咲弥と光晴2
「謝るなよ。迷惑だなんて思ってないから」
うつむいた咲弥の視界の端に、光晴のどこか呆れたような笑顔が映る。
「責められたとでも思ってるの? 違うからな? じゃなくてどんな格好をしていても、お前には人を惹きつけるものがあるってこと。だから、今更お前が女装をしたって無駄だって言ったんだ。みんな、女子だけじゃなくて俺たちだって、お前の中身に惹かれてるんだから」
「……っ」
「だからさ、一人で解決なんて出来ないんだから、俺たちを頼れよ? 俺たちは、少なくとも俺は、お前のことが男だとか女だとか関係なしに仲間だと思ってるんだから」
光晴の言葉が咲弥の心に染みていく。
それは咲弥が最も欲しかった言葉。
けれど同時に彼女を最も苦しめる言葉でもあった。
何度も、何度も、諦めてきた。
好意を示してくれる相手に咲弥がもたらすものが何なのか、充分に分かっているから。
光晴から目をそらせたまま、咲弥は言葉を絞り出した。
「もう、いいよ。俺、きっとこれからも迷惑ばっかかけるし。中学でもそうだったんだ。だから一人には慣れてるし、大丈夫。何とかできるから」
胸が引き裂かれそうになりながらも、何とか一気にそう言い切った咲弥の頬に痛みが走る。
光晴が無言で咲弥の頬を思い切り抓り上げたのだ。
「ふげっ? はんはよ? はにふんだよ」
「ったく。なに一人でかっこつけてんだよ」
「いひゃいってば。はなへよ。みふはう」
容赦ない鈍い痛みに、思わず顔を上げて、咲弥は光晴の手に両手をかけた。
するとそれが合図だったかのように、光晴は抓っていた指を離して、赤くなった咲弥の頬に優しく手の平を当てた。
至近距離で咲弥をのぞき込む目が、楽しそうに笑っている。
「迷惑かけるのもかけられるのも、当たり前だろ? それが仲間なんだから」
咲弥は、光晴の腕に両手をかけたまま、ただじっと光晴を見つめていた。
そのまなざしが、頬に当たる手の平の温もりが、咲弥の冷えた心をじんわりと温めていく。
と同時に、頑なに閉ざしていた涙腺が、じわりと湿り気を帯びるのを感じた。
「離すなよ。この手」
光晴の腕にかかった咲弥の両手の上に、光晴のもう片方の手がぎゅっと重ねられた。
そんなこと言われたら、甘えたくなってしまう。
それでも素直になりきれず、咲弥は言葉を探す。
「めんどくさい、でしょ? 揉め事ばっかで」
「何言ってんの。退屈な学生生活の貴重なスパイスだよ」
「楽しんでるの? 俺がこんなに困ってるのに」
「普段はしゅっとしてる咲弥がオロオロしてるのって、結構面白いかも」
「酷い」
「だな。だから酷い俺たちには気兼ねなく迷惑かければいいよ」
「物好きすぎる」
「何言われたって、こんな面白そうな奴から離れないって」
「光晴って思ったよりバカだな」
「褒めるなよ」
「……」
咲弥の手をサンドイッチみたいに包んだまま、光晴は咲弥が何を言っても楽しそうに笑っている。
光晴の揺るぎない態度に、とうとう咲弥は拒絶の言葉を失った。
「……ありがと」
かすれた声に涙がにじんでしまうのを、咲弥にはどうしても止めることができなかった。




