交流会2
咲弥は小さい頃から穏やかで大人びた子だと評されることが多かった。
もちろん怒りの感情を覚えることはあったが、感情をコントロールするのは得意で、少々のことなら表情に出さない自信はある。
でもだからといって咲弥が何も感じない、感情に乏しい人間かというとそうではない。
いっそ、そうだったらいいのに、と咲弥は思う。
周りにどう思われようが、周りに迷惑をかけようが、何も感じず思いのままに生きられれば、どんなに生きやすいだろうと考える。
寮のリビングでぼんやりとテレビを眺めながら、咲弥は数日前の教室の一蹴即発の空気を思い返していた。
いつもそうだった。
咲弥が入ると、調和されていたはずの空気が一気に乱れる。
女の子は咲弥を王子様のように扱い、気を引き合い、火花を散らす。
男の子はそんな咲弥に敵意を抱く。
結局、咲弥に居場所はなかった。
どこで何をしても、咲弥をめぐって争いが巻き起こる。
どうして自分はこうなんだろう。
考え出すとキリがなく、どんどん思考が暗い方に傾いていく。
一度落ち込むと際限なく落ち込んでいくのは、自分の悪い癖と自覚しているが、気分転換に付き合ってくれた両親や弟はここにはいない。
あの日から、雄大は咲弥に声をかけなくなった。
凛華が、時折何か言いたげな顔でこちらを窺っているのには気が付いていたが、あえて気付かないふりをしていた。
教室では誰とも言葉を交さず、寮でもありさと一言二言会話するだけの日々。
それは咲弥の気力をごっそり削り取るような毎日だった。
一人でも平気だ、などと思っていた自分は何にも分かっていなかったのだと痛感した。
例え学校で一人だとしても、家には両親と弟がいた。
学校では話しかけてこない近所の友達とも、地元では普通に話をすることができた。
咲弥は、本当の意味で、今まで一人きりになったことなどなかったのだ。
あ~。千晶に会いたい。
一つ下の弟の笑顔が、無性に懐かしかった。
いつも咲弥に庇われるような華奢な弟だったが、咲弥が元気がないと、いつの間にか黙って隣に座っていてくれる優しい子だった。
だめだ。完全にハマってる。こうなると俺ってなかなか浮上出来ないんだよね~。
咲弥はソファーの上で抱えた両膝の間に顔を沈めた。
「ちょっと、いいかしら」
どのくらい丸まっていたのだろうか。
ありさの声に顔を上げると、大抵私室に籠ったまま出てこない彼女が、咲弥を見下ろしていた。
「いつまでそこで丸まっているつもりなのかしら?」
口調はお嬢様モードだ。
ありさが何を言いたいのか分からず、咲弥は首を傾げる。
「あ~、もしかして何か見たいテレビがあった?」
そう尋ねるとありさはあからさまに気分を害したような顔をした。
「私が人の心配をしたらおかしいかしら」
「……心配?」
「そうよ。そんないかにも落ち込んでいる人を見たら、いくら私でも気になるわ。っていうか、落ち込むなら自分の部屋で落ち込んでくれない? こんな共有スペースで落ち込まれたら嫌でも気になるでしょ」
「あ、ああ。そうだね。ごめん」
素直に自室に戻ろうと、立ち上がりかける咲弥を見て、益々ありさが顔をしかめる。
「なんでそこは素直なの? っていうかなんでそんなの自分の勝手だろって言わないの? ここはあなたの部屋でもあるじゃない。あなたの好きにすればいいでしょう。交流会だって凛華ちゃんと行きたければ行けばいいし、あの犬っころと行きたければそうすればいい。何に遠慮してなんで一人で落ち込んでるのよ」
「……」
「咲弥はいい人すぎる。だけど全ての人にいい顔をすることなんて絶対できないんだよ? 誰かがいい思いをすれば、誰かが割り切れない思いをする。そんなの当然だよ」
「ありさ?」
「愚痴くらいなら聞いてあげてもいいわよ。ルームメイトとして、いつまでも辛気臭い顔されてちゃ気分が悪いもの」
「……」
これは、慰めてくれるつもりなんだろうか。
どう判断していいのか分からず、咲弥はつんと澄ましたありさの顔を見つめる。
「ほらどうぞ。好きなこと言ってもいいわよ」
「……好きなこと?」
「ええ。もちろん誰にも言わないわよ」
「……じゃあ」
咲弥は自分の座るソファーの隣をぽんぽんと叩いた。
「え? 座るの? ここ?」
不思議そうなありさに頷いて、再度座面を叩く。
恐る恐るありさがソファーに近づいて、咲弥の隣に腰を下ろした。
途端に咲弥の腕がありさの体に巻きついた。
「ええ!? ちょっ……!? なに?」
慌てるありさをぎゅうっと抱き込んで咲弥は自分がいかに他人に飢えていたのか自覚する。
「ごめん。愚痴は聞かなくていいから、少しだけ抱き枕になって」
「ええっ!?」
「ありさを抱いてると弟を思い出す。なんか俺いつの間にかホームシックになってたっぽいのかも」
「お、おとうと?」
「ありさ、いい匂いだね」
「あ、ありがと???」
「もうちょっとだけ、いい?」
「も、もうちょっとだけ、なら」
「うん。ありがとう。ありさ」
どこでこんな展開になってしまったのか、理解できないままもうしばらく、ありさは咲弥の抱き枕に徹するのだった。




