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逃げる以外に道はない  作者: イングリッシュパーラー
第1章 炎編/夜は始まる
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14. 甘い迷走

 俺に助けを求めたあの夜からずっと、児童公園の従者はナリを潜めている。

 結界は万全で、公園の外に逃げ出した形跡はなかった。平穏な状況はそう長くは続かないとナイは指摘するが、このまま穏便に済んでくれれば、俺としてはありがたい。


 観月の護衛はずっと続けている。彼女のバイトの帰りを待って、アパートまで送る。ただその繰り返し。だが数日前から観月の様子がおかしかった。


「今月の『オーガスト』の新作、マンゴーを使ったやつだってさ」

「そう。美味しそうだね」


 俺は木刀を小脇に抱え、道沿いで無料配布されていたタウン誌をパラパラとめくった。ファッションやお勧めデートスポットといった記事はともかく、スイーツ特集は参考になる。


 オーガストは大通りから離れた一角にある老舗のスイーツカフェで、不利な立地条件を物ともせず、若い女性客やカップルでいつも賑わっている。

 観月も行ったことがあるというので話を振ってみたものの、お愛想のように返事をするだけで、どこかよそよそしい。


 先日俺がいない間にナイは『セレナ』との因縁を観月にべらべらとしゃべり、遂に俺のトラウマが彼女にばれてしまった。ナイの変身した姿だと露知らず、偽物の女に好意を寄せていた俺は、道化そのもの。呆れられても仕方ないと腹をくくってはいるけれど。

 ナイは俺の体質については触れなかったようで、それゆえ「感謝してよね」などと恩着せがましく言われた。


(嫌われた、のかな)


 明らかに、観月は俺と距離を置こうとしている。もうボディガードはしなくていいから、と遠慮する彼女を説得するのにも一苦労だった。

 そこまで避けられれば、さすがに堪えるとはいえ、護衛を辞めるわけにはいかない。何か気に入らないことがあるのかと観月に問い詰めても、そんなことはないとその点は否定する。なので、こちらはとりあえず普段通りに接するしかない。


「今から行ってみねえ? おごるからさ」


 気を取り直してタウン誌を広げ、カフェの記事を指差した。観月はじっと俺を見つめ、小さく溜息を吐いて言う。


「……私は、セレナとは違うよ」

「は? 何言ってんだ、いきなり」


 この場でどうしてその名が出るのか、訳が分からず戸惑ってしまう。


「私を代わりにして欲しくない」

「待て待て。いつ俺が」


 どうも妙な誤解をされていることに、その時やっと気がついた。彼女は、俺が観月に構っているのはセレナに似ているからだと、俺が今尚セレナの面影を追い求めているのだと勘違いしている。


「視矢くんはセレナを好きだったって……、ナイが言ってた」


(ナイの野郎……!)


 性格の悪い元邪神はやはりそこまで明かしていた。彼女から直接爆弾が投下され、顔面に熱が集まる。照れというより、完全に羞恥だ。

 確かに色々あったあの当時、運命の悪戯で出会った『セレナ』に惹かれた。その正体が女でなくナイだと知った時、どれだけ己の馬鹿さ加減を呪ったか。それは、永久に忘れ去りたい黒歴史かつトラウマ以外の何物でもない。


「盛大に間違ってっぞ! 俺は観月を代わりになんかしてねえし、もうセレナの事は……つーか、偽のセレナの事は、何とも思ってねえ!」


 真っ赤になっているであろう自分の顔を右手で覆い、そう伝えるのが精一杯だった。半ば自棄のように捲し立てるのみで、我ながら説得力の乏しさに泣けてくる。

 みっともないのは承知の上。だが誤解されたままでいるぐらいなら、恥くらい幾らでもかいてやる。


 俺の必死の訴えに、観月は顎に手を当て何かを考えていた。そして思い切ったように顔を上げ、アパートとは別の方角へ足を向ける。


「どうした?」

「……新作のマンゴー、食べたいなって」


 呟いた観月は、まだ俺と目を合わせない。それでも一緒にカフェへ行くのは了承してくれた。

 オーガストへの道を並んで歩きながら、俺は観月の態度がおかしかった原因と理由に思いを巡らせた。ありふれた下世話な回答がふと頭に浮かぶが、それ以上踏み込むなと理性がストップを掛けた。その手のものは『都合のいい妄想』に留めておかなければならない。


 脇道を入り、少し進んだ奥まった場所に、カフェ・オーガストのレトロな看板が立て掛けられている。今はスイーツがメインのその店は、昔は軽食も出す喫茶店だった。

 地域開発が進み、以前この辺りにあった店はほとんど取り壊されたのに、オーガストだけは代替わりしたオーナーの元で同じ場所に店を構えていた。

 クラシックな作りの店のドアを開ければ、カランとベルが鳴る。何度か改装を経た後も、ドアのベルの音は三十年前から変わっていない。


「よかった、席空いてる」

 

 店内を見回した観月は、迷わず一つのテーブルを示した。そこは外から丸見えのため敬遠されがちな窓際の場所。もっとも俺はそういったことを気にしないので、必然的に空いているそのテーブルにつくことが多かった。どうやら彼女も同じらしい。

 俺も来も甘党で、この店にはよく足を運んでいる。来と初めて会ったのもここだと話すと、観月は「あれ?」と首を傾げた。


「それ、来さんだったの? ナイじゃなく」

「あー、正確に言えば、ナイ……だな」


 マズったとひやひやしつつ、努めてさりげなく答える。もっと正確に言うなら、セレナの姿をしたナイだ。自分から話を蒸し返してしまった手前、仕方なく当たり障りのない部分のみ続けた。


「あの頃は、今と反対で来の方が引き籠っててさ。ナイが表に出てることが多かったんだよ」

「ナイって、本当に男……?」


 いつぞや俺が放った暴言と逆の質問を今度は観月がする。

 ナイアーラトテップという邪神は一応男性に分類されるものの、女の姿を取った際は遺伝子レベルで女になる。しかし発する気は女性ではない。当時俺が気を感じ取れていたら、外見に惑わされず男だと見抜けたろう。


「それに来さんが引き籠ってたって、どうして?」

「あいつの事は本人に聞いてくれ。……あ、これ、なかなかイケるぞ」


 会話を遮り、俺は運ばれてきたマンゴーのパイに舌鼓を打った。せっかく二人きりでいるのに、他の男の話をしたくはない。

 ナイも俺について観月に尋ねられた時、こんな気持ちだったのかもしれないと思うと、俺の体質の件を隠しておいてくれたことを、少しぐらいは感謝してもいい気がした。


「ほら、観月も食べてみ。“あーん”」


 フォークに刺したパイの一片を口元に差し出す。軽くあしらわれるかと思いきや、観月は焦って頬を赤らめた。その様子が可愛くて、もっとからかいたくなってしまう。


「なんなら、俺に食べさせてくれてもいいぞ」

「ボディブローなら、食らわせてあげる」

「……遠慮します」


 恐ろしい提案をされ、さっさとフォークを自分の口へと方向転換する。冗談は引き際が肝心だ。

 屈託なく笑う観月を見て、機嫌が直ったようだと俺も頬を綻ばせた。

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