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王子様とお姫様

 その日、小さな王子様とお姫様は出会った。

 王子様はお姫さまに、紙で出来た王冠を授ける。

 黄色い色は、クレヨンで塗ったもの。

「おひめさまだ!」

「じゃああなたは、おうじさま?」

「ここは、ふたりだけの国だよ」

「わたしたちだけのせかい?」

「そうだよ!」

「……あしたもここで遊ぼうね」

「うん!」

 



「桃乃は、小さいときに会った王子様との再会をずっと待ってるんだよ! 選んでやらなかったら可哀想だろ!!」

「義理で付き合うのかよ! ちゃなの気持ちはどうするんだよ!」

 学校の最寄りから数駅離れた、とあるファストフード店。

 一触即発の空気で熱い恋愛談義を交わす、俺と一彦。

「そんなもん、中途半端にちょっかいをかける一彦が悪い! 全部『まあいいか』を選んでれば接点ないじゃん!」

「困ってる女の子が目の前にいるのにか!?」

 だが、その内容はギャルゲーについてだ。

「まああれは心が痛むよな……。無責任にあちこちにいい顔したいのはわかるわー……。二股三股かけたいってわけじゃないんだけどさー。だからあの浮気をしないと見られないイベントは、マジで蛇足だと思うよ俺」

 あ、しまった。

 これは高2の夏に出たバージョンのことかもしれない。今はまだ、高1の秋なのに。

「わかる、わかるけど、でもあの猫耳ちゃなは外せないしな……」

 あれ? 一彦も知っている。

 俺の勘違いか?

「確かにメイド桃乃自体はいいんだよ……。『今どき猫耳とかメイドとか、制作者のオッサン趣味ひでえwww』と叩いているやつもいたけどさ、やっぱ様式美だよ……!」

「定番は定番でいいよなー。しっかし武藤って無口でクールなタイプだと思ってたけど、結構熱いのな」

 オタクだからな! 

 コミュ障だけど、好きなものについてだけは饒舌だからな……!

 この世界に来て、高スペックイケメンになれて、今野さんのことを好きになって、ギャルゲーをプレイしなくなって、「このまま脱オタするのかなあ」と思ったけど、そんなことはなかった。こうやって同好の士と楽しく語っていると、やっぱり好きなものは好きだなあと思う。

 大切なものを得たときに、代わりに何かを減らす必要なんてないんじゃないだろうか。

「プレイしたくなってきたけど、俺のDSP壊れてるから、イベ確認出来ないんだよな~」

「じゃあ今度持ってくるから一緒に見よう」

 持つべき物はオタ友だ。


 

 掃除当番はたるい。

 教室でだらだらと机を運んでいると、宗形に声をかけられた。

「ゴミ捨て行こうぜ、ムトウ」

「わかった」

 二人で他愛もないことを喋りながら、校舎裏に向かう。

 外はもう大分寒くなってきた。

「そういえば言い忘れてたけど、文化祭のときのあの剣道部のショー、面白かったよ」

「なんだよ、見てたのかよ」

「一緒にいた女の子たちが見たいって言うからさ。その前の王子様のコスプレも面白かったけど」

 俺はゴミ袋を手から落としそうになった。

「な……なんだよ、見てたのかよ」

 同じことを二回言ってしまった。

「あんな面白そうなこと、俺も混ぜてくれればよかったのに」

「マジかよ」

「今野さんも王冠が似合ってたね」

「うんあれは可愛……って、なん……見て……」

 三回言うのはやめたところで、宗形の口から衝撃的な台詞が出た。

「今野さん……あの子と俺、たぶん昔、知り合いだったよ。10年くらい前」


 か……過去ありだと!


 俺なんて子供の頃の記憶を探っても探っても、女子絡みの思い出なんてまったく出てこないぞ!

 いやそうじゃなくて。

 ヒロインと、宗形に、子供の頃の思い出がある!?

 ここへきて、「宗形メインキャラ説」がまた有力なものになってくる。

 こうなると、俺が宗形に勝っていることなんて、今野さんに高校生活で最初に出会ったことと……。

「俺さ、入学式の日、電車で今野さんを見かけたんだよ」

 えっそこから始まってんの!?

 宗形の独白は続く。

「なんか知っている人のような気がして、でも話しかけて名前を聞いても全くぴんと来なくて。彼女も俺のことなんて知らないみたいだったし。でもあの文化祭のときに思い出したんだ。ああやって遊んでたことがあったなあって」

 なん……だと……。

 俺の、特に意味もない余計な行動が、宗形の記憶とヒロインを結びつけたのか。またもや人のフラグを立てさせてしまったんじゃ……。うかつすぎる!

 でも、続いた言葉は予想とは少し違うものだった。

「子供の頃、彼女にフラれたんだよなー。懐かしいよ」

「フラれた……?」

「いや俺が悪いんだけどさ。嫌われたんだ。約束したのに、会いに行かなくて」

 宗形はゴミを収集所に放り投げながら言った。



 だって楽しかったんだ。 

 他の子と遊んでいて、夢中になって、すっかり約束を忘れて。

 約束の次の日にその場所に行ったら、王冠が捨てられていた。

 その次の日も、さらに次の日も。

 あの女の子はこなかった。

 

 だいじょうぶ。僕にはたくさんのともだちがいる。

 だからひとりへったって、ぜんぜんだいじょうぶ。

 むねがどきどきして、ちくちく痛むけど。



「俺なんかより、今野さんの方が傷ついたと思うけどさ」

「意外だな……。宗形って子供の頃からそつなくやってたイメージだったよ」

 宗形はゴミの山をみつめたまま言う。

「いや、あれからだよ。たくさんの人に好かれていたら、たった一人に嫌われても生きていけると思ったんだよ」

 

 頭を強く殴られたような気がした。


 これは、俺が聞くべき言葉じゃない。

 ヒロインが聞くべき言葉だ。

 ヒーローの、王子様の、心の奥底にあるものの吐露。


 人のフラグを立てたどころじゃない。

 宗形の、ヒロインとのイベントを、俺がとってしまっているんじゃ……!


「子供の頃の話だよ? 今はただの俺の気質っていうか。大勢といるの、好きだし」

 なんと声を掛けて良いのかわからない。

 こんな、人のルートに、ずかずかと踏み込んで……。

 ん? 見方を変えれば、これはとても俺に都合がいいんじゃないか?

 宗形の今野さんへの好感度が上がる前に、重要イベント自体を排除する機会が出来たんだろ? 俺、ナイスプレーなんじゃないのか?

 今の宗形の中には、今野さんへの恋心は本当にないみたいだし、想いを引き裂くわけでもない。

 彼にとって今野さんは、子供時代のちょっとした、しかし小さな爪痕を残して人格形成に影響を与えた女の子でしかない。

 ああでも、宗形は今野さんに選ばれない限り、ずっとそのトゲが抜けないままなんじゃないか。

 それじゃ、宗形が可哀想じゃないか!!!!

 ……あれ?

 ……そうなのか?

 大体、今野さんはどう思ってるんだ?

 宗形のことを忘れてるみたいだから、どうでもいいのか? それとも思い出自体は心に残っているのか?

 自分の中で、とくラブのストーリーと目の前の出来事が境目を失っていく。

 ああ、どうすればいいんだ俺は……!

「……宗形は、たくさんの人に好かれるなんてことが出来ている時点ですごいと思うよ。普通の人はやろうとしても簡単には出来ないよ」

 脳みそをフル回転して、言葉を探す。

 宗形は黙っている。俺は一人で喋り続ける。

「でも……自分を嫌っているのが、大切なたった一人だったら……」

 好きな人がいない世界、今野さんがいない世界にいっただけであんなに怖かったのに。

「……本当に大切な人だったら、そんなことはないんじゃないのか? その一人にさえ好かれていれば、全世界から憎まれても平気なんじゃないか」

 あれ? 何を言いたかったんだ?

 やばい、俺、追い打ちかけてる???

 ようやく宗形は口を開いた。 

「俺が気付かないことにしていることを、わざわざ言わないでくれよ。本当にムトウは空気も距離感も読めないなあ」

 彼の言葉は珍しく毒を含んでいて、俺に突き刺さってきた。

 でもその目はとても悲しそうに笑っていたので、不思議と攻撃性は感じなかった。

 余計なことを言って、宗形を傷つけてしまった。彼が身につけてきたものをはぎ取ってしまった。

 こんなことなら何も言わず、話題自体にあまり興味がないふりをしてスルーすれば良かったかな。 


 でもそれじゃ何も変わらないんだ。もう散々思い知っただろう?


 自分でつけた傷は、自分できちんと癒そうじゃないか!

 重要な台詞を聞いてしまったからには、俺が最後まで責任を持って受け止めてやろうじゃないか!

 任せろ、その、イベントフラグ!


「俺はずっと待っててやるよ。宗形のこと」


 って、何を言っているんだ俺は!

 これはギャルゲーじゃないぞ!


 柄にもないことをやろうとしたのがまずかったのか……。

 がっくり肩を落としながら宗形を見ると、その顔にはいつものタレ目イケメンスマイルが戻っていた。

「ありがとう。俺も、いい友達がいて嬉しいよ」

 つられて俺も笑う。

 なんだか、ようやく宗形と「友達」になれた気がした。

評価、ブックマーク、ありがとうございます。とても嬉しいです。

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