交流会5
鬼ごっこ開始から一時間ほどが過ぎた。
咲弥は宣言通り、単独で生き残っていた。
何組かの鬼に遭遇したが、咲弥が捕まることはなかった。
咲弥を華奢な男子生徒だと勘違いして、力づくで捕まえようと襲いかかる男子生徒達はすべて返り討ちにしてやった。
待っているだけなのにも飽きてきて、校舎の裏をぶらぶらしていた時だった。
聞き覚えのある声が、咲弥の耳に飛び込んできた。
「でも一人で置いていくのはちょっとやり過ぎではないかしら」
「そうかしら。いい加減あの方にもご自分の置かれた立場というものを、自覚していただく必要があるのではなくて?」
毒を含んだ声は、確かありさと一緒にいた凛華のものだ。
咲弥は建物の陰にそっと身を隠し、聞き耳を立てた。
「まあ、そうかも知れませんわねえ」
「大体、豪徳寺を名乗っていらっしゃるけれど、あの方を社交界でお見かけしたことがあったかしら」
「確かに。私、豪徳寺さやかさまとは面識があるけれど、ありささまのお名前を耳にしたことは一度もありませんでしたわ」
「つまりそういうことですわ。表に出ないということは、そういう方なのでしょう?」
かさり、と葉っぱが不自然な音を立てた。
……ありさ。
離れていく仲間たちを茫然と見送るありさの姿が、木の陰に見えた。
誰一人として、ありさを心配して残ろうとする者はいない。
彼女たちの声が完全に聞こえなくなるまで、ありさはぴくりとも動こうとはしなかった。
「……っふ。……っく」
微かに聞こえてくるのは、必死に押し殺したありさの泣き声だった。
しばらく咲弥は切れ切れに聞こえるありさの泣き声を静かに聞いていた。
ありさが自分の力で気持ちを立て直せるなら、それが一番いい。
プライドの高いありさは、弱っている自分など他人に見せたくはないだろうから。
けれどありさはなかなか泣きやまなかった。
ずっと抱えていたものが溢れ出してしまったように、苦しげに胸を抱えてうずくまるありさはどう見ても限界のようだった。
「どこか痛いの?」
「……っ」
出来るだけ静かに問いかけたつもりだったが、ありさはびくんと体を震わせた。
そろそろと上げた顔は、涙で大変なことになっている。
怯えきった小動物をこれ以上怯えさせないように、咲弥はゆっくりとありさに近づいた。
「ありさ」
静かに名を呼ぶと、ありさはさっと顔を背けた。
「なななんでもありませんわ。ちょっと……目にゴミが……」
ありさは慌ててそう言って、ジャージの袖で乱暴に目をぬぐおうとする。
「あ、だめだよ」
その手を素早く掴んで、咲弥はポケットから取り出したハンカチをありさの眦にそっと当てた。
驚いた顔で咲弥を見つめたありさの目に新しい涙の粒が盛り上がる。
「わたくし、わたしは、わたしだって……」
震えるくちびるでありさが苦しげに小さく叫んだ。
何も言わずに咲弥はありさの頭に手を回し、そっと自分の胸に引き寄せる。
すがりつくように自分の胸で涙を流すありさの髪を、咲弥はゆっくりと撫で続けた。
ありさを心配して引き返す仲間は、誰もいなかった。




