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【1】リインの館

現在、主連載の『So what?』が優先となっています。ネタに詰まった時の避難所小説のため、超スローペース更新となります。予めご了承の上、お読みになり、宜しければほのぼのなさって下さい。

*『孤児』という単語が作中に複数回登場します。不快に感じられる方は、バックトゥザモラルワールドをお勧めいたします。

 

「埋まってるー」


 長い白髪の少女は赤い瞳を真ん丸にして『それ』を見下した。

 ふわふわとした白毛に覆われた長耳が左右に揺れる。


「埋まってるなっ」


 短い黒髪の少年は茶色の瞳を細めて獲物を小枝で突いた。

 黒毛に覆われた尖った耳が、『それ』をどうしたものかと伏せられる。


「とりあえず……」


 呟いた少年に少女は耳を向ける。


「とりあえずー?」


 少年は『それ』の片方をむんずと掴んだ。

「先生のところに持っていこうぜ!」

 少女は頷いて『それ』のもう片方を掴み、笑う。

「ん。分かったー」


***


 大陸随一の大帝国ヴォルガノ。その帝都ヘルムの南は、種族のるつぼとも言われる平民の居住地域だ。人族、鳥族、亜人にエルフと、挙げれば切りがないほどの種族が住まう南地区は、王侯貴族に言わせれば治安の悪いスラム街であり、平民に言わせれば日常そのものだった。


 南地区は昼夜問わず多種多様な種族でごった返している。その人混みをすり抜けて、今にも崩れ落ちそうな家々を見上げ、いかがわしい店の呼び込みを耳にし、怪しげな露天を冷やかせば、場違いな邸宅が現れる。元は貴族の邸宅であったが、王都の中心地が北地区に移った際に一度は打ち捨てられた屋敷であった。


 白の鉄柵に囲まれた屋敷は、優美の一言に尽きた。花の紋章をあしらった前門からは、色取り取りの花々が咲き乱れる前庭が見える。その先には、重厚な扉を持つ館がある。石造りの玄関には埃一つなく、窓ガラスも曇りなく磨かれ、屋敷は外から見て目立った損傷はないようであった。貴族が出ていった後、数十年捨て置かれたとは思えぬほどに、古びてはいれどもしっかりと手入れされた屋敷であった。


 館は、良く見れば、表面に薄く水の膜が張られ、魔術で補強されていることが分かる。さらに、館を囲う白い鉄柵を乗り越えようとした者だけが身をもって知ることになる強固な防御魔術も施されている。


 周囲の平民が住まう簡素な住居に比べて、あまりにも異彩を放つこの屋敷は、通称『リインの館』と呼ばれている。リーンの館は、都の住民ならば誰もが知る孤児院である。館の主は、名を『ユッカ』という。元は高名な傭兵であった彼女は、10年ほど前にふらりと現れ、当時は幽霊屋敷と呼ばれていた館を買い取った。そして何の酔狂か、南地区に打ち捨てられた幼子達を集めて孤児院を開いたのだ。


 当初、またあくどいことを始める者がでたか、と警戒の目を向けていた者達がいた。だが、彼らはその目を意外さに丸めることになる。館から絶えることのない幼子達の笑い声と笑顔を知り、朽ち果てるのを待つばかりであった館が次第に在りし日の優美な姿を取り戻していく様子を見るうちに、自分達の心配は杞憂であると分かったのだ。


 ユッカはどうやら本気で孤児院を始めるつもりらしい、と気づけば、そのようなお人好しならば騙すのも容易かろうと考える者達も出てきた。彼女を騙して子供を売り飛ばそうとする者や、彼女自身の財を狙う者たちだ。だが、それも初めの一時だけのことであった。今ではそのような輩は見かけられず、愚か者どもの末路は、住人達の胸に教訓として刻み込まれることとなった。



***


 都の住民ならば誰もが知る孤児院、リーンの館。知る者は少ないが、その中庭は平民の家が数件入ってまだ余るほどに広い。その中庭で洗濯物を干している一人の人族がいた。中庭にある木の間に紐を張り、一枚一枚丁寧に皺を伸ばし、干している人物こそが、この館の主である『ユッカ』であった。


 短く切られた黒髪が、春の風にふわりと揺れる。

 太陽の光に輝く瞳の色も、黒だ。

 洗濯物を掴む両手には、黒の革手袋が嵌められている。 


 高い位置にある紐に手を届かすためにつま先立ちになっているユッカは、人族としてさえ御世辞にも背が高いとは言えない。体長が2メートルを超す虎族に言わせれば、10にも満たない幼子に思える小ささだ。


 東方の部族出身だという彼女は、己の部族は顔立ちから幼く見られがちであり、侮られやすいと、よく零している。どこか中性的なその顔は、整っているわけでないが、丸い瞳と常に浮かべられた微笑みが、柔和で好ましい印象を見る者に与えていた。


 鼻歌を歌いながら慣れた様子で白い布を紐にかけたユッカの耳に、とたとたと駆けてくる小さな足音が二組聞こえた。何かを引きずる音を伴っているのを聞き取り、何を拾ってきたのかな、とユッカは首を傾げ、洗濯物から手を離す。


「ユッカせんせー。騎士さま拾ったー」

「侵入者用の罠にかかってたっ」


 舌っ足らずな幼い声が告げた非常識な内容にユッカは固まった。騎士は捨て犬のようにほいほいと拾えるものだっただろうか。答えは否、だ。慌てて振り返ったユッカが見たのは、二人の子供と、その子らに両足を握られて引きずられる、騎士団の制服に身を包んだ狼族の男だった。


 子供たちの名はソウカとカイル。ソウカは白毛のふわふわとした長耳を持つ亜人であり、カイルは尖った黒耳を持つ、犬族と人族の混血児だ。人族の子供ならば考えられないような怪力も、この世界では普通のことである。……騎士を引きずることが普通かどうかはともかくとして。



「ケビンさん。また、貴方ですか……」


 元あった場所に返していらっしゃい! と叫びそうになったユッカは、褒めて貰えるかなっ、と瞳を輝かせる幼子達に思わず手を伸ばす。彼らの頭を撫で繰り回し、ああ、うちの子達ってどうしてこんなに可愛いのだろう、とユッカは黒の瞳を細めた。最後に、「ありがとう」とぽふぽふ頭を叩いてやれば、褒められたことに歓声を挙げた子供達が飛び跳ね、両足を握られたままの男がガクガク揺れた。


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