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祝意の歌

※ブレイブ視点です

明日は俺の誕生日だ。朝からパーティーが開かれそれが夕方まで続く。そんな盛大なものでなくてもいい。…ささやかなものでいいのだ。

国民から税金を巻き上げてこんなことをするのは気が引ける。祝ってくれる気持ちだけで十分なんだ。執事にそう言うと、せっかくたくさんの方々がここにお集まりいただいてくださるのですから、少しくらい贅沢しても構わないと思います、と言って取り合ってくれないのだ。

明日は挨拶やら何やらで忙しいからもう寝よう。

ふぅ…と思わずため息がこぼれた。部屋には自分一人で誰もいないことをわかってはいたが、苦笑してそれをごまかした。

明日は久しぶりに羽を伸ばそう。ここのところ、ずっと仕事に没頭していたから疲れが溜まっていたのかもしれない。

「ブッレイブぅ~」

この声は…。寝る前なのに一体何の用だというのだろうか。

「あのさっ、ブレイブにあげたい、う~ん…見せたいって言えばいいのかな?ま…とりあえず来て!!」

「お、オイ!!」

何の説明もないまま強引に連れ出された。昔からこういうことはよくあったが、せめて用件くらいは言えと度々思う。まあ、ムゼットらしいといえばムゼットらしいのだけれど。

幼い頃から今のように、遊びに来ては長らく滞在するという生活を送っていれば、たとえ従兄弟といえど、本当の弟のようにも思える。…少し生意気だが。

「ほら、着いたよ。ここ、ここ」

荒い息を整えつつ、言われた方を見ると思わず息を呑んだ。

「ここ…は」

聞かなくてもここがどこだか知っていた。忘れるはずがない。まだ母の生きていた頃、よくここで母が奏でるピアノを聞いた。でも、…あの日の事故からぱったりと行かなくなってしまった。

今すぐ部屋に駆け込みたいという焦る気持ちを抑え、中に入ると見知った2人がにこにこ笑ってこちらを向いている。

「エメルダ、アズール…」

何か企んでいるように思えるが、今はそれよりもこの部屋の中が気になった。

昔から変わらない家具の配置。ピアノにはあの日からかかったままの鍵。鍵は母が持って逝ってしまった。正式に言うと、俺が海に投げ入れた。事故で両親の遺体は広い海の一部となってしまったから。

母はピアノが大好きだった。だから、あの世でもこのピアノで弾いていたメロディーを忘れないようにと鍵を母に贈った。

それにしても、水槽の中に入った魚も昔のままだ。ただ、少し…。

「太ったか?」

「失礼ねぇ。レディにそんなこと言うものじゃないわよ?」

「俺?!あー…、たしかに今日も食べ過ぎたかもしれないな…」

「いや、お前らのことじゃなくて…こっち」

何という魚の種類かは忘れたが、昔はもっと痩せていたような気がする。

「爺さんだから仕方ないだろ。食べることで寂寥せきりょう感を満たしているんじゃないのか?」

「爺さん?お前…、この魚のことを知っているのか?」

言うとアズールは焦ったように目をそらした。相変わらず謎が多い奴だ。そんな奴が気になる俺もよっぽど謎だ。

「そんなことより今日は何の日か知ってる?」

時計の針を見ると、短針が12を指していた。日付は変わった。つまり今日は俺の誕生日だ。

「俺の誕生日か」

「ふふ、そうよ。それで今からあなたにプレゼントを贈ろうと思って…ね?」

エメルダの目線の先のアズールは大きく頷いた。一体何をくれるというのか。部屋を見渡しても何も用意していないように思える。ただ気になるのはエメルダのバイオリンケースがなぜここにあるかということだ。

「暗譜するの大変だったのよ?」

そう言いながらバイオリンケースの蓋を開ける。中から弓とバイオリンを取り出すとアズールと見つめ合い、再び大きく頷いた。バイオリンを構えゆっくりと目を閉じ弓を弦にそっと近づける。それに合わせるようにアズールもゆっくりと目を閉じた。

…何をする気だ?バイオリンで一体何を演奏する?アズールは何をしようとしている?全くわからない。

「これは一体…」

「シーッ。今は静かにね」

いつもはうるさいムゼットに注意されてしまった。でも今はそんなことも気にならないくらい何が行われるかということが気になった。しんと静まり返った中、沈黙を破ったのはアズールの声だった。いや、単なる声ではなく、歌声だ!しかもこの曲は…。そう思った時にバイオリンの伴奏が入った。

間違いない。この曲は…母の曲だ。幼い頃いつも母が奏でてくれた曲。でもこの曲に歌詞なんてなかったはずなのになぜ…。それにこの声。以前にもどこかで聞いたことがあるような……。

パチパチパチパチパチパチ。

乾いた音が静まり返った部屋に響いた。はっと我に返ると、にこにこと拍手をするムゼットと、演奏を終えた2人が心配そうな目をこちらに向けているのが窺えた。

「気に入らなかったのか?」

「どこかミスがあったのかしら…」

2人の不安の色が濃くなる前に慌てて感想を言った。

「そうじゃない。ただ少し……驚いただけだ」

そう、少し驚いただけ。自分に言い聞かせるように言葉を噛み締めた。

「ありがとう」

毎年巡ってくる何でもないこの日。それなのに今年は特別だと思ってしまうのはどうしてなんだ。その理由はおそらく俺自信も気づいている。きっとこの目線の先の人間が原因なのだろう。

「何だよ…。何か顔についてるか?」

「いや、うまいなと思って。お前の歌」

素直な感想だった。

「え?!あぁっと…そうか?…そりゃあ、まあいっぱい練習したし」

ふいとそっぽを向いた頬は朱に染まっていた。そんな風な顔をされるとこちらの調子も狂う。なんというか、心の中がむず痒くなるというか、掻き乱されるというか。

「ありがとな」

もう一度礼を述べると、自分の少し下にある頭がぴくりと揺れた。途端にふわふわしたその猫っ毛に手を出したいという衝動に駆られた。しかし出しかけた片手は行く場を失い、俺の頭をかく不自然な仕草へと変わってしまう。

何をしようと思っていたんだ、俺は…。エメルダがすぐ傍にいるんだぞ?いや、エメルダが傍にいようといまいと関係ないだろう。なぜあんなことをしようとしたのか。なぜあんなことをしたいと思ったのか…わからない。

不審に思われていないかと思い、エメルダを確認すると、何か言いたそうな顔をしている。

「どうした?」

言いたいことはたいていは我慢せずに言う性格なのに一体どうしたというのか。

「……えぇと、明日は特に早いからもう寝た方がいいんじゃないのかしら」

最初の間が妙に気になる。目も何だか不自然に俺の目とかち合ったままぶれない。嘘を隠そうとするエメルダの昔からの癖だ。

「そう…だな」

変に聞き出すのはよそう。エメルダの心の内を無理に明かそうとして、明日のパーティーに差し支えが出てはいけないからな。噂話が好きな貴族達に、ギクシャクした俺達の様子を見られたら何を言われるかわからない。

「おやすみ。お前達も早く寝ろよ」

「は~い。おやすみ」

部屋を出て後ろ手で扉を閉めて大きく息を吐いた。さっきまで静かだと思っていたムゼットは俺が出て行ってから口を開き、好き勝手言い始めた。

「ブレイブさぁ、なんかお父さんみたいだったね」

…老けたということなのか?年齢はそう変わらないと言えど、10代と20代という数字の差はどうしても大きく感じてしまう。

「わかる!最後のアレ、口調がそれっぽい感じだったな」

アズールまでそう思っていたのか!?ただ“口調が”という言葉に幾分か救われたが。

「エメルダちゃんはどう思う?」

「………」

「エメルダちゃん…?」

「…えっ?ああぁ、そうですわね…」

やはりエメルダの様子は変だ。なんだかぼんやりしていて元気がない。

「もしかして明日のことで緊張してる?」

「う…ん、そんなところね。いろいろな方に挨拶しないといけないし…。ブ、ブレイブの迷惑にならないようにきちんとしないとね」

違う。あいつはそんなことには慣れている。国を治める王の娘…姫ならば、人前での礼儀作法はみっちり叩き込まれているはずだ。今までたくさんの人間と顔を合わし口を交わしているあいつに限ってそんなことはないはずだ。あいつには極力優しく接するようにしたが、まだ俺のことで悩んでいるのか?

「私もそろそろ寝るわ。夜更かしは肌に悪いそうだし」

まずい!!部屋から出てくるみたいだ!早くここから立ち去らなければ。

小走りで自室まで戻るとすぐ横になった。月明かりだけが差し込む薄暗い部屋の天井は、ぼうっとしていてなんだか不気味だ。こんな日はよく、母や父に、一人で眠るのが怖いと泣きついた。父はいつも困ったように、お前は男だろう…となだめていたが、母はいつも抱き寄せて一緒に眠ってくれた。

もう12年も経つのか。

あの事故でなぜ俺だけが助かったんだ…。まさか人魚に助けられるなんて思ってもみなかった。そんなことは童話の中だけのことだと思っていたから。記憶は曖昧で、全て夢だったんじゃないか…と思ったが、失った両親モノは戻ってくるはずもなく。

だけどあの人魚には感謝している。俺が今ここにいるのはあの子のおかげだ。できればもう一度会いたい。そしてもう一度あの歌を…。

ふいにアズールがあの子と重なった。

「そんなことあるわけない…な」

なぜなら人魚は古代の文献でしか存在が確認されていない、空想上の生き物だ。俺はきっと夢か幻を見たんだろう。

「ブレイブ…起きてる?…って、もう寝ちゃってるわよね」

エメルダ?寝るのじゃなかったのか?

とりあえず俺はそのまま耳を傾けることにした。

「あなたは一体誰を見ているの?あなたの目には……心には誰が映ってるの?」

ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる足音は、極力音が出ないようにと注意しているようなゆっくりとしたものだった。

「愛してるわ。誰よりもあなたを…」

髪が頬に触れるのを感じた。目を閉じていたからその後何をされたのかはっきりとわからないが、おそらく頬にキスをしたのだろう。

「おやすみなさい」

扉の閉まる音が妙に大きく聞こえた。

エメルダは、俺が他の奴に気があると思っているようだ。そんなことはないはずなのに。俺はエメルダを愛するようにしているのに。それが俺のためでもあり、エメルダのためでもあり、国のためでもある。

早く結婚の予定だけでも立てて安心させなければ…。

決意を固めた俺はゆっくりまぶたを閉じた。


歌詞をうやむやにしてすいませんm(_ _)m

一応考えようとしました。

その結果が短編にある“数奇”です。


別に見ても見なくても本編には全く関係ありませんのでご心配なく( ´∀`)


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