それを人は女難という1
「おかえりなさい。遅かったわね。咲弥?」
交流会以降、自室より共有スペースで過ごすことの多くなったありさが、玄関ドアの開く音に振り返って首を傾げた。
「どうしたの? 咲弥。また何か贈り物でも押しつけられたの?」
交流会以降、着々と女子生徒のファンを増やし続けている咲弥の元には、断っても断っても贈り物の山が届けられた。
親衛隊やファンクラブがあれば、色々な規制が敷かれるのだが、残念ながら咲弥にはまだそんなものはない。
結成されるのは時間の問題なのだろうが、つまりそれまでの間は個人のやりたい放題という訳だ。
親衛隊が結成されたら好き勝手できなくなるという事実も拍車をかけて、それまでの間に個人的に知り合いになりたい女の子たちが、我先にと咲弥に贈り物攻撃をかけた。
贈り物は手渡しだけにとどまらず、大きなものは咲弥の部屋にまで届けられた。
その結果、咲弥の私室は数日でモノで埋まりかけるという惨事に見舞われた。
見かねたありさの勧めで学校に相談した結果、咲弥宛ての贈り物は全て慈善団体に寄付するという異例の通達が出され、最近では贈り物の数はずいぶん減った。
それでも咲弥に無理矢理贈り物を押しつける女子生徒がいなくなった訳ではないことを、ありさは知っている。
大体咲弥は女の子に甘過ぎるのだ。
「ちゃんと自分ではっきり断らなきゃダメよ? 咲弥は女の子に優しいから」
きゅっと目尻を釣り上げてありさがそう言うと、咲弥は眉尻を下げた情けない顔で首を横に振った。
「これはちがうんだ」
「ちがう?」
ありさの前へやってきた咲弥は、手に持っていた段ボール箱から中身を取り出した。
それを見たありさの目がまん丸になる。
「え?」
「先生が、これ着たらどうかって」
そう言って、咲弥は困ったような笑みを浮かべる。
その手に持っていたのは女子の制服だった。
時間は少し前にさかのぼる。
放課後、寮に帰ろうとしていた咲弥は、担任に呼びとめられた。
咲弥たちのクラス担任の立木は、少々身なりがだらしなくてやる気のなさそうな話し方をするが、今回の咲弥の騒動には親身になって色々相談に乗ってくれた。
「なにか、俺またまずいことしましたか?」
生徒指導部の片隅、パーテーションで仕切られたスペースに案内されて、咲弥は眉を潜めた。
咲弥自身に、なにか指導を受けるようなことをした覚えはない。
けれど騒動というものは、咲弥が何もしなくても、彼女の周りで巻き起こるものなのだ。
「あー。まあ、あったと言えばあったかな。お前の盗撮写真をめぐって三年女子が取っ組み合いをしたとか、お前の掃除した後の雑巾の奪い合いで負傷者が出たとか、しょうもないことだったけどな」
また今日もか。
がくりと肩を落として、小さく咲弥はため息をつく。
贈り物は全面的に禁止状態になったため、咲弥自身に被害が及ぶことはかなり少なくなったが、咲弥に関することで傷つく女子生徒の数は減ることはなかった。
「なに加害者みたいなツラしてんだよ」
立木に言われて、咲弥は顔を上げる。
「原因は俺でしょ? 加害者気分にもなりますって」
咲弥がそう答えると、立木はがりがりと自分のぼさぼさ頭を掻いた。
「そういうとこが、女子には堪んないのかねぇ」
「そういうとこって?」
「まあいい。天然無自覚王子様に学園からプレゼントだ」
立木が差し出した箱には見覚えがあった。
確かこれを見たのは入学式の前。
自室に置いてあった制服の入っていた箱と同じものだ。
「ほら開けてみろよ」
立木に促されて咲弥は恐る恐るそれを開けた。
中に入っていたのはやはり制服だ。
けれど咲弥が今身に着けているのと大きくちがっているのは。
「これスカート?」
「そういうことだ」
「そういうことって……」
「つまりだな、お前の周りで起こっている騒動は、職員室でも問題になっててな。とうとう職員会議の議題に持ちあがっちまったんだ」
「……」
「この学園は男女とも美形が多い。山田クラスの顔なんざ掃いて捨てるほどいるはずだ。だがなぜ女子生徒はお前に固執するのか、職員室で熱い議論が交わされた」
「……」
「でな、結論として、その服装が問題なんじゃないかということになったんだ」
立木の言葉に、咲弥は自分の制服姿を見下ろす。
そんな咲弥を見て、立木は苦笑いを浮かべた。
「俺はな、そうは思ってない。単純にお前に親衛隊が発足してないのが原因じゃないのかと思っている。だがものは試しで女子の制服を着せてみろと言う意見が多くてな」
「……これを着れば、俺の周りは落ち着くんですか?」
「さあなあ。俺はそうとは思わないが、こればっかりはやってみないと分からないな。一番いい方法は一日も早く親衛隊を発足させることなんだが、誰を親衛隊長に据えるか、上の方で揉めてるようなんだ」
「そうですか……」
「なるべく早く、親衛隊を発足させるように働きかけていくから、それまで……」
「分かりました」
立木が拍子抜けするくらいあっさりと返答し、咲弥は制服を手に立ちあがった。
「とりあえず着てみて、ルームメイトの意見を聞いてみたいと思います」
「そ、そうか? いや。あのな。もし本当に嫌だったら」
「俺もスカートをはくのは初めてなんで、どんな感じになるのか全く分かりませんが、もしそれでこの騒動が治まるのなら、全然大丈夫です」
「あのな山田無理しなくても」
「無理してないとは言いませんけど、俺のせいでこれ以上迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「そ、そうか」
「じゃあ失礼します」
微妙な顔の立木に一礼して、咲弥は生徒指導部をあとにした。




