母の言葉
いつだって自分なりに歌ってきたつもりだった。今までにこんなことはなかっ……あ、一回だけあったな。でもあの時はどうしたっけ?
たしかあれは小学校の表現会の時。明日は本番だから家でも練習しようと思って歌ってたら、珍しく母さんに怒られた。歌っていたことに怒ったのではない。歌い方に問題があったのだ。
『そんな歌を聞かせるつもりなの?』
何がいけなかったんだろう。メロディーは間違っていない。歌詞も合っていた。
俺はわからないという風に首を傾げると、母さんは優しく俺の頭を撫でながら言った。
『歌はね、ただ歌えばいいってもんじゃないの。聞いてもらう人のことを考えて歌うのよ』
……そうだ、この言葉だ。母さんが一度だけ俺に言ったこの言葉。俺はいつの間に忘れてしまっていたのだろう。
『聞く人のこと?』
『そう。聞く者を笑顔に…それが私達が歌う理由。私達にできること』
俺はブレイブを頭から消していた。けどそれじゃダメなんだ。歌は相手を笑顔にすることを考えて歌わなくちゃいけない。俺が今歌う理由…それは、ブレイブを喜ばせるため。笑顔にするため。
もう大丈夫。ちゃんと歌える気がする。
「アズールいる?」
ノックもなしにいきなり入って来るのは誰だかすぐわかった。
「何だよ…。風呂ならさっき上がったとこだから空いてるけど?」
「違ーうよ。本番前に一度リハしておこうってエメルダがさ…」
「ああ。わかった。頭拭いてから行くわ」