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24. 巡り結ぶ絆

 秋の日はつるべ落としとは、よく言ったもの。いつの間にか、空は夕暮れから夜の闇へと移り変わっていた。

 観月のアパートを外から確認した時、彼女の部屋は真っ暗で明かりが点いていなかった。留守だと分かり、俺はもう生きた心地がしない。

 近所のスーパー、コンビニと観月の行きそうな場所を思い巡らしたが、結界が破られたことは来から聞いたはずで、いくら無鉄砲でも遠くに出掛ける程愚かではあるまい。


(家の近く、か)


 以前、観月は横の空き地でマーシャルアーツの一人稽古をすると言っていた。十九時までは電灯が点き、住人はあまり利用することもないので、軽く汗を流すには最適だ、と。


 もしやと思って建物の裏へ回ると、土壌がむき出しの更地がやけに明るかった。

 案の定、そこにはトレーニングウェアを着た観月の姿があった。砕けたブロック片を片付けていた彼女は、こちらに気付くとびっくりして目を大きく見開く。

 俺は安心して気が抜けた反動でつい捲し立てていた。


「バカ! もう暗いのに、何やってんだ。襲われてえのか、お前は!」

「バ、バカはないでしょ! ちょうど引き上げるとこだったんだから」


 いきなりバカ呼ばわりされ、観月もむきになって言い返す。今一番不安なのは、彼女の方。こんな時に稽古していたのも従者に襲われる恐怖を紛らわせるためだと察しが付くのに、感情に任せて怒鳴ってしまった自分の大人げなさが嫌になる。


「……悪かった。とにかく、早く部屋に戻ってくれ」


 気まずい雰囲気の中、俺は木刀を塀に立て掛け、散らばった破片の後片付けを手伝った。

 空地の隅には割れたブロックと真っ二つになった板が積まれており、彼女の稽古の苛烈さに思わず息を飲む。


「視矢くん、九流さんは……」

「え? ああ、フラれた」


 九流の伝言を聞いた観月に嘘を言っても仕方ない。正直に答えると、彼女はぴたりと足を止めた。


「……私のところへ来たのは、九流さんの代わり?」

「あのな! お前のことが心配だったからに決まってんだろ。そもそもあの女とはそういう関係じゃねえし」


 完全に誤解されていると分かり、やりきれない気持ちでガシガシと頭を掻く。きちんと事情を説明できない現状がもどかしい。声を荒げた俺に、観月ははっとしたように顔を上げ、ごめんと小さく呟いた。

 

「……左手、どうした」


 電灯の下、観月の左手に巻かれた白い包帯が目に留まる。慌てて手を後ろに隠そうとするので、少々強引に腕を取った。


「見せてみ」

「あ、ちょっと……」


 やはり左手の甲にガーゼが当てられている。観月は体を強張らせただけで、俺の手を振り払いはしなかった。武道家とは思えないぐらい、細い腕。これでよくあれだけの破壊力が出せると感心する。


「もしかして、アレで怪我したとか?」


 俺はくいと顎を上げ、ゴミ置き場に運んだブロックの残骸を目線で示した。


「違うよ。ただの火傷」

「火か? いつ?」

「少し前、ボヤがあったの」


 目を泳がせて観月はぽつりぽつりと話した。空き地で稽古をしていた際、ゴミ置き場で火の手が上がったのを目撃し、火を消し止めようとして軽い火傷をしたという。

 傷口から瘴気は感じられなかった。ボヤが九流の仕業かどうかはともかく、炎自体は魔を含まない普通の炎だ。決して楽観はできないが、今のところ従者は現れていないことにほっと胸を撫で下ろす。


「観月。他に変わったことなかったか? たとえば誰かが――」

「あ、いたいた。小夜ちゃん!」


 九流の件を問い掛けた時、突如割って入った第三者の声に会話を遮られた。

 ふくよかな中年女性が、救急箱を手に小走りにこちらへやって来る。サンダルを引っ掛けてアパートから出て来たところを見るに、ここの住人だろう。


「宮森さん、さっきはありがとうございました」


 明るい笑みを浮かべ、観月がぺこりと頭を下げる。


「お礼を言うのは、こっちよ。火傷どう、痛む?」

「大丈夫。もう平気です」

「ならいいけど、痕が残ったら大変だからね」


 女性は心配げに、観月の手に巻かれた包帯に目を落とした。いまだ俺に左手を取られたままだと気付いた観月は慌てて手を離し、距離を取る。

 宮森さんは同じアパートのお隣さんで、火傷の手当てをしてくれたのだと言う。外見は年上であるため、俺は礼儀正しい口調で尋ねた。


「ボヤがあったそうですね。放火ですか?」

「さあねぇ…。でも小夜ちゃんがすぐ消火してくれたおかげで、助かったわ」


 被害はゴミ置き場だけで済み、大事にならずアパートに備え付けの消火器で火は消せた。消防署の見解では、ゴミ袋の中の発火物が燃えたのではないかとのこと。風向きから考えて、建物の方に燃え広がらなかったのは若干不自然かつ意図的なものを感じるが、何にせよ幸いだった。


「よく効くお薬もらったから、包帯を替えてあげようと思ってね。でも彼氏が来てるなら、小夜ちゃんのことは任せるわ」

「え? この人は彼氏じゃ……」


 誤解したまま、宮森さんはうふふと笑って俺に救急箱を手渡しアパートへ戻っていく。いかにも気の良い世話焼きなおばちゃんを体現していて、多少押しが強いけれど、まあ親切な人には違いない。

 取り残されて佇む俺と観月は、何となくお互い顔を合わせられず視線をさまよわせた。


「包帯替えてやるよ。片手じゃ、やりづらいだろ」

「……うん」


 救急箱が俺の手にある以上、使わずにいるのも宮森さんに悪い。そう自分に言い訳をして、観月と一緒に部屋へ向かう。空き地を出た背後で、周囲を照らしていた電灯が消えた。ちょうど十九時になったらしい。

 しんとした夜の静寂の中、地面を踏みしめる二人分の足音と騒ぎ立てる俺の心臓の音がやけに大きく耳に響いた。

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