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50. 留まる想念

 ソウさんと待ち合わせたのは、『おばけ公園』と呼ばれる児童公園。以前は炎の従者が潜み、私はその場所で視矢くんと初めて出会った。


 従者がいなくなっても、犠牲になった子供たちの命が戻ることはなく、一度広まった不気味な噂は公園から人の姿を遠ざけたまま。入り口には供養の花が置かれ、使われない遊具だけがぽつんと影を落としている。


 公園内に足を踏み入れた時、ふと空気の淀みを感じた。薄らとした邪気が、大気に混じって残り香のように漂っている。 


(何かいる、のかな)


 従者より曖昧な気配なので、いたとしても無害な浮遊霊の類だろう。昔からよく霊的なものを目にしてきたせいか、特別怖いという感覚はなかった。

 なぜ自分にそういった存在が見えるのかずっと不思議だったものの、今にして思えば私の前世が巫女だったためだと頷ける。


 十四時までまだ十五分程あり、吹きっさらしの寒風に身震いした私は、風除けに設置された大きな傘型の屋根の下に入って待つことにした。

 傘の支柱に背を預け、両手に息を吐き掛けていると、背後で空気が動く。


「ソウと待ち合わせ?」

「……シャドウ!?」


 不意に見知った青年が太い柱の反対側からひょっこり顔を覗かせた。悪びれる素振りはなく、ごく自然に声を掛けて来る。人と同じ姿をしていても、人ではない水の従者。


「視矢くんにあんな酷いことして、よく出て来れたわね」


 神社での出来事が思い起こされ、胸に激しい怒りがこみ上げた。後じさり、鋭く睨み付けて構えを取る。

 武術が通じないのは承知している。易々とあれ程の爆発を起こしたのだから、到底太刀打ちできる相手じゃない。だとしても、抵抗もせず従者に服従したくなかった。


 シャドウにとって、きっと私の攻撃なんて取るに足らない。簡単に蹴散らせるだろうに、それさえ面倒なのか、あっさり両掌を胸の前で広げて降参の仕草をした。


「死んでないだろ、あいつ。ちゃんと手加減したし」

「あれで、手加減なの」

「殺す気なら、もっときっちりやってるよ」


 大怪我をさせようが、死ななければ問題ないと言っているようなもの。やはり目の前にいるのは冷酷な従者だ。


「今日は、あんたに忠告しようと思ってさ。ソウは策士だよ。関わらない方がいい」


 危害を加えるつもりで来たのではないと告げ、そんなことを口にした。唐突な言葉に、私は首を傾げてしまう。


「どういう意味……」

「あいつの優しさは計算ずくってこと。いいように利用されてるだけ」


 顔を歪めて、シャドウは視線を落とす。ソウさんとは敵同士で、互いに相手をよく知っている。それはそうとして、中傷めいたことをわざわざ私に教えに来た理由が腑に落ちない。


「まあ、酷い目に遭いたいなら、勝手にすれば」


 こちらの反応を窺いながら、嘲るように付け足した。どう返そうか言葉を探しているうちに、公園の大時計が二時の時刻を告げる。と同時に、小さく舌打ちした水の従者は、忽然と姿を消してしまった。


「あ、待って!」


 慌てて呼び止めても、もう遅い。その場に残されたのは私一人。ソウさんが来るまで引き留めておけばよかったと気付いたところで、後の祭り。


(何やってるの、もう)


 自分の迂闊さを悔やみ、頭をごつんと拳で叩く。思いの外、力が入り過ぎ、「いたた」と呟いて頭を押さえた。


「力一杯叩くか、普通」


 文字通り頭を抱える私の後ろで、くっくっと笑う声がした。驚いて振り向けば、すぐ近くにソウさんが立っている。


「ソ、ソウさん、どこからいたの?」

「どこからと言われても」


 一体いつからいて、シャドウとの話をどこから聞いていたのか。そう問おうとして、なんだかおかしな言い方になってしまった。

 とりあえず意図は伝わったようで、彼はゆっくり周囲に視線を巡らせる。


「今来たところ。気配が残ってるな。シャドウがいたのか」

「うん……。ごめん、逃がしちゃった」


 まさに一瞬の差で入れ違ったらしい。

 申し訳なさに項垂れる私の横で、ソウさんは特に表情もなく、無言で虚空を見つめている。


「別の気配も感じる。炎の従者の、幼い思念」


 砂場付近に目を向け、静かな声で言う。そこでようやく、私は公園に入ってずっと感じていた気配の正体を理解した。わずかな邪気は、炎の従者の意識の断片、残留思念だ。


「九流弥生の弟、いや、息子だっけ」


 軽い調子で指摘され、心臓が飛び跳ねた。

 従者についての真実を知るのは、事務所の面々だけ。来さんがTFCへ上げた報告書にも、その辺の詳細は伏せてある。


 あの一件があった頃、ソウさんはノルウェー在勤で日本にいなかった。後から独自に調査したのか、あるいはナイが情報を流したのか。どちらも十分あり得る。ただ、事務所に何も警告がないということは、その事実はTFC本体が知るところではないのだろう。


 ソウさんはTFCに所属していても、TFCに従順ではない。といって、全面的に事務所に味方してくれるわけでもない。


「やっぱり、きみに失態を償ってもらおうかな」

「……え!?」


 妙に含みのある声音に、私は何事かと目を瞬かせた。先程のシャドウの件を言っているのだと気付いて、ごくりと息を飲む。てっきり許してくれたものだと思っていたのに。


 TFCのハンターの立場で、ソウさんはシャドウを追っている。ターゲットを捕らえるチャンスをフイにしたとして、私だけならともかく、事務所に責任が及んでは困る。

 焦って困惑する私を尻目に、ソウさんは意地悪く口角を上げた。


「これから、うちに来てスイーツを試食して欲しい。詫びは、それでチャラ」

「詫び、って……」


 呆気に取られていると、さらに追い討ちを掛けられた。


「司門らに迷惑を掛けたくなければ、従った方がいいと思うけど?」


 つまりは、償いという名目の試食の招待。ソウさんが料理好きなのは知っているし、TFCでのトレーニングの日は、手作りのお菓子を作って来てくれた。でも、さすがに家に行くとなると躊躇われる。


「きみに不埒な真似はしない。俺も職を失いたくないからな」

「そういった心配はしてません」

「……そうか。なら、問題ない」


 私の即答が意外だったようで、珍しく少しばかり驚いた顔をされた。ソウさんはマンションで一人暮らし。実際、男の人のマンションへ行くことより、来さんたちに黙って行くことの方が問題だ。

 もっとも、こうして内緒でTFCの人に会っていること自体既に後ろめたいので、今更かもしれない。


 気が咎めつつ、ソウさんの後に付いて行けば、公園の横に車が停められていた。

 どうぞ、とエスコートさながらに助手席のドアを開けてもらい、なんとなく緊張する。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 まるで執事みたいに優雅に一礼した後、ソウさんは運転席側へ回った。


(ソウさんの優しさは計算ずく、か)


 ハンドルを握る綺麗な横顔を窺いつつ、シャドウの言葉を反芻する。二人の間には、追う者と追われる者以外に他の因縁がある気がした。

 確かにソウさんには謎が多いけれど、私は自分の直感を信じていたい。

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