一条夏目の考察
このお話は夏目視点です。
「あのこれ」
「だめですわ」
「私の方が」
「邪魔ですわ」
「あなたこそお退きなさい」
交流会からしばらく経ったある日、僕は何気なく通りかかった渡り廊下で、女どもが騒いでいるのに出くわした。
なんだかこういう光景って久しぶりかも。
去年まで元かいちょーとか元かいけーがいたときには、ちょくちょく見かけた光景。
それに比べて今年の生徒会は、良く言えば堅め、悪く言えば華やかさに欠けるんだよね。
生徒会がそんなだからか、親衛隊も良く統率がとれていて、こんな風に抜け駆けを企むような生徒は少ない。
だから輪の中心にいる人物が誰なのか、ちょっと気になっちゃって僕は足を止めた。
だって情報は宝だからね。
ひょいと覗くと、壁を背にして女たちの中心にいる、というか押し込められていたのは。
ああ、この子か。
透明感のある中性的な綺麗な顔は、一度見たら忘れないだろう。
きりりとした眉は、今はへにょりと八の字になっているが、それでもその美しさは損なわれていない。
山田咲弥。
大事な大事な僕らの純血の花嫁。
交流会以降、山田の人気は今や睦月会長を凌ぐ勢いを見せている。
過剰な人気は親衛隊が発足していないせいもある。
親衛隊が出来てしまえば個人的に接触する機会が激減することを知っている連中は、今のうちにお近づきになろうと、やりたい放題だ。
何をやろうとも今なら制裁の心配はないし、山田自身が柔らかい性格なのか冷たく突っぱねることをしないから、そりゃヒートアップもするよね。
山田は今、その真っただ中にいるというわけだ。
「やまださくや~。先生が呼んでたよ~」
僕が山田を助けるのに深い意味はない。
ただ交流会の時みたいに通りすがりじゃなくて、ちゃんと話をしてみたくて、僕は彼女を取り巻く輪の外から、彼女の名を呼んだ。
「え、ほんと? ありがとう。ごめんね。俺、行かなきゃ」
僕の声に即座に反応した山田が、周りの女たちに謝りながら囲いを突破してきた。
いやその笑顔いらないでしょ?
その子たち、男から邪険にされるのに慣れてるのに。
これ以上好感度上げて、どうするの。
「知らせてくれてありがとう。……君は」
疲れをにじませた顔で僕の方に駆けてきた山田は、僕の顔を見て一瞬首を傾げた。
「とりあえず行こっか。じゃないとあの子たち付いてきちゃうかもよ~」
僕がそう言うと、山田は綺麗な顔を引きつらせて大人しく僕の隣を歩きだした。
「先生が呼んでるって、あれ」
女の子たちの姿が見えなくなった所で、山田が僕の顔を窺うようにそう言った。
「ああうそうそ~。困ってるっぽかったから。迷惑だった~?」
「やっぱりそっか。いや。すごく助かったよ。ありがとう」
「いいえ~」
「えっと、君、確か交流会でありさを助けてくれた……」
「覚えててくれた~? 一条夏目。夏目って呼んでね」
「ありがとう。夏目くん。俺のことは山田でも咲弥でも好きに呼んで?」
「おっけー。それにしてもだいじょうぶ~? ずいぶん疲れてるみたいだけど」
歩きながらそう尋ねると、山田は眉を八の字にして、困ったように笑った。
「俺の対応が悪いっていうのは分かってるんだけど。うっかり集団で囲まれちゃうと、どうしたらいいか分からなくなって立ち往生しちゃうんだ」
「ふうん。自分の対応が悪いっていうのは自覚してるんだね~」
「周りから言われてるからね。俺が甘い顔をするからつけ上がるんだって」
そういえばつい先日も寮の食堂で騒ぎを起こしてたなと思い出して、ちょっと意地悪なことを言ってみたのに、山田は申し訳なさそうな顔をしてさらりと自分の非を認めた。
あ、こいつ、全然ひねくれてない。
すげー素直ないい奴なんだ。
「親衛隊、作るって話はないの?」
「うーん。先生からは隊長を誰にするか揉めてて時間がかかってるって聞いたけど」
「あー。そういうことね」
「面倒だよね。俺の親衛隊なんて」
「え? いやいや。そういうことじゃないと思うけど」
一瞬、山田の言っている意味が分からなくて、足を止めてまじまじとその顔を見つめた。
山田も同じように足を止めて、僕の顔を困ったように見る。
「でもそうなんでしょ? 隊長をしてくれる人がいなくて、親衛隊が作れないんでしょ?」
いや。多分逆だと思う。
山田の親衛隊長になりたい奴が多すぎるんでしょ。
てか親衛隊に入りたい奴も多過ぎて、それを束ねる力量のある隊長を決めるのが大変なんだと思うよ?
そう僕が山田の誤解を解こうとした時。
「ほんと、迷惑ばっかかけちゃうな俺」
ぽつんとつぶやいた山田の言葉は、何だかやたらと重かった。
これまで外の世界で生きてきた山田の背景を窺わせるには、充分な重さだった。
「大丈夫っしょ」
だから僕は軽くそう言って山田の背中をぽんとひとつ叩いた。
「笑ってればそのうち何とかなるよ~」
僕のいい加減な言葉に、山田の顔がほんの少し明るさを取り戻した。
ああ、こいつ、笑ってる方がいい。
僕はこの子の笑ってる顔が見ていたい。
「何とかなるといいなあ」
「うん。そうそう。大丈夫だよ。さくたんの周りはいい奴が揃ってるし」
「さくたん!?」
純血の花嫁に捧げる無償の愛。
子供の頃から、それを僕ら人外は例外なく持っていると聞かされてはいたけれど。
それが自分にも適応されるなんて、今の今まで思ってもみなかったよ。
だから大丈夫。
君の周りには君の笑顔を守りたいと願う者がたくさんいる。
僕のさくたん呼びにビックリして目をまん丸にしているその顔が、心から愛しいと僕は思った。




