それを人は女難という2
「咲弥って、身長何センチあるんだっけ」
「えっと、確か百六十二センチだったかな」
「ふーん。じゃあ女子の中ですっごく大きいってわけでもないんだよね」
「そうだね。もっと大きい子もいるよね」
「そうよね……」
とりあえず着てみようと、先生に渡された女子用の制服に身を包んだ咲弥の隣で、ありさは首をひねる。
……どうして女装した綺麗な男の子にしか見えないんだろう。
鏡の前でしげしげと自分の姿を眺める咲弥は、決して男の子っぽい顔だちをしているわけではない。
顎のとがった綺麗な逆三角形の小さな顔に、バランスよく配置された美しい目鼻立ち。
髪型だって女の子にしては多少衿足が短めだけど、別に刈り上げているわけでもなく、普通にそれくらいのショートカットの女の子はいる。
問題があるとすれば、やはり体型か。
女の子にしては凹凸の少ない、しなやかな細い体にすらりと伸びた手足。
いやでもこれはこれで綺麗なんだけどな。
「やっぱ、なんかおかしい?」
くるりくるりと、鏡に色んな角度の自分を映して見聞していた咲弥が、黙りこんでしまったありさに尋ねた。
「ううん。おかしい訳じゃないよ」
「そう?」
「うん。おかしい訳じゃないんだけど……」
「だけど?」
「……うーん」
……どう考えても、ちがうファンが増えちゃうと思うんだよね。
けれどその答えを、どう咲弥に伝えていいか分からず、ありさは口ごもった。
ただでさえ女の子の異常とも言える状況で、周囲に迷惑をかけることに心を痛めている咲弥なのだ。
先生が考えてくれた改善策で、さらに大変な状況に追い込まれてしまうかもしれないと伝えれば、意外に落ち込みやすい彼女がさらに心を痛めてしまうのではないかと、ありさは危惧したのだ。
「じゃあ他の人に聞いてみようかな」
どう伝えればいいのか、真剣に悩んでいるありさの耳に信じられない言葉が飛び込んできた。
「え? 聞く?」
ありさがはっと顔を上げた時には、咲弥はすでにドアの前に立っていた。
「ちょっ……!? どこへ行くの!?」
その格好で、という言葉を慌てて呑みこむありさに、咲弥はにこりと笑った。
「今の時間なら誰か食堂にいると思うから、ちょっと意見を聞いてくるね」
「待って! 咲弥!」
「大丈夫。すぐ帰ってくるから、ありさは待ってて」
「咲弥!!」
ありさが止めるのも聞かずに、咲弥は部屋を出ていった。
女子の制服を身に着けたままで。
なんだかすっごく困らせちゃったみたいだな。
早足で食堂に向かいながら咲弥は考える。
そんなにこの格好っておかしいんだろうか。
正直咲弥には分からなかった。
自分の顔があまり好きではないという理由から、基本的に咲弥は普段からあまり鏡を見ない。
だから女子の制服を身に着けた自分を鏡で見ても、これが自分だという感覚があまり湧いてこなかった。
普段から日にさらすことがないため、スカートから伸びた真っ白な二本の足がなんだか不思議な感じだったけれど、ハーフパンツと何がちがうかと言われれば、別に何もちがわないような気もする。
咲弥に対する贈り物が全面的に禁止されて以来、女の子たちの熱狂的な視線と積極的な態度は余計にエスカレートしたように感じる。
冷たくあしらえるような性格なら良いのだが、あいにく咲弥はそんなスキルは持ち合わせていなかった。
スカートをはくのは非常に不本意だけど。
それで女の子たちの熱が少しでも冷めるならそれもいいかと思うくらいには、咲弥は疲れていた。
ありさは女子用の制服を着た咲弥を見て、困った顔をしていた。
きっと優しいありさのことだ。
変だと思ってもはっきりとはそう言えなかったんだろう。
ならば自分のこの姿がどうなのか、はっきりと忌憚のない意見を言ってくれる人物に聞くしかない。
深く思考しながら廊下を歩く咲弥は、すれちがう女の子たち全てが自分の姿を二度見するのに全く気が付いていなかった。




