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逃げる以外に道はない  作者: イングリッシュパーラー
第2章 水編/訪問者は午後に
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44. 開かれる道

「ソウのもとで、破魔の力を引き出すトレーニングを受けてもらいたい。火・木の午後、週二回」


 スーパーでソウさんと会った翌日、私を事務所のソファに座らせ、来さんは重たそうに口を開いた。口調と表情から、不本意だという心持ちがありありと見て取れる。


 TFCはノルウェー本部に訓練施設があり、本来ならノルウェーまで行かなければならない。でも私はそもそもTFCに所属していない一般人だし、北欧なんて無理な話だ。

 来さんが言うには、日本にも教官に当たる『導師グル』がいて、ソウさんもその一人。つまり導師に教えを乞えば、ノルウェーに行かずとも力を開花する訓練ができる。


「無理強いはしない。嫌なら、遠慮なく断ってくれていい」

「もちろん、受けます!」

「……そうか」


 一も二もなく快諾する私と真逆に、来さんは眉を下げて力なく頷く。むしろ断って欲しかったと言いたげに。

 私にとっては願ったり叶ったりで、事務所の仕事を続けながら訓練できるなら、断る理由などない。


「トレーニングのこと、視矢くんは何か言ってた?」

「破魔の力を使いこなせれば、あなた自身で身を守れる。そう指摘されて、私も視矢も拒否できなかった」


 来さんはソファに浅く腰掛け、苦々しい面持ちで膝の上で両手を組んだ。

 ソウさんが導師だと、来さんたちは最初から知っていたはずなのに、前に尋ねた時は教えてくれなかった。今になってようやく話してくれたのは、ソウさんが来さんたちを上手く言い包めたに違いない。おそらく、データへの不正アクセスの件で脅しを掛けて。


「小夜をソウに任せるのは、抵抗がある」

「大丈夫。心配しないで」


 肩を落とす来さんに、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。私がTFCと直接関わることに、来さんも視矢くんもずっと反対していた。それは、心配してくれているからだと分かっている。


 TFCでの訓練に不安がないと言えば嘘になるけど、不安より破魔の力を扱えるようになりたいという思いの方が遥かに強かった。

 鬼門から溢れ出す瘴気で異形のものは増え、状況は悪化する一方。来さんも視矢くんも毎日へとへとになっている中、私だけ何もできなかった。せっかく機会をもらったのだから、トレーニングがどんなものであってもしっかりやり遂げたい。


「あの男には気を許さない方がいい」

「……うん、分かった」


 来さんの言葉に、反論せずに頷く。私などより、来さんたちの方がソウさんと付き合いが長い。ソウさんが本当は弟さん思いの優しい人だと訴えてみても、TFCと事務所とのしがらみは簡単に解けないだろう。忠告は心に留め、私は私の感じたままにソウさんと向き合えばいい。





 

 慌ただしく日々は過ぎ、依然視矢くんとは顔を合わせることがないまま、TFCでのトレーニング初日が巡って来た。

 事務所での仕事を午前中に片付け、昼食を取ってから、私は気合いを入れて出掛ける準備をする。


「終わったら、直帰していい。何かあれば連絡して欲しい」

「はい。じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 ドアのところで来さんが見送ってくれた。私がTFCへ行っている間は、来さんが事務所に残ることになっている。いつもと反対に送り出される側になり、行ってらっしゃいの言葉が妙にくすぐったい。


(迷子にならないようにしなきゃ)


 TFCを訪れるのは、当然初めてのこと。マンションを出て、スマホで目的地の位置情報を確認する。事務所から駅までは徒歩、そこから郊外にあるTFCのオフィスビルまで十分程電車に乗る。

 TFCは表向き社会秩序保護活動のNPOとなっているため、外観はとても政府機関には見えない。注意していないと通り過ぎてしまいそうなぐらい何の変哲もない建物だ。


 歩きスマホは危険だと言うけれど、まさにその通り。スマホを操作していたせいで、その時近付いて来るオートバイにぎりぎりまで気付かなかった。前方に走り込んで道を塞がれ、私はびくりと顔を上げる。

 白昼堂々のひったくりかと身構えていると、こちらにぽんとヘルメットが放られた。


「乗れ、観月」


 オートバイのライダーはフルフェイスのヘルメットのシールドを上げ、首を振って後部座席を示す。

 ヘルメットを反射的に受け止めて、私は目を見張った。わざわざ迎えに来てくれるとは予想もしなかったので、驚いて白髪のその人を見つめる。


「……いつも、突然だね。ソウさんて」

「仕方ない。きみの連絡先を知らないし」


 半ば呆れて呟いた私に、ソウさんはしれっと返した。事務所に連絡することもできるのに、そうしないのは、きっと来さんがいい顔をしないと承知してるから。


 黒い車体に白いラインが入った大型のオートバイは、二人乗りできるようになっていた。昨日スーパーに行った時は車で、今日はバイク。なんだか改めて、事務所のスポンサーであるTFCの資金面での大きさを実感する。


「今日は、車じゃないの?」

「ああ。今日は、荷物は観月だけだから」

「荷物って何」


 失礼なソウさんに、私は頬を膨らませて見せた。手荷物はリュック一つだけど、オートバイの二人乗りなんて勝手が分からない。重いヘルメットをかぶるのにも四苦八苦していたら、ソウさんは苦笑しながら正しい位置に直してくれた。


「これを着てろ。風が冷たい」


 何とかヘルメットを装着すると、今度は厚手のダウンジャケットを手渡される。ソウさんの方がずっと薄着で、身に着けているレザーの上着だけでは十分な防寒になりそうもないのに。


「駄目だよ! ソウさんの方が風邪引いちゃう」

「引かない」


 問答無用でジャケットを羽織らせられては、断るに断れなかった。


「じゃあ……、お借りします。でも寒かったら、絶対すぐに言ってね」

「寒さは感じないんだ」


 ぶかぶかの分厚いダウンジャケットは、風を遮ってくれてとても暖かい。ちらりとソウさんに目をやれば、言葉通り寒さを我慢している様子はなく、むしろ不思議なくらいに平然としている。


「しっかり捕まって。少し飛ばす」

「安全運転で!」

「当然」


 エンジンが掛かった後、物凄い加速を体に感じた。冬の大気が容赦なく打ち付ける一方で、経験したことのない疾走感を味わう。


(冷たい……?)


 振り落とされないよう必死に腰にしがみついていても、ソウさんの体温がまったく伝わって来ない。薄い上着の下は固く冷たく、まるで無機物に触れている感覚。


 オーガストで見たソウさんの写真は、四年間で重ねた歳月を証明していた。現在ソウさんは二十七歳だと言っていたし、来さんのように歳を取らないわけじゃない。

 けれど邪神に対抗できるということは、やはり普通の人間とは違うのかもしれない。


(やめよう、詮索するのは)


 底なしの思考の深みに陥り掛けて、首を横に振った。

 視矢くんも来さんも、そして多分ソウさんも、各々がそれぞれの事情を抱えて邪神と関わっている。

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