追憶
※視点が魔術師に変わります。
子どもはよく、朝早く起きて夜早く寝なさい…とか言われる。現在時刻は正午。一般的に、起床にはやや遅いと思われる時間。
もし私が子どもであったならば、今、間違いなく親にこっぴどく叱られているところ。だけれど、もう親はいないのでそんな目に合うことはない。
おかしなことに、自分自身に両親がいたという記憶は確かにあるけれど、実感というか…当時の感情が全く思い出せない。親の顔なんてものはとっくに忘れてしまった。
「ハーグ、ハーグっ!!いるんでしょ?」
おやおや、寝起きなのに来客が…。
「入るわよ?」
まだ、どうぞとも言っていないのに、勝手に上がり込んでくる。こんなこと私に向かってするのは彼女しかいませんね。いくつになってもお転婆さんな…。
「セレーネ。一体何の用です?私の昼寝の邪魔をしに来たのですか?」
「昼寝?よく言うわ。どうせ朝から寝てたくせに」
彼女は呆れた風にため息をついた。
「…じゃなくて、聞きたいことがあるの。あなたなら知っているはずよね?」
ずいっと差し迫った顔で必死に問われたけれど…何のことを言っているのか。しばらく沈黙が続くと、しだいに彼女のイエローの瞳が涙で濡れ出した。
「もしかして…アズール君のことですか?」
あの子は彼女に何も言わず海を飛び出したというのだろうか。
「あの子を見たの?」
「ええ。彼は貴女に似てますね」
容姿といい、歌のうまさといい…。セレーネには他にも娘が何人かいるけれど、容姿も歌も断トツに末っ子の彼が1番だと思う。
「そりゃあ、私の自慢の息子だし…」
「やることも昔の貴女そっくりでした。私の屋敷に訪れてきたときは驚きましたよ」
彼女は私のこの言葉を聞くと、サーッと血の気が失せたようになった。
「それって、まさか…」
「はい。アズール君は人間になりました」
そう言い終わった途端、いきなりセレーネが飛びかかってきた。目は涙と怒りでギラギラ光って見える。
彼女は本気で怒っていた。
「どうしてよっ!?どうしてあの子を止めてくれなかったの?…そうだ、今からでも連れ戻…」
「無理ですよ」
「そんな…」
私だって本当は嫌だった。けれど断れば、貴女によく似た貴女の最愛の息子が悲しむ。承諾すれば 貴女が悲しむ。
「アズール君にとって、今は、地上と海底のどちらも同じくらい大切なようです」
人間なんて愚かな生き物に、なぜ皆惹かれるのか理解し難い。
「いつかの私のように、すぐに帰って来ちゃうかもね」
セレーネは寂しく笑って言った。彼女はきっと、過去の自分と息子であるアズール君を照らし合わせているのだ。
自分のように、最愛の者と辛く悲しい別れをしてほしくない。でも…本当は、最愛の者と唯一血の繋がった息子と離れるのを寂しく思っている。
「……」
私は彼女にかけてあげられるうまい言葉が思いつかなかった。