挨拶
「おーい、ブレイブ~!!」
返事がない。見当たらない。う~ん、浜辺にいると思ったけど違ったか。どこに行ったんだよ…。
今日は結構暑いし外に行ったかどうかさえ不確かだ。もう帰ろうかな。いやいや、せっかくここまで来たし、やっぱりその辺を散歩でもしようかな。
ジリジリと照り付ける太陽は容赦なく俺の体力を奪う。夏場は女の子の格好の方が涼しいだろうからまだマシだけど。でも暑い。とにかく暑い。こういう時に限って風はなし。目の前には青く広がる海が冷たそうに砂浜に打ち付ける。
…入りたい。
なんとなくキョロキョロ辺りを見回して、誰もいないことを確認してから靴を脱いで海に入った。足首までしか水に浸かってないけど暑さがさっきよりも和らぐ。思えば海に入ったのはいつぶりだろう。
ウーンと伸びてリラックス。その時俺は嫌な感じがした。そう、あいつがいるような気がしたのだ。海を見ても誰もいないけど、確かに気配はある。この悪寒…絶対魔術師がいる!!
「なあ、いるんだろ?出てこいよ」
顔を合わすのは気が進まないが、何か用事があったに違いない。
「なぁんだよ…。いねぇのか?」
もしいるとすれば、呼んだら“アナタから私を呼んでくれるなんて、随分と積極的ですね”とか何とか言って出てくるはず。そもそも呼ぶ必要すらないかもしれない。
「…おーい!!」
聞こえてくるのは海猫が魚を狙いギャーギャー叫び鳴く声と、岸に波が打ち寄せてくる音だけ。
ここまで呼んで出てこないなら、きっといないってことだな。いると思ったのは気のせいだったのか。いや、いないならいないでいいんだけどさ。
…にしても暑い。海の中にも季節はあったけど、適温で暑さなんてへっちゃらだった。どうやら俺は暑さの免疫があまりないようだ。
「帰るか」
このままだと干物になりそうだ。
甲羅に身を潜めていたヤドカリもせっせと動きだしていた。俺も踵を返し歩きだすと、目の前に人影が…。
確認するまでもない。ブレイブだ。
「ブレイブ!」
駆け寄ると、彼は少しばつが悪そうな顔をした。
「アズール…。何でここに?」
「ここにくればお前がいると思ってな」
予想は外れなかったな。
ブレイブっていつも無表情っぽいけど、実はそうじゃないってことがだんだんわかってきた。今だって少し驚いているのがわかる。
「あのさ、俺、お前に言っときてぇことがあるんだ」
これだけは言わないと!ちょっと照れるけど…。
「ただいま…」
「は?」
「いや、だから、ただいまって」
意味がわからないという風に顎に手をやる。俺、何か間違えた?“おかえり”は違うもんな。
「お前はわざわざそれを言うためだけに海へ来たのか?」
「ん?ああ」
まあ、それだけって言ったらそれだけだけど。一応俺はあの城に住まわせてもらってるから挨拶くらいはしておかないと。
「ぷっ、ははは…」
急に笑い出して何がおかしいんだよ。さっきまで怒っていたのに…。喜怒哀楽の激しい奴。
「聞かないのか?怒っていた理由」
笑いながらも尋ねてくるブレイブ。
そんなに笑うなっつーの!!
「何でだよ?聞いてほしいのか?」
あえてその話題には触れなかったのに。
「いや…、言ってみただけだ」
そう言って遥か遠くの海を見て寂しそうに笑った。俺も同じように海を見つめた。
この海の深い深いところでみんなは住んでいる。もう母さんは俺がここにいることを知っているかもしれない。今でも海での生活が懐かしいが、俺はここに来たことを後悔しない。
俺達の間に会話はなかったけど不思議と気まずくはなく、むしろ心地好い気分だった。
ブレイブと城に帰るとメイドや執事よりも早く、2人が出迎えてくれた。
「おっかえり~」
「おかえりなさい」
ヘラヘラ笑顔とにこにこ笑顔。どんな顔でも出迎えてくれるのはうれしい。
「…ただいま。俺は部屋へ戻る」
横を通りすぎて行ってしまった。二人に会っても怒らないでいるということは、もう機嫌を直したんだろう。ブレイブの姿が見えなくなると、二人は一気に俺を問い詰めた。
「怒りの原因は?」
「何かわかった?」
質問は一つずつ言ってくれ…。
「わからない。疲れてたんじゃない?」
結局イライラの原因はわからなかった。でももうどうでもいい。アイツが、ブレイブが笑っていたからそれで…。