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逃げる以外に道はない  作者: イングリッシュパーラー
第2章 水編/訪問者は午後に
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43. カップルデー

 スーパーの駐車場にソウさんのシルバーのセダンが停められていた。買い物袋を “人質” に取られた私は、否応なく助手席に乗り込んだ。


 TFCへ連れて行かれるのかと思いきや、向かったのは馴染みのある場所、カフェ・オーガスト。この街では有名な老舗のスイーツカフェで、視矢くんや来さんと何度か訪れたことがある。

 漆戸良公園の鬼門を抑えるべくTFCも忙殺されているのに、第一線のソウさんがこんな風にのんびりしていていいのかと他人事ながら心配になってしまった。


「向こうに座らない?」


 私はいつも座る窓側のテーブルを敢えて避け、店の奥にあるテーブルを指差した。

 窓側の席は通りに面していて外から丸見えになる。ソウさんといるところを万が一にも視矢くんたちに見られたくなかった。


「司門には、俺が無理に誘ったと報告しておく」


 私の胸の内を察し、ソウさんが先回りする。策士かどうかはともかく、状況を素早く読んで行動する人には間違いない。

 テーブルに頬杖を突き、TFCのおごり、とメニューを私の前に置く。すらりとした長身に加え整った容姿のせいか、ちょっとした動作がモデル並みに様になる。


 私がチョコレートムース、ソウさんがエスプレッソを頼むと、オーダーを取りに来た若い女性店員が心なしか頬を染めた。それに対してにこりと笑みを返すあたり、ソウさんは女性慣れしている。

 来さんもソウさんも、行く先々で周りの女性の視線を集めてしまうため、ひたすら居心地が悪い。


「この前、俺のターゲットが事務所へお邪魔したんだって?」


 落ち着かない私に、ソウさんが一気に切り出した。冷汗が背中を伝うものの、乗せられて反応を返せばぼろが出る。

 敢えて『ターゲット』という言葉を使ったのは、不正アクセスがばれている証拠だ。私はごくりと息を飲んで、向こうの出方を窺った。


「あの小生意気な水の従者。名前は名乗らなかった?」

「……シャドウ、って言ってた」

「シャドウね。あいつらしい」


 ソウさんは従者のことだけを問い、内部機密を覗き見たことについては一切触れて来ない。こちらは、ただ心臓をばくばくさせながら次の言葉を待つ。

 事務所に対しTFCからの通告は何もないので、恐らくTFCにというよりソウさん個人に知られただけ。もしや、システムへの不正アクセスの件は不問にしてくれるつもりなんだろうか。

 あれこれ考えてみても、ソウさんが何も聞いて来ない以上、確かめる術はなかった。


 やがて注文したものが運ばれてきて、会話を一時中断する。シャドウの話なら無難かと思い、私は店員がテーブルを離れてから、気に掛かっていたことを尋ねた。


「ソウさんは、シャドウを殺すつもりなの?」

「いや。まだ監視中の段階」


 TFCのハンターは従者を狩るのが務め。実際、みぞれの降った日、ソウさんは従者を仕留める目的で外を歩いていた。TFCのやり方は冷徹だと視矢くんたちは言うが、人の姿をしたシャドウは例外なのかもしれない。

 とりあえず、今のところ物騒な事態にはならずに済みそうだ。ほっとした私は、チョコレートムースを勢いよく口へ運んだ。


「俺が殺さないと知って安心した?」


 エスプレッソを口元で傾けながら、ソウさんがくすりと笑う。毎回表情からことごとく気持ちを読まれてしまうのが、なんだか悔しい。私もどうにかして相手から情報を引き出そうと、対抗するように質問を重ねた。


「ナイが言ってたけど、シャドウは強い従者なんでしょ?」

「そこそこね」

「最初見た時、高校生かと思っちゃった。シャドウが二十歳って本当?」

「さあ」


 むきになって水を向けても守りは固く、のらりくらりとかわされる。涼しげに店内を眺める整った横顔を、私は少しばかり恨めしく見つめた。


「そろそろかな」


 私のチョコレートムースが空になった頃、ふとソウさんが視線を店の奥へ向けた。

 午後三時の時報を合図に、店内の音楽が変わり、デジカメを持った店のスタッフが数人客席を回り始める。今日がカップルデーだと、そこでようやく気付いた。


「お客様。お写真、撮らせていただいてよろしいですか?」

「あ、ごめんなさい…!」


 席にやって来てにこやかに問い掛ける店員に、慌てて首と両手と横に振る。いくら何でも、勤務時間中にカフェで写真を撮られるのは困る。

 一方、「別にいい」というソウさんの言葉は了承の意味で受け取られ、必然的に彼の苦笑がカメラに収められた。


「写真はアルバムに張りますので、よろしければ、またいらしてくださいね」


 そう言って、店員はお礼のフルーツケーキをテーブルに置いていく。


「カップルデーか。まだ続いてるんだな」

「ソウさん、知ってるの?」

「昔、弟と来たことがある。その時も写真を撮られた」


 ソウさんは自分のケーキを私に手渡すと、懐かしそうに目を細めた。

 オーガストでは、毎月15日の十五時に同じテーブルにいる男女の写真を撮り、アルバムに記念として残している。客の年齢は関係なく、複数のグループでも構わない。もちろん強制ではないので、写真は全員でも一人でもいいし、嫌なら断ればいい。


 カップルデーに当たったのは、私は今回が初。噂では、ここで一緒に写真を撮ってもらった縁で恋人同士になった二人もいるのだとか。ソウさんは前に弟さんと来店した際、たまたまこのイベントに遭遇したらしい。


「写真て、男女二人連れが条件じゃなかった?」

「弟が、女に間違われた」


 目を丸くした私に、ソウさんはカウンター近くの棚からアルバムを一冊持って来て見せた。

 カップルデーの過去の写真はイベントが始まった当初のものから保管されており、誰でも閲覧できる。赤茶けたアルバムには何度もめくられた跡が付いていて、店を訪れた人の思い出が詰まっていた。


「四年前だ。俺が、二十三の時」


 数は膨大ながらきちんと整理されているため、日付さえ覚えていれば目当てのものを探すのにさほど苦労はしない。

 示された写真には、テーブルに身を乗り出した少年と、その向かい側にソウさんが写っていた。何年も前のオーガストは、現在と内装が違う。弟さんはふざけて両手で目を隠しているので、顔立ちは分からないものの、ユニセックスの可愛い服で少女と勘違いされるのも頷けた。


(この頃は、髪黒かったんだ……)


 写真の中のソウさんは、髪色を除けば今とあまり変わらない。現在のような白髪ではなく、黒い髪。白い髪も十分綺麗とはいえ、黒髪の方が落ち着いた感じがする。


「弟さん、女の子に間違われたのに、写真撮られるの、よく了承したね」

「かわいいと褒められて、喜んでたからな」

「男の子に『かわいい』って、褒め言葉なの?」

「普通は違う」


 ソウさんは指で写真をなぞるようにしてから、弟とは疎遠になったけど、と呟いてアルバムを閉じた。

 当時もソウさんはTFCに所属していた。この四年の間に、弟さんと離別し、自身が白髪になるような出来事があったのだろう。

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