山田咲弥
山田咲弥はイケメンである。
身長は百六十センチ前半と多少小柄だが、すらりとした体つき、涼しげな二重の目、すっきりと通った鼻筋、前から見ても横から見ても後ろから見ても、完璧な美少年である。
咲弥は美しいだけではない。
諸事情から勉強に打ち込む暇がなく成績はあまり良くないが、スポーツ万能、父親が武道家ということもあり、その細い体躯から想像できないほど腕っぷしも強い。
田舎の町では、山田咲弥と言えば知らない者はいないくらい、有名人でもある。
そのモテっぷりは凄まじいものがあった。
だが残念なことに、咲弥はそれを喜ぶことができなかった。
なぜなら咲弥は男ではないのだから。
山田咲弥、十五才。
その見た目、服装、『俺』という一人称、女の子にしては低い声、『さくや』という名前から男に勘違いされるが、一応性別は女である。
一応、とつくのは中身も限りなく男に近く、本人はあまり性別というものにこだわっていないからだ。
咲弥の父親は実家の寺の住職をしながら、武道の道を教えている人物で、咲弥も一つ下の弟の千晶も幼いころから男も女も関係なく、同じように育てられた。
弟の千晶が男の子にしては可愛らしい風貌で多少病弱だったせいもあり、千晶を近所の悪ガキどもから守っているうちに、咲弥は立派なガキ大将へと成長した。
もし、咲弥がこれほど整った顔立ちをしていなかったら。
もし、咲弥が男ではなく女の外見をしていたら。
咲弥は普通の子供たちと同じように普通に高校に進学し、将来の夢を見つけ、その先に続いていく道に進んでいけたのだろう。
だが周囲に埋没することのできない咲弥には、普通に生きていくことは思いのほか、難しかった。
社会生活においてカテゴリー分けというものは、必須であり人間の本能でもある。
何をとっても『特異』であった咲弥は、どのカテゴリーにも入ることができなかったし、入ろうとも思わなかった。
けれども周囲はちがった。
学校では、教師たちは咲弥に他の女子生徒と同じようにスカートを履けと迫ったし、中学から一緒になった他小学校出身の男子たちには男女とからかわれ、喧嘩を売られる毎日だった。
休日に幼馴染の男子たちと町に遊びに行けば、知らない女の子たちに追い回され、それをよく思わない男たちに喧嘩を売られる。
とことん自分が集団生活に向かないことを、中学三年間で思い知った咲弥は、高校進学を諦め、家の手伝いをすることに決めていた。
実家は田舎の寺で、雑用には事欠かないし、小さいころから咲弥を知っている人たちは、咲弥を特別扱いしようとはしない。
気楽に、自分らしく生きていこう。
そう咲弥は決めていた。
もう四月だというのに、寒い夜だった。
母は弟の塾の迎えに行っていて、夕食後の居間には父と咲弥ふたりだけが残っていた。
「咲弥。お前は学園に行くことになった」
炬燵に入って、つけっぱなしのテレビを見るともなしに見ていると、父が世間話でもするかのようにそう言って、咲弥に一冊のパンフレットを寄越した。
「は? なにそれ」
そう言いつつ咲弥は上質な紙で作られたそれをぺらりとめくる。
立派な校舎に洗練された建物、それらをバックに快活に笑う少年少女たち。
その圧倒的なセレブ感に、咲弥はあっさりとパンフレットを閉じた。
「俺、高校は行かないって言ったよね?」
静かに問いかける咲弥に、父は湯呑のお茶を一口飲んだ。
「確かにそう聞いた。だがな、咲弥。お前はここしか知らない。若いうちにもっと広い世界を見るべきだと思う。その学園の理事長はわしの知り合いでな。お前にぜひ来てほしいと言うんだ」
「なんで俺……」
「ここはお前が一生を過ごすには狭すぎるように思う。一度外の世界に出てみるのもいいんじゃないか?戻ってきたければ、いつでも戻ってくればいいんだし」
「……でもここ、全寮制? 高いんだろ?」
「それは心配ない。特別に特待生枠で入れてくれるそうだ。学費も寮費も免除らしい」
「……」
ぱたんとパンフレットを机の上に置いて、咲弥は「分かった」と答えた。
テレビのバラエティー番組のにぎやかな笑い声が響く中、咲弥は冷めたお茶を一口飲む。
「このこと千晶は知ってる?」
「いや。言えばごねるだろうからな」
「そう。じゃあ向こうに着いたら千晶には手紙書くよ」
「そうしてもらえると助かるな」
父は咲弥の前に置かれたパンフレットを手に取った。
「なあ咲弥。お前がどうしても嫌だと言うなら……」
「俺は父さんの言うことには逆らわない」
きっぱり言い切る咲弥に、父は思わず目を伏せる。
「……そうだな。休みには帰ってこいよ。稽古もしないといけないからな」
「うん。分かった」
そう言うと咲弥はつけっぱなしのテレビに視線を戻した。
この人たちはいつも楽しそうだな。
華やかな笑顔を振りまくテレビの中の華やかな人たちを見ながら、ぼんやりとそう思う。
窓の外には季節外れの雪が、ちらちらと舞っていた。




