交流会7
ありさと二人、上手く鬼を避けながら咲弥は歩き続けた。
一人ならこれほど注意深く進む必要はないんだけどな。
けれど怯えきった表情を浮かべ、大人しく手を引かれるありさを見ると、無駄な戦いはするべきではない。
そう考えて慎重に進む道の向こうで、数人の争う物音がした。
どっちへ避けるか。
足を止め考える咲弥の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「……どうしたの?」
じっと動かない咲弥を不審に思ったありさが、恐る恐る小さな声を出す。
その不安げな顔に、咲弥の気持ちは揺らぐ。
行くべきか。放っておくべきか。
ありさのことを考えれば、放っておくのが最善策だ。
彼らは男で、ありさは身を守る術を持たない女の子だ。
けれど。
気まずい中、勇気を振り絞って話しかけてくれた雄大の顔が頭にちらつく。
放っておけば後味の悪い思いをするのは、確実だった。
「少しだけ、ここで待っててくれる?」
ありさを適当に身を隠せる茂みに押し込んで、咲弥は声のする方に急いだ。
咲弥が駆けつけた時点で、完全に雄大たちは劣勢だった。
光晴と要と恭一郎と雄大。
四人グループの中でそこそこ腕が立つのは光晴だけらしい。
要もいつものおちゃらけた雰囲気を消して奮闘しているが、雄大と恭一郎の二人組に至ってはお荷物でしかないようで、端っこで二人手を取り合って震えていた。
そこに猛攻をしかけているのは、さきほど咲弥が全員沈めたはずの柔道部員たちだった。
なにこいつら。回復早くない?
そんなことを考えながら、光晴に圧し掛かる柔道部員の襟首を無造作に掴んだ。
「ぐえっ!? なんだ!? お前!!!!」
「山田!!」
簡単に光晴の体から引っぱがされた柔道部員は、自分を軽く持ち上げた咲弥を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「あれ~。先輩たちまた会いましたね~。もしかしてご縁があるんですかね~」
咲弥がにっこり笑うと、柔道部員たちは弾かれたように一斉に逃げだした。
「なんだあれ」
光晴が息を切らせながらつぶやいた。
顔も腕も擦り傷だらけ泥だらけである。
男前な顔が台無しになっている。
「さあねえ」
咲弥はそう言って光晴を引っ張り起こしてやった。
「……なんかわからないけど、助かったよ。ありがとう」
「いや、俺、特に何もしてないから」
「そんなことないよ。あの巨体に乗っかられてもう少しで意識が飛ぶところだった。そうなってたら俺たち今頃どうなってたか……」
「どうなってたの?」
「……想像したくない」
青ざめた光晴の顔に、咲弥はそれ以上聞くのをやめておくことにした。
世の中、知らない方が幸せなことはたくさんある。
態勢を整えた四人を前に、咲弥は冷静に尋ねた。
「大丈夫そう?」
「ああなんとか。少し休んだら大丈夫だ。山田は一人?」
「いや。成り行きで女子を一人連れてる。一緒に行く?」
咲弥の問いに光晴は顎に手をやってしばらく考えた。
「やめとこう。足手まといの数が増えすぎる。それに女子を巻き込むのは気が進まない」
ちらりと雄大と恭一郎の顔を見て、光晴はそう言った。
いつもなら「なんだよ足手まといって」と突っ込みそうな雄大も、苦笑いを浮かべ黙ったままだ。
「本当に大丈夫?」
そう尋ねる咲弥に、光晴は笑ってみせた。
「大丈夫だよ。俺たちこういうのには慣れてるから。でもさっきのは本当に助かった」
「わかった。じゃあ気をつけて」
「おう。お前もな」
光晴たちに背を向け、ありさの元に引き返そうと一歩踏み出した時だった。
「山田」
雄大の声が咲弥を呼びとめた。
振り返ると、雄大がにっこり笑っていた。
「助けてくれてさんきゅーな。でも約束、忘れんなよ」
その笑顔は初めて会った時のように、屈託のないものだった。
よく見れば雄大の顔も体も傷だらけだ。
一瞬、心が揺れた。
自分がいれば雄大たちが生き残れる確率は格段に上がる。
けれど同時にありさを危険にさらす確率も、やはり格段に上がるのだ。
「山田」
そんな咲弥の心中を察したように、光晴が声をかける。
「早く戻ってやれよ」
その声に背中を押されるように、咲弥は駈け出した。




