不法侵入
風呂の戸をガラッと開けると、湯煙が歓迎してくれた。俺はそっとタイル製の床に足をつける。…初めて風呂に入った時にすっ転んだために風呂場では慎重に歩くのが癖になってしまったのだ。
掛け湯をして白濁とした湯に足を入れる。
「ふぅー…」
頭にタオルをのせ、ひんやりした壁に頭を預けて天井を見た。
何で思うように歌えないんだろう。これじゃあ今日のために練習してきたエメルダちゃんに迷惑がかかってしまう。考えれば考えるほど原因がわからない。
視線は気分と同調して、自然に下に移ってしまう。すると、自分のつま先辺りで不自然にくぶくと泡立っているのに気がついた。それが何なんのかわからず後ずさりをすると右足に何かがまとわり付いてきた。いや、正確に言うと何かに足首をつかまれている。
「ひっ…!なんっ、何だよコレぇ」
ぶんぶん足を振り回してもその“何か”ははずれるどころか。足首からふくらはぎ、膝…とどんどん上へ上がってきている。
「放せよ、何なんだよっ?!やめろっ!!」
左足でガシガシ蹴っても“何か”の動きは止まらなかった。やがて太ももまで来ると、俺は手を使って抵抗した。
「やめろって言ってんのがわかんねぇのかっ!!」
手で払った時に触れた“何か”…。なんか肌みたいな感触がした。…まさか!!
太ももまで来ていたそれは、なぜか急に膝辺りまで下りていった。でもまた太ももまで上っていく。それが何度も繰り返される。そう、まるで足を撫で回すかのように。
こんなところまで来るとは思えないがこんなことをするのはアイツしかいない。
「魔術師、こんなとこまで何しに来てんだ!?家宅不法侵入罪で訴えるぞ!!」
ザバァッと湯舟から顔を出したのはやっぱり魔術師だった。どうやってここまで入って来たのか疑問だが、今はそれよりも気になることがある。
「お前さ、今日俺が海に行った時…いたよな?」
「はい」
俺の隣まで泳いで移動し腰掛ける。
「何であの時呼んだのに返事しなかったんだよ?」
「それは」
風呂で濡れて温かくなった手で顔を触られ、顎を持ち上げられる。
「アナタがあまりにも…」
そこで言葉が止まった。
「あまりにも…何だよ?」
「…何でもありません」
珍しく焦った様子を見せた魔術師は湯の中に身を沈める。次にその顔が出たのは浴槽の真ん中だった。
「そんなことより、先程聞いた盛大なため息…。何か悩み事でもあるんでしょう?」
こんなヤツに相談するのは嫌だ。かといってこのままでもダメだし…。
やっぱり、一応人魚であるコイツに相談しといた方がいいな。
「いや、なんつぅか……思い通りに歌えなくなった」
「ふむ。それで?」
「…そんだけだよ!!音程もリズムも歌詞も間違ってないはずなのに…」
「さてと、私はそろそろおいとましましょうか」
人の話全然聞いてないし。
何だよ…。いつもはしつこいくらいつきまっとって来るのに…。薄情なヤツだ。
「人魚は…一体何のために歌うのでしょうね」
去り際にぽつりと魔術師がつぶやいた。聞き返した時にはもう彼はいなかった。
人魚が何のために歌うかなんて知るわけない。でも、あの物言いだとおそらくアイツはその答えを知っている。
もっとわかりやすく言ってくれりゃいいのに。
「身体洗うか」
歌えない理由はわからないがヒントは得た。人魚が歌う理由…。どっかで聞いたことがあるようなないような…。
身体と頭を洗う最中、ずっと考えたが思い出せなかった。着替える間も考え続けたが同じだった。
スマホに慣れたわけではありませんが、できないこともないと思いました。ただ、打ち間違いをかなりしました。
私的に、パソコンの方が楽かもしれません…(;´д`)