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21. 心は彷徨う

 指定された霊園へ着いてみれば、お付き連中なしで九流が珍しく先に来て俺を待っていた。

 九流の外出パターンは二通り。社長令嬢の顔の時はボディガードと思しき黒服の男たちを引き連れ、信者でいる時は単独で行動する。


 墓参りと称して俺を呼び出した女は、供えの花だけを携え、薄闇の中墓石の間を通り抜けて行った。日が暮れてから墓地へ入る物好きは俺たちぐらい。白く浮かび上がった幾つもの墓石を見回しながら、問い掛けることなく黙って後を付いて行く。


「高神さん。足元、危ないから気を付けて」

「あんたこそな」


 たとえ光がなくても、俺は夜目が利く。ハイヒールのパンプスでは砂利道は危なそうに見えたが、九流は案外歩き慣れているらしい。


「優しいのね。手でもつないでくれる?」

「必要ねえだろが!」


 反射的に後ずさった際、俺の方が墓石の石段につまずいて転び掛け、九流の失笑を買った。


「手を引いて差し上げましょうか」

「結構だ! それよりどこだよ、あんたの親父さんの墓は」

「……そこよ」


 きちんと整備された霊園を抜け、九流は近くの草むらを指し示した。そこは敷地外であり、墓所ではなく無論墓石もない。ただ、卒塔婆に見立てた細い木の板がその場所に立てられている。


「きちんとしたお墓は作ってあげられなかった」


 傍らの枯れた花を片付け、持って来た花束を卒塔婆の下に置く。打ち捨てられ、墓としてまったく管理されていないのは一目で見て取れた。


(信者だったからな、無理もねえ)


 墓は宗派に捕らわれないといえど、邪神信仰は決して周囲に歓迎されない。信者でない遺族にしてみれば、忠明は異端であり親族の面汚しだ。もっとも従者にならず、最期はこうして人間として死んで土に還れただけまだ幸せと言える。

 黙って目を閉じ両手を合わせた俺に、九流は不思議そうな目を向けた。


「父はそこにはいないわよ」

「ま、そりゃそうだが」


 墓の前で故人を悼んでも仕方ない。そんな意味かと捉えたけれど、どうやら違う。

 突然まるで明かりが灯ったかのように、ぼうっと周囲が照らされた。九流の手の上に揺らめく炎を見て、鬼火の正体を知る。突然瘴気が立ち込め、俺は全身を緊張させて木刀を構えた。


「ランタンの代わりにしちゃ、いただけねえな」

「ここよ、父は」


 高く上げた腕の先で、一際炎が輝き、楽しげに踊る。


「……炎の精は人魂じゃねえぞ」

「これは父なの」


 愛しそうに腕を動かす仕草は炎の精への愛撫を思わせ、薄ら寒さを感じさせた。九流は本心から自分の父だと思っている。炎の精を呼ぶことに執着したのは、それ故だろう。

 炎の精はクトゥグアに仕える種族であり、死者の魂ではない。信者であれば眷属について百も承知のはずなのに、なぜそんな馬鹿げた考えを持ったのか。


「……公園のあの子ね、父の実子よ。母と別れてからできた子」


 静かな口調で紡がれるのは、隠された秘密だった。忠明に再婚歴はなく、すなわち婚姻せず生まれた子。信者リストにさえ載っていないとは、余程巧妙に隠蔽されたに違いない。

 児童公園の従者は、養護施設にいて行方不明になった子供だ。十にもならない幼い子供が従者になるなんて異常だと思っていたが、父親が信者なら納得がいく。


「行方が分からなくなって、あちこち探し回ったけど。見つからないはずよね」

「もしかして、あんたがあの夜、出歩いてたのは……」


 忠明の離婚後も、おそらく父と娘の交流は続いていた。しかし九流が信者になったのは最近のこと。男たちに襲われかけていたあの夜は、まだ信者ではなかった。信者に身を堕としたのは、年端も行かない肉親が児童公園の従者だという無情な事実を知ったせいかもしれない。


「私たちは、いつまでも家族よ」


 優しい響きを持つはずの台詞は異様に妖しげで、俺は気を引き締める。どんな事情があろうと、邪神信仰の免罪符にはなり得ない。薄い笑みを口元にたたえた女が、炎の精を召喚する脅威であるのは変わりなかった。

 





「無理をしなくていい。あなたが苦しいと、私も苦しい」


 視矢が事務所から出て行った直後、遠慮がちにドアの方に目をやった小夜に来は優しく声を掛けた。先程の電話の内容に関心がない振りをしていたが、本当は気に掛けていたことも分かっている。

 ちょうど小夜が来ている時に、弥生から電話が掛かって来るとはタイミングが悪すぎた。


「あ……、無理なんてしてないよ。平気!」


 殊更明るく言って小夜は笑顔を作った。想いを見透かされた恥ずかしさより、いつも気を遣わせてしまう申し訳なさが先に立つ。暗い顔をしていたら、視矢の代わりに護衛をしてくれる来に失礼だし、心配を掛けるだけだ。


 小夜の笑顔を見て、来は表情をますます曇らせる。少しでも慰めになりそうなものはないかとしばらく考えた末、服の下に身につけていたペンダントを首から外した。


「ナイが言うには、これはセレナの遺品だそうだ」


 告げながらペンダントを小夜の掌に置く。ペンダントは褐色の平たい石に紐が通された簡易な作りで、石の表面には縦線と斜線から成る不思議な文字が刻まれていた。


「これ、ルーン文字?」

「よく知っているな」

「ファンタジー映画で見たことある」


 もちろん文字は読めないため、何が書かれているかは分からなかった。それでも、触れていると不思議と心が安らぐ。石は、シモンの身を案じたセレナが彼に送った護りだという。


「私はたびたびセレナの夢を見る」

「セレナの?」


 来からセレナの話を聞くのは珍しい。意外そうに小夜は問い返す。

 

「夢の中で、いつも彼女は明るく笑っている。シモンと一緒に。だから、あなたにも笑っていて欲しい」


 ナイと違って来には前世の記憶がなく、セレナを知らない。夢の中の来は、セレナとシモンを外側から眺める傍観者だった。はっきりした思い出はないのに、どこか懐かしさを伴って、映画の一場面のように過去の二人の恋人たちの姿を見ていた。


「観月が持っていてくれ。私にはもう必要ないと思う」

「だめだよ! セレナからもらったものなら、来さんが持ってなきゃ」

「私はシモンではないから」


 慌てて返そうとする彼女を遮り、来はその手にペンダントを握らせた。


「セレナの想いを一旦あなたに返す」

 

 身体の内に引き籠っていた昔、ペンダントがあったおかげで心が闇に沈まずに済んだ。これまでたびたび救われてきたけれど、小夜と出会ってからはそれに頼らなくてもよくなった。来にとって今はペンダントではなく、彼女が傍にいることが一番の癒しになる。

 前世の形見は、小夜が持っている方がいい。


「……分かった。じゃあ、もらうんじゃなくて、預かっておくね」


 ここで断る方が来を傷つけてしまうだろう。躊躇いつつも、小夜はペンダントを受け取った。

 首に掛けると、気持ちが軽くなるのを感じた。ペンダントに籠められた巫女の神力が身体に流れ込んでくる感覚さえある。気休めなどではない、まさに霊験あらたかなタリスマンだった。

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