケー。でさ最初の質問。なんでスカートじゃねえの?」


 雄大が無邪気な笑顔で再度問いかけた。

 どう答えるべきか、咲弥は逡巡する。

 正直に答えればスカートなど身に着けたことがないし、身に着けるつもりもないからだ。

 見かけは男子、中身もほぼ男子の咲弥は、中学時代もスカートを嫌いジャージで三年間を貫き通した。

 ……あんなのはいてたら動きにくいし、すーすーするし、大体パンツが見えたらどうするんだろ。

 あまり周りを気にすることのない性格の咲弥は、中学時代の同級生がスカートの下にしっかりとハーフパンツを着用していたのを知らなかった。


「うーん。なんでって……」


 シンプルな答えは『嫌だから』だ。

 でもこのキラキラ瞳を輝かせた男子にそう告げると、なぜか面倒なことになりそうな予感がした。

 なので咲弥は質問者を黙らせるのに一番効果のある答えを口にした。


「じつはさ、足にやけどの跡があるんだ」

「……えっ」


 少しだけ、声をひそめて咲弥がそう言うと、雄大が笑顔のまま固まった。


「別に俺は気にしないんだけど、見て気持ちいいもんじゃないから。学校側も配慮してくれたってワケ」

「あ……。ごめん」


 雄大が一気にしょんぼりした。

 なぜかその頭にへにょりと垂れた耳が見えるような気がする。

 そこまで凹まれるとは思っていなかった咲弥は慌ててフォローした。


「いいよ。謝らなくても。気にしてないって言っただろ」


 やけどの跡があるのは本当だ。

 咲弥がまだ赤ん坊の頃に負ったものだと聞かされている。 

 太ももからひざのあたりに薄っすらと残るそれは、スカートをはいていてもそれほど目立つものではないのだが、咲弥の経験上、女の自分にやけどの跡がある、と言うと大抵の人はそれ以上突っ込むことはしない。

 居心地悪そうに謝ったり、話を逸らせたりしてくれるのだ。

 案の定、雄大も咲弥の男装について、それ以上聞くことはなかった。

 それどころか、最初の元気の良さがうそのように、しゅんと萎れてしまった。


「でも、俺、考えなしに……」

「いいんだ。裏でこそこそ勝手な想像されるより、はっきり聞いてもらった方がうれしいから。俺いちいち説明するのも面倒だし、雄大の友達に聞かれたら説明しといてよ」


 あんまりにも凹んでいる雄大に、わざと明るくそう言う。


「うん。山田がそう言うなら……」

「頼んだね?」


 ダメ出しににっこり笑顔のサービスをつけると、やっと雄大の曇っていた顔にも笑顔が戻った。


「おっけー。まかせとけ!」


 切り替えが早い性質なのか、雄大はにこにこ笑って薄い胸をどんと叩いた。

 その時、咲弥の斜め前方から小さいけれど鋭い声が二人に向かって飛んできた。

 

「うるさいですわよ」


 咲弥と雄大の名誉のために言っておくが、騒いでいたのは彼らだけではない。

 担任の来る前の教室は、主に内部進学者が多い男子生徒たちの私語でざわついていた。

 それなのになんで俺たちだけ、と雄大がむっとした顔をした。


「そうだね。もうすぐ先生も来る時間だしね」


 ちらりと雄大に目配せして、咲弥はくるりと前に向き直った。

 後ろから小さい声で雄大が話しかけてくる。


「なんだよ。あの女。偉そうに」


 だが面と向かって文句を言うほどの度胸はないようだ。

 くすりと笑みをこぼして、咲弥はまだこちらを睨んでいる女子生徒の顔に視線を移す。

 怒っているのに、泣いているようにも見える顔でこちらを睨んでいるのは、咲弥のルームメイトのありさだ。


 『ごめん』と声に出さずに口だけでありさに伝える。

 一瞬目を見開いたありさは、ふいっと前を向いてしまった。

 



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