交流会8
急いでありさを隠した場所に戻った咲弥の目に飛び込んできたのは、項垂れたありさとその腕を掴んで立つ男子生徒の姿だった。
「ありさから離れろ」
一瞬の迷いもなく咲弥が風のように二人の間に飛び込むと、男はひょいと身軽に飛びのいた。
「咲弥っ」
慌てて叫ぶありさは、どこもけがはしていないようだ。
ありさを腕の中に取り戻し素早く確認した咲弥は、同時に距離を取った男を鋭く睨みつける。
その殺気に怯えながらも、ありさは必死に咲弥に訴えかけた。
「ちがうのっ。この人は、助けてくれたの」
「え?」
思いがけない言葉に、咲弥は男からありさに視線を移す。
「咲弥が行ってからすぐに鬼がやってきて、連れていかれそうになったんだけど、この人が助けてくれたの」
ありさの言葉に、咲弥はあらためてそこに立つ男子を観察した。
「ど~も~。そんな警戒しなくていいよ。俺、一年だから鬼じゃないし~」
だらりと背骨が入っていないような猫背に、間延びした話し方。
だが笑っているような細い目は、全然笑っていない。
「どうも。連れを助けてくれてありがとう」
咲弥は警戒を解かずに礼だけを言う。
「別に。たまたま通りかかっただけだから。そろそろ鬼ごっこも終わりの時間だから、みんな殺気立って獲物を探してるから。お互い気をつけないとね~」
「そうだね。忠告ありがとう」
「いやいや~。二人で大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ」
「そ。じゃあ俺行くね~」
ひらひらと後ろ手に手を振りながら、得体の知れない彼は校舎の向こうに歩いていく。
その姿が校舎の陰に隠れる直前、ふと彼がこちらを振り返った。
「僕は一条夏目。君の名前は?」
「山田咲弥だ」
名前を尋ねられ咲弥が名乗ると、夏目は細い目を一瞬見開いて、得心したように頷いた。
「そうか。君がヤマダサクヤか」
その物言いに引っかかるものを感じた咲弥がどういう意味が尋ねる前に、夏目は身を翻し校舎の陰に消えてしまった。
それから三十分も経たないうちに鬼ごっこは終了した。
生徒会役員以外の逃げた生徒で生き残ったのは、咲弥とありさを含めてわずか五名だけだった。
「流石ですわ。ありささま」
閉会式を終え教室に帰る途中、咲弥の隣を歩くありさに声をかけてきたのは凛華だった。
一瞬こみ上げる激情を抑え込んで、ありさは鷹揚とした笑顔を凛華に向ける。
「そんな。偶然よ」
「いいえ。運も大切なことですわ。道中ありささまとはぐれた時には、わたくしたち本当に心配いたしましたのよ」
「ああ。ごめんなさいね。私、いつの間にか遅れてしまったみたい」
「すぐに気がついてお探ししたのだけれど。でも咲弥さまのような素敵な騎士さまに守っていただけて、羨ましいことですわ」
ちらりと凛華が、ありさの隣を歩く咲弥に媚を含んだ視線を投げかける。
「そうね。咲弥と会えたのは確かに幸運だったわね」
するりと口をついて出たありさの素直なつぶやきに微笑みで応える咲弥を見て、凛華の頬がひくりと引きつる。平静を装っているが、ありさが咲弥に守られて生き残ったことが余程悔しいらしい。
ありさは凛華に追い打ちをかけるように悠然と微笑んだ。
「凛華さまも、たまにはお仲間とはぐれてみては如何かしら? 偶然の巡り合わせは、お友達とお手手をつないでいては訪れないでしょうから」
「……っ!」
真っ赤に頬を染めて足を止める凛華に構わず、ありさは歩き続けた。
隣を歩く咲弥がほんの少し眉を顰めて自分を見ているのに気付いて、ありさは微かに笑みを浮かべる。
「いいのよ。咲弥。お友達ごっこはもう終わりにするから」
所詮、庶民の血の混じった私にお嬢様ごっこは無理だったのだ。
そう悟ったありさは妙に晴れ晴れとした気持ちだった。
最初から陰で嘲笑されていたのには気が付いていた。
それでも集団生活の中、グループに所属するのは必然だと考えていた。
だが咲弥を見ていて、ありさは気がついたのだ。
人は一人でいても必ずしも孤独ではない。
と同時に、仲間といても必ずしも満たされるわけではないのだと。
ならば、私は一人でいても孤独を感じない強さが欲しい。
強い思いを胸に抱いて、ありさはただまっすぐ前を見て、歩き続けた。




