学園
数日後、咲弥は身の回りのものだけを持って家を出た。
バスに乗り、指定された駅に行くと、黒塗りの高級車が咲弥を待っていた。
言われるまま、車に乗り込み、どのくらい走ったのだろうか。
「こちらが学園です」
すっかり気持ちよく眠っていた咲弥は、運転手の感情のない声に導かれて目を覚ました。
「どうぞ」
半分寝ぼけた状態で車を降りる。
「あちらが寮になります。では私はここで」
一礼して車に戻っていく運転手を見送って、咲弥は運転手が示した方向に向き直った。
咲弥の身長の倍くらいあろうかという門が、右と左、見えなくなるまでずっと続いている。
これはまるで檻だな。
初老の、眼光だけがやけに鋭いえびす顔の守衛の前を通り過ぎ、咲弥は門の中に足を踏み入れた。
門の中は桜の園だった。
枝には満開の桜。
それがはらはらと惜しげもなく盛大に花弁を散らす様は、見る者を圧倒するほどだ。
その桜の下に、人目を引く美男美女のカップルが立っていた。
頬を桜色に染めて戸惑う美少女の手を取り、優雅に微笑みかける美少年。
背景の桜と相まって、まるで美術館の中に飾られている絵画のような光景だ。
とんでもないとこだな。
見ている光景がとても現実のものとは思えない。
頭をひと振りして、咲弥は寮に向かって歩き出した。
寮はまるで高級ホテルのように洗練された建物だった。
磨き上げられたぴかぴかのフロアーは、土足で入るのをためらうほど美しい。
正面に設えられたカウンターの女性が、にっこり微笑むのに促されて、咲弥はカウンターに向かった。
身なりが男子なのでひと悶着あるかな、と懸念していた咲弥だが、彼女は咲弥の来訪を知っていたようで、すぐにルームキーを取り出し、一通りの寮の説明をしてくれた。
この寮は広々とした天井の高いロビーは男女共有のスペースとし、ここから左右対象に男子寮女子寮と分かれている。
食事をするのは男女共有の食堂で。
ただし、体調に問題あるときなどは、食事を各部屋に運んでもらうこともできる。
もちろん、男子寮に女子が入ることも、女子寮に男子が入ることも厳禁だ。
一通りの説明を受け、咲弥はルームキーを受け取り、自室へと向かった。
外観もそうだけど、内装もホテルだな。
廊下に敷き詰められた、柔らかいカーペットの上を歩きながら、咲弥はまだ見ぬルームメイトに思いを馳せる。
この設備を当然とする人間が集まっているのだとしたら、きっとルームメイトの価値観は随分咲弥とちがっているのだろう。
どうしよう。男と間違われて悲鳴でもあげられたら。
漠然とした不安を抱きながら、咲弥はルームキーを差し込んだ。