交流会その後1
「あの、こちらのクラスに山田さまはいらっしゃいますか?」
それほど大きな声ではなかった。
どちらかというと控えめな声。
けれどなぜかクラス全員がその声の方を凝視した。
教室のドア枠にそっと手をかけ立つ女子生徒は、クラス全員の注視など気にする様子もなく、ゆっくりと視線を巡らせていく。
「あ」
目当ての顔を見出した彼女の顔がぱっと輝いた。
そのまぶしさに数人の生徒が目をしばたかせた。
「あの」
彼女の視線が一直線に自分に向かっている。
ということは彼女は咲弥に用事があるのだろう。
そう判断して、咲弥は教室の入り口でぺこりと頭を下げる彼女のところにゆっくりと歩いていった。
「何か用?」
学園一の美少女の名高い彼女を至近距離に置いて、いつもと変わらない咲弥の態度に、級友たちは賛嘆と嫉妬の入り混じったため息をつく。
「はい。あの、先日の交流会で助けていただいたお礼を申し上げに参りました」
ほんのり上気した頬で彼女は咲弥を見上げた。
その角度で咲弥を見上げると自然と上目づかいになり、彼女をより可愛らしく見せるのだが、そんなことは彼女の知るところではない。
男子生徒たちが魂を抜かれたような表情で自分を見つめていることに、彼女は全く気付いていない。
そしてそれを目前にした咲弥も、至って普通に彼女に接していた。
「ああ。木登りの……。神田……」
「神田衿香です。本当にあの時は助かりました。ありがとうございました」
「いや。でも生き残ってはいなかったよね? 大丈夫だった?」
「はい。木から落ちてしまったのですが、運よくけがもありませんでした。残念ながらそのとき捕まってしまいましたが」
「そう。けががなくて良かった」
「ありがとうございます。山田さまは見事生き残られたのですね。おめでとうございます」
「たまたまだから」
「いえ。きっと山田さまの実力ですわ。では私はこれで」
ぺこりと頭を下げて一歩退く衿香に、ふと咲弥が気がついたように言った。
「あ、これから俺のことは山田さまじゃなくて、咲弥って呼んでね」
「なんなんだよあれ」
「あれって?」
「はあ? 自覚なし? 天然? うそだろ」
席に戻った途端、光晴たちにやいやい言われて、咲弥は閉口した。
特になにか意図して会話したわけではない。
彼女はきっと深窓のお嬢様なのだろうから、特に丁寧に応対したつもりだが、まだ何か問題があったのだろうか。
「大体お話しするのに、あの態勢はなによ」
要の言葉に咲弥は首を傾げる。
「普通に立ってなかった?」
「普通? 咲弥の普通はあれなの? ドア枠に肘つくとか、その体制で衿香姫見下ろすとか、普通の男子には出来ないんですけど」
「いや。別に威嚇するつもりじゃなかったんだけど」
「威嚇じゃないでしょ。じゃないけど絵になり過ぎるんだよ。咲弥がすると」
「そんなこと言われても」
「雄大も黙ってないで何とか言ってやれよ。お前もそう思うだろ?」
要の言葉に、こういう時には人一倍うるさい雄大の声が聞こえないことに気がつく。
「雄大?」
咲弥の視線の先、雄大は衿香の消えた教室のドアの辺りに視線を彷徨わせたまま、ぼんやりとしていた。
「どうしたんだよ雄大。腹でも減ったのか?」
要の声にはっと我に返った雄大は、きょろきょろとあたりを見回した。
「え? なに? もう昼?」
その様子に周囲はどっと笑う。
「目開けたまま夢でも見てたの? まだ一限目、終わったとこだぜ」
「あーでも俺も腹へった」
「育ち盛りだもんねー」
「特に雄大はこれからおっきくならないとな」
畳みかけるようにからかわれても、雄大は心ここにあらずといった風情でぼんやりとしている。
「どうかした? 雄大。調子悪い?」
「ん? いや。別に」
咲弥の問いかけにも歯切れ悪く答えるだけだ。
「あー、にしても、衿香姫、ちょー可愛かったなー」
「俺もお話してー」
「咲弥に紹介してもらえばいいじゃん」
「あーむりむり。俺らには高嶺の花じゃん。大体あの子にはさ、かいちょ……」
一瞬。ほんの一瞬だけ不自然に途切れた会話。
突然要が立ちあがって叫んだ。
「あーーーー!! 可愛い彼女がほしいーーーーっ」
いきなりの雄たけびにあっけにとられたのは、咲弥だけだった。
残りの男子たちは口々に俺も俺も~と叫び出す。
「なんなのこいつら」
思わずつぶやくと、珍しく騒ぎに加わっていなかった雄大がぽつりと返した。
「春だからな。男なんていつもこんなだろ」
「雄大は可愛い彼女が欲しいって叫ばないの?」
「俺は」
いつになく低いテンションの雄大はため息をついた。
「わかんねー」




